第36話


(3000里途方もない距離だ……)


あれから、今日は泊って行けと言うマリアの圧に負け、アインの部屋を借りることになった。


(カナリア姫がこの国に戻ってくるまで待つか?それまで契約が許してくれるだろうか……)


このまま戦争が進み、万が一ノービアがワーツに滅ぼされ、王族が処刑されたら手紙を渡す機会は一生なくなる。その場合のペナルティがどの程度なのか分からないが、契約には真摯に向き合ったほうが良いだろう。幸い、魔法学校への伝手は教会で得られた。できるだけ最短で渡せる方法を考えよう。


明日は、教会に話を聞きに行くことにし、今日は寝ることにする。



「おはよう」

「……おはよう」


翌朝、起きてリビングに行くとマリアが朝食を作っていた。


「今日は教会に行って、魔法学校の話を聞こうと思う」


今日の予定をマリアに伝える。


「教会?」

「教会推薦枠ってのがあるらしい…それが取れれば、カナリア姫にすぐ会える」

「推薦枠って……そんなに簡単に取れるものではないでしょ?第一魔法が使えないと……」

「それは分からん……でも、魔法を使って見せたら、強く勧められたし大丈夫だと思う……」

「……?…ユザナは魔法が使えるってこと?…それも推薦枠が貰えるほど上手に…?」

「そうだよ……言ってなかったか?」

「ほんとに…?」

「ああ」

「………ユザナって……」

「なんだ?」

「……うんうん……何でもないわ……」


マリアが首を振って発言を取り消す。


「教会に行って話が決まったら、カーサルを出るよ」

「え……そう……はやいわね……」

「ああ、仲間が待っているからな……魔法学校に行かなきゃいけないことを伝えなきゃ……」

「仲間がいるの?」

「ああ、ラゴーアで待っててくれてるんだ」

「そうなのね……ふふ……なんか安心したわ……」

「なんだ急に?」

「ユザナはアインに似ているわ……慎重そうに見えて意外と無茶する人……待っててくれる人がいるなら無茶して倒れてはいけないでしょ」

「いつだって死ぬつもりはない……」

「アインだってそうだったわよ……でもいなくなってしまった……ユザナは兵士じゃないんだから、逃げるときは逃げるのよ…」

「そのつもりだ……」


マリアがテーブルに朝食を運ぶ。


「せっかく作ったんだから、教会に行く前に食べってて」

「ありがたくいただく」


せっかくなので、食べていくことにする。

(マリアの料理はうまいからな……)


「むしゃむしゃ」

「見れば見るほど、アインにそっくりだわ……」

「むしゃむしゃ」

「さびしくなるなぁ……」

「……ここが寂しいなら、俺と一緒にラゴーアまで来るか?俺はマリアの料理が毎日食べたい」

「え?」

「金はなんとかするよ……まだ、確証はできないけど……」


(魔法学校を卒業できるなら働き口なんてどこにでもあるだろう……第一志望は冒険者だが……)


「ふふ……なんだかプロポーズされてるみたい……」

「まぁ、ニュアンスは一緒だ……」

「おませさんね……年上は揶揄うものではありません……でも…ラゴーアか…ダンジョン都市…楽しそうね…あそこは戦争なんてなかなか起きないでしょうし……」

「戦争の代わりに魔物がいるけどな……来るか?……ラゴーアにも花屋はあるだろ……」

「…ありがとう…でもいいの……ここは私たち家族が過ごした場所で…兄が命をかけて守った場所でもあるから……」

「ワーツがここまで攻めてきたらどうするんだ?逃げるしかないだろ……」

「そのときはそうね……でも、最後まで諦めたくないの…」

「そっか……」


これ以上の説得は無理だろう。俺はマリアを探して旅してきたから思い入れが強いが、向こうは一晩だけの関係だ。こんな提案は考えてくれただけでもいいほうだ。


朝食を食べ終え、そろそろ教会に向かうことにする。


「じゃ、そろそろでるよ……ごはん美味かった」

「良かったわ……こちらこそ…手紙ありがとう……またカーサルに来たときは寄ってね」

「そうする……そのときにはまた勧誘するから、気が変わったらよろしくな……」

「ふふ……考えとくわ……」


別れの挨拶を終え、ドアを開けると大通りは人であふれていた。


「なんだ?祭りか」

「ああ…そういえば……エブバの騎士が今日帰るって噂になっていたわ……」


マリアには、この人込みの心当たりがあるようだ。


「エブバ?」

「そう…確か…国剣騎士団っていったかしら」


(国剣騎士団……はじめて聞く名だ…)


「お金を払えば参戦してくれるって話だったんだけど…それがあんまりな額だったから、昨日まで決めあぐねてたんだって…」

「じゃあ、今から戦争に向かうところなのか?」

「いやそれが…結局払わなかったんだって……きっと、国に帰るところでしょう…」

「なんだそれ…」


エブバの騎士は諸事情で顔を確認したい。マップ機能で盗み見てもよかったが、できれば直に見たかった。人込みを割って入る。


「ちょっとユザナ」

「悪い前に行かせてくれ……」


(厚顔無恥な御尊顔を拝んでやろうじゃないか)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る