第32話 美少女
ストレートの長い黒髪を後ろでまとめている。垂らした前髪とも横髪ともつかぬ髪が風に揺られてサラサラとなびいている。胸の前で組んだ両手には、しっかりと銀のロザリオが握られている。潤んだ大きな瞳でじっと俺の事を見つめている。純粋なその瞳に思わず照れて目を逸らしてしまう。その瞬間、後頭部に衝撃が走った。
「何を照れておるのじゃ!」
振り返るとそこには定宗がいる。手に扇子を持っている。
「痛てえじゃねえかっ!」
「えっ?」
思わず出てしまった普段の口調にキョトントする麻梨亜。定宗はそんな彼女の後ろで扇子を仰ぎながら涼しい顔をしている。
(くそっ! 俺以外に見えないことをいいことに……閉じこめられた腹いせか?)
「ち、千尋……そんなに怖い顔しないで。悪いことをしてるのは自分でも分かってるから……」
定宗を睨んだつもりが、自分が睨まれたと思ったのか、麻梨亜が顔を強ばらせている。
「ち、違うの。そう言う訳じゃないの」
慌てて取り繕う。
「で、でも……」
そう言うと、麻梨亜は近くにあった木の後ろに隠れながら怯えた顔で俺を見た。
定宗は麻梨亜の後ろであかんべーをしたあと、彼女の背中に隠れた。定宗の行動にイラつく。
「出てこいやっ!」
麻梨亜の後ろに隠れた定宗に向かって、思わずプロレスラーのような口調で言葉を放つ。
「そ、そんなに怒らないで。本当に悪いのは分かってるの。でも……」
麻梨亜が木の後ろにすっかり姿を隠してしまった。俺に合わせる顔がないのだろう。定宗は時々木の裏から顔を覗かせては、猿顔をしたり変顔をしたりと俺をバカにしている。
奴の行動にムカつきつつも、どうやって定宗が檻から出られたのか疑問が残る。
「一体どうやってあそこから出た?」
目の前で変顔をする定宗に思わず話しかけてしまう。
「……トメさんをだますような事をしてしまったの。トメさんが好きなマツズンの出ているDVDを……」
自分に言われているのだと思い、木の後ろから麻梨亜が答える。
「そ、そうじゃないの。麻梨亜じゃなくて……」
「えっ?」
俺と麻梨亜のやりとりを見て、定宗は口の前に手を当て、プププっと笑っている。俺が困っているのがおかしくて仕方がないようだ。なんかムカつく。
「笑ってんじゃねえよっ!」
「えっ? 私、笑ってない……」
麻梨亜が泣きそうな声で答える。
「ち、違うの……麻梨亜じゃなくて」
「えっ?」
麻梨亜が戸惑う。当然だ。
(あの、千尋さん……)
レイが直接俺の頭に話しかけてくる。
「何だよっ!」
思わず口に出してしまう。
「えっ?」
俺の言葉の意味が分からず麻梨亜が戸惑う。当然だ。
「ち、違うの。麻梨亜じゃないの」
「え?」
俺の答えにさらに麻梨亜が混乱する。
(けけけっ、ワシを閉じこめた罰じゃ)
定宗が余計な事を口にする。
「やかましいわっ!」
思わず声を張り上げる。
「ご、ごめんなさい」
麻梨亜が自分に言われたと思い、謝る。だが、何で急に怒られたのか分かっていない様子だ。当然だ。
「ち、違うの。何度も言うけど、麻梨亜に言ったんじゃないの」
麻梨亜が木の後ろから顔を覗かせこちらの様子を窺っている。その顔には困惑の色が見える。弁解すればするほど、麻梨亜は混乱する一方だ。
(千尋さん!)
レイが強い口調で直接頭に話しかける。
(けけけけっ)
定宗が楽しそうな顔でイヤミたっぷりの笑い方をしている。
(千尋さん、私の話、聞いてください)
(けけけけけっ)
「あの……私、置いてけぼりなのですが」
(けけけけけっ)
(千尋さん!)
「そのまま、死ね」
(けけけけけけっ)
(千尋さん、ここはひとつ冷静になって私の話を……)
(けけけけけっ)
「千尋の恥ずかしい写真をバラまくぞ」
(千尋さん、いい加減に私の話を聞いてください!)
(けけけけけっ)
「やかましいわっ! 同時にしゃべるなっ!」
直接頭に話しかけてくる言葉と、実際に聞こえてくる言葉に混乱し、思わず声を荒らげてしまう。
「わ、私、何も言ってない……」
木の後ろで泣きそうな声で答える麻梨亜。
「ち、違うの……本当に違うの……」
何だかワケが分からなくなってきた。このままでは余計に混乱するばかりである。とりあえず状況を整理しなければ。俺は記憶を少し遡り、先ほどの会話をまとめてみることにした。
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