第30話 ハゲ親父
(千尋さん、気をつけてください。オジサン、またビクってなったじゃないですか)
(ビクってなれ! 死んでしまえ! 地獄に堕ちろ!)
(千尋さん……そればっかり……)
(レイ、早く今の映像を送ってくれ)
(分かりました)
目を閉じ深呼吸をする。頭の中にレイの見ている映像が流れ込んでくる。
「へへへ……今度はその下着の中を見せておくれよ」
頭の薄いメタボリックなオヤジが、グラウンドの端にある金網の向こうでニヤニヤしながら、その金網の隙間に忍ばせた手を伸ばし、麻梨亜の胸を触ろうとしている。麻梨亜は白く清潔感のある下着をそのオヤジの前に晒していた。
「そ、それはできません。下着を見せるだけっていう約束のはずです」
「ああ、確かにそういう約束だったね。でもね、貸したお金には利息というものがつくんだよ。先日までは下着を見せるだけで良かったんだけど、利息が膨らんでねえ。オジサンも好きでこんな事をしてるんじゃないんだよ。ちゃんと貸したお金を返してほしいだけなんだよ。お金を返してもらえないからこんな事をしなきゃいけないんだよね」
オヤジはヨダレを垂らしながらニヤニヤしている。絶対に嫌々ではない。
(くそっ、俺の麻梨亜になんて事を!)
(千尋さん……麻梨亜さんは千尋さんのものじゃないですけど……それより、早く来てください! そうじゃないと麻梨亜さんが)
(そうだった! よし今いく!)
俺は女子寮を後にすると、グラウンドの隅にいる麻梨亜たちがいる場所へとすっ飛んでいった。
麻梨亜が金網越しに手を掴まれている。悲鳴をあげればよいのだろうが、それをすれば勝手に女子寮を抜けた事がバレてしまう。そんなジレンマに挟まれながら、麻梨亜は必死に抵抗していた。
「やいやいやいやいやいやいやいやい、やめろクソオヤジ!」
女の格好をしていることを忘れ、つい感情でものを言ってしまう。
「ち、千尋っ! どうしてここに?」
はだけていた胸元を片腕で覆うように隠す麻梨亜。左手はまだハゲオヤジに掴まれたままだ。
「君は誰だ? えらく男勝りな女の子だな」
ハゲオヤジに言われはっとなり、慌ててに女の子口調にもどす。
「あ、あ、あなた誰ですか! 人を呼びますよ」
「へえ。呼べるものなら呼んでみればいいよ。そんなことしたら、この子が女子寮をこっそり抜け出したことがバレてしまうんじゃないのかな?」
ハゲオヤジは口元を歪ませながらイヤラシい目つきで俺を見つめてくる。背中にゾゾゾと悪寒が走った。
(千尋さん、読まれてます。このオジサンは助けを呼べないことが分かっていますよ)
(ああ。悔しいけどそのようだな。くそっ、一体どうすればいいんだ)
「誰もいない方を見て一体何をしているんだい? よく見ると君も結構良い身体をしているじゃないか。ねえ君、お小遣い欲しくないかい? オジサン、お金いっぱい持ってるよ」
「け、結構です! それより麻梨亜を離しなさいよっ!」
「おっと、騒ぐと見つかっちゃうよ。ここは大人しく、オジサンの言うことを聞いておいた方がいいと思うんだけどね」
「誰があなたなんかの言うことを聞くもんですか。さあ、早くその手を離して」
麻梨亜の細い手首をつかんでいる手を無理矢理離そうとする。
「千尋! お願い、逃げて! 千尋には関係ないことだから!」
「関係なくないよ。だって友達が困ってるのを見捨てることなんてできないじゃない。ねえ麻梨亜。早く逃げよう!」
ハゲオヤジの手を掴み、何とか麻梨亜を解放しようと試みる。
「おやおや、大人の言うことはちゃんと聞くものだよ。そうじゃないと、こんな風に……」
ハゲオヤジがジャケットのポケットから細いロープを取り出す。そして俺の手首を掴むと、一瞬にして、両手首を金網へと固定してしまった。
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