第22話 真緒?

 彼女が女子寮を出てから一時間ほど経過している。麻梨亜は一時間もの間、外にいたことになるのだ。


(こんなに長い時間、外で何をしていたんだろう?)


 当然の疑問が沸き起こる。この女子寮はトメさんの厳重なる監視下にあるので、そう簡単には外に出ることはできないのだ。なので、麻梨亜は何か特別な用事があって、許可をもらった上で外に出ていったと思われる。そう思うと何だか気が抜けた。俺は初日の疲れもあって、その場でウトウトとし始めていったのだった。


 翌日……


「……ください」


「千尋さん……ください」


 遠くでレイの声が聞こえる。


(ください? 千尋さん、ください?)


 半分眠った状況の中、俺は中二の時、こっそりと盗み見た親父の〇ッチなビデオの内容を思い出していた。何度も言うようだが、俺は女性に触れられるのが怖いだけであって、女性が嫌いなわけではない。当然、年頃の男としては、そういったビデオにも興味があったわけで……。確かそのビデオの中で……。


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「おらおら、これが欲しいのか?」


「ああん、欲しいです」


「欲しかったらお願いしてみろ!」


「ああん、ください」


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「千尋さん……ください……」


 近くで再びレイがそんな言葉を言った。


「もう……しょうがねえなあ。そんなに欲しいなら」




 少しの沈黙のあと……




「きゃああああああああああああああっ!」



 レイの悲鳴で飛び起きる。気づくと俺は、朝の生理現象でとんでもないことになっているモノを、レイの目の前に惜しげもなく晒していた。


 パコオオオオオオン!


 突然後頭部に衝撃が走る。振り向くと、ハリセンが宙に浮かんでいた。その後ろには定宗が呆れた顔で突っ立っていた。


「お、お前、モノが掴めるのか?」


「直接モノをつかむことはできん。じゃがモノを念力で操ることは可能じゃ。だって幽霊だもの……それよりも、お主はとんでもないことをしでかしたのぉ。いたいけな女の前で、そんな卑猥なモノを晒しおって! 腹を切れ、腹を!」


 そう言うと、定宗はどこかから短刀を取り出し、俺の前に置くと、これまたどこかから取り出した短冊と筆を俺に渡した。


 俺は辞世の句を詠んだ。


『ごめんなさい 夢と間違え 出しちゃった』


 目の前の短刀を手に取り、キラリと朝日を浴びて光る刃を自分の方へと向けた時だった。


 コンコンコン……


 部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「千尋~起きてる? 一緒に朝ご飯いこっ」


 ドアの向こうから結城真緒の声がした。


 コンコンコン


「ねえ、まだ寝てるのぉ? 入るわよぉ」


(や、やばいっ!)


 女体スーツはまだ着ていない。俺は俺のままである。


「あっ、ぉ、起きてるわよ。ちょっと待ってねっ、今着替えてるところだからぁ」


「そうなの?」


 何故か嬉しそうな声が外から聞こえる。


「じゃ~あ~……入っちゃおうかな」


 ドアノブに手をかけて、それを回す音がした。よく考えたら、昨日ドアに鍵をかけるのを忘れていた。


「やばいよ、やばいよ、やばいよ」


 とあるお笑い芸人のようなダミ声であたふたする俺。


「早くこれを着ろ!」


 定宗が念力で女体スーツを俺の方へと投げた。俺はそれをキャッチすると、あわててスーツに袖を通した。


「お前ら、隠れろっ!」


 幽霊二人組は布団の中に隠れた。と同時に部屋のドアが開いた。


「おはよう、千尋……あら……もう、千尋ったら~。着替えてるなんて嘘を言って~。そんな格好して、私を誘ってるんでしょ?」


 視線を落とす。女体スーツに袖を通したばかりなのでまだ下着もつけていない。つまり全裸である。


「もう、しょうがないなぁ~」


 ニヤニヤしながら、真緒は後ろ手でドアを閉めた。


 真緒が妖しい笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。しかも着ている制服のブラウスのボタンをひとつずつ外しながら。


(や、やばい)


 俺は身の危険を感じた。だが、肝心な時に身体が動かない。触れられるかもしれないという恐怖から、身体が動かなくなってしまったのだ。そうこうしているうちに、真緒は俺の目の前に立っていた。


「……千尋の裸、すごく綺麗……」


 俺の背中に手を回し、抱きつく真緒。女体スーツのおかげで直接触れることがないので、失神まではいかなかった。だが、次の瞬間、真緒は目を閉じると、俺の顔に自分から顔を近づけてきた。真緒の吐息が唇に掛かる。


(やばい……もうだめだ……)


 意識が飛びかけた時だった。部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「綾辻さん、起きてる?」


(ん?)


 何故か外から真緒の声がする。


「ちょっとお話があるの。開けていいかしら?」


 その声に真緒がビクつく。


 扉がゆっくりと開くと、そこには紛れもなく真緒の姿があったのだった。

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