第6話 〇っぱいが、いっぱい
(そうだ、そうだよ。下着を取らなければ問題ないじゃないか。壁に向かってこっそりと、そして素早くジャージを着ればバレることはないのではないか?)
素晴らしい思いつきにホッと胸をなで下ろす。
胸?
俺は制服の胸元から中を覗いてみた。そしてある欠点に気づく。安堵の息はため息へと変わった。
(下着を取らなくてもこれじゃあバレるじゃねえか……)
下着の中に忍ばせたパッドのおかげで胸の膨らみはある。だが谷間が全くない。これではあまりにも不自然な膨らみである。
(どうすんだよ。絶対バレるよ……)
教室で一人悩んでいると、突然扉が開いた。
「ああ、やっぱりまだ居たのね」
学級委員の加納麻梨亜が慌てた様子で教室に入ってきた。
「ごめんね。綾辻さんはまだこの学院のこと知らないんだもんね。私ったらそんなことに気づかないなんて、学級委員失格だわ。さあ、こっちよ。急ぎましょう!」
麻梨亜が廊下に出て俺を手招きする。俺にはもう迷っている時間はなかった。
水島先生から受け取った、ジャージの入った袋を持って廊下に出る。先導する麻梨亜の後を追いかける。窓から見えるグラウンドと体育館がどんどん遠ざかってゆく。
(ん? 更衣室ってやけに離れた場所にあるんだな)
この女学院の中はまだよく分からない。違和感を覚えつつも、俺は麻梨亜の後を追った。
階段を降りてゆく。俺たちはそのまま地下へと降りていった。
(そうか。地下で繋がってるのか。なるほど! ここは女学院。外から女子高生の体操服姿を盗撮する輩がいるとも限らない! だからなるべく外部とは接触しないように、地下道を造っているんだな……)
生徒のみならず、職員や教師全てが女子であるこの麗花女学院。自分たちの身は自分たちで守ろうということなのだろうか。長い地下道を二人で駆けながら、ようやく更衣室にたどり着くことができた。
「さあ、早く着替えちゃいましょう! 泳ぐ前に準備運動をしないといけないから、いつもよりも時間がないのよ」
そう言いながら麻梨亜が更衣室のドアを開けた。
(ん? いま何かとんでもないことを言っていたような気がするが、気のせいか?)
ドアを開けて少し右に折れる短い廊下を通って奥に入る。俺は目の前に広がる光景に絶句する。目の前の眩しい光景と、あまりの衝撃に身がのけぞる。壁に頭を強打した俺の意識は徐々に遠のいていく。心配そうに駆け寄る麻梨亜の顔が、だんだん霞んでいった。
…………
……
…
気づくと俺は保健室の天井を見上げていた。
「あら、気がついた?」
保健の水島先生が、俺をのぞき込んできた。
「水島先生……俺、いったい……」
「顔がニヤケていたけど、いったいどんな夢を見てたのかしら?」
「えっ……俺、何か言ってましたか?」
「ええ。〇っぱいがいっぱい、〇っぱいがいっぱいって何度も口に出していたわ」
水島先生の言葉を聞いたあと、顔が熱くなっていくのが自分でも分かった。
「それよりも困ったことになったわね……今日は運良くあなたが気を失ったからよかったものの。今月はずっと水泳の授業があるらしいわ。何でも体育の森山先生が、世界水泳の中継を見て感化されたらしいわ。この間はワールドカップを見てサッカー漬けになったみたいだし、その前は野球でしょう……森山先生には困ったわね。この先、あまり体育を休むと生徒たちに怪しまれてしまうわ。一度理事長に相談してみてはどうかしら?」
水島先生の言うとおり、あまりにも特異な行動をとれば女の子たちに怪しまれてしまう。ここにいる限りはあくまで普通の女子高生として過ごさなければならないのだ……だがそれをするにはクリアーしなければならない根本的な問題があるのだ。
保健室を後にした俺は、その並びにある職員室へと向かった。扉を開けた瞬間、担任の春日由里絵と目が合う。彼女は気まずそうな顔をしたあと、すぐさま俺から視線を逸らした。
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