第29話 嘘だと言ってくれ!!
(な、何だ? 今の悲鳴)
壁に背中をぴたりとくっつけながら警戒していると、再び悲鳴が聞こえた。発信源は管理人室だった。
恐る恐る管理人室に近づき、小窓から中を覗く。トメさんは部屋の角に置かれた32型の薄型テレビの前で正座をしながら、画面に浮かぶ男性アイドルグループ『武蔵』の『マツズン』こと『松田寸蔵(まつだすんぞう)』に向かって叫び声をあげている。
(こ、この婆さんの声かよ……殺人現場に遭遇したと思っちゃったよ……トメさんってばマツズンに夢中で俺のことなんて全然気づいてないじゃん)
管理人室の扉を開け、その場所でトリプルアクセルを見事に決めるも、トメさんはテレビに夢中で全く気づいていない。よく見ると、机の上に設置されているセキュリティーシステムのロックが解除されたままになっている。
(これじゃセキュリティの意味ないじゃん。レイが言っていたのはこの事か……よし、今のうちに)
管理人室のドアを閉め、女子寮の出入り口へと向かう。ノブに手を掛け、ゆっくりと押すと、扉はいとも簡単に開いた。俺は女子寮の扉を出ると、そこから麻梨亜とレイの姿を探した。
二人がどこに行ったのかは分からない。あまり派手な行動をしていると他の寮生たちに気づかれてしまう。どこに行こうか迷っていると……。
(千尋さん、聞こえますか? 私たち、今、グラウンドの隅にいます)
絶好のタイミングでレイが交信してきた。
(ぐ、グラウンド? そんなところで麻梨亜は何をしてるんだ?)
(金網越しに、オジサンに下着を見せています)
(ん? 俺の聞き違いか? 今とんでもない事を言っていたような気が……)
(いえ、聞き違いではありません。麻梨亜さんは金網越しに下着を見せています。しかも頭が薄くてメタボリックで変態チックなオジサンにです)
「な、な、な、なにいいいいいいいいいい!」
起きてほしくない事態に思わず叫んでしまう。消えていた女子寮の部屋の明かりが一斉についた。慌てて女子寮の中へと引き返す。管理人室の小さな窓を覗くと、トメさんは画面の中のマツズンに向かって手を振っている。俺の叫び声に全く気づいていない様子だった。
(ふっ……ビビったぜ……気づかれなくてよかった)
俺は再び女子寮の外へと出た。さっき一斉についた部屋の明かりは全て消えていた。
(千尋さん! 気をつけてください。ここまで叫び声が聞こえてきましたよ! オジサン、ビクッてなったじゃないですか)
(ビクってなれ! いや、いっそのこと死んでしまえ!)
(何を言ってるんですか。とにかく早く来てください。早く来ないと麻梨亜さんが……あっ!)
(こ、今度は何だっ!)
(千尋さん、急いでください! 麻梨亜さんが……麻梨亜さんが!)
(何があった? とにかく説明してくれ! 心配で身がもたん)
(こ、こんなこと、私の口からは恥ずかしくてとても説明できません)
(は、恥ずかしいことなのか? 恥ずかしい事をしてるのかあああああああっ!)
(説明できないので、私が見ている映像を千尋さんに直接送ります)
(そ、そんなことができるのか?)
(できます。だって幽霊だもの……)
(それを早く言え。よし送ってくれ)
(分かりました。じゃあ、目を閉じて気持ちを落ち着けてください)
(分かった)
ゆっくりと目を閉じ、深呼吸をする。すると頭の中にぼんやりと映像が浮かび始めた。レイから送られてきた映像に、俺は絶句した。
ハゲたメタボオヤジが、全裸で四つん這いになった女子高生の後ろに重なりながら腰を激しく振っているではないか。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
女子寮の部屋の明かりが一斉についた。慌てて女子寮の中へと引き返す。
(千尋さん、ごめんなさい。今の映像は、この間、理事長室を覗いたときにテレビに映っていた映像でした)
(な、何だよ。そうなの。ふぅ、ビックリするじゃん)
ホッとしたあと管理人室の小さな窓を覗くと、トメさんは画面の中のマツズンに激しくキスをしているところだった。
(ふう……良かったバレてない)
俺はみたび、女子寮の外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます