第30話

マリアが見つかったかもしれない。もし、目当てのマリアなら、手紙の契約の半分が完了したことになる。

大通りに出ると、期待しているのか早足になる。


(花屋…花屋……ん……あれは…)


花屋を探して歩いていると、魔道具店を見つけた。


(魔道具店……行きたい…………だが、今はダメだ)


魔道具店は後で行こうと諦め、先を急ぐ。しばらく探すと、花の匂いが漂って来た。


(見つけた……花屋だ……)


店の前では、1人の女性が花に水やりを行っている最中だった。ミルクティーカラーのロングヘアーの女性だ。


(綺麗な女性だ…17,8歳ぐらいだろうか…あれがマリアか…?)


甘い良い香りが漂う。


「なあ、あんたがマリアか」

「ん?そうよ……僕は?」

「俺はユザナ。あんた…兄がいるんだってな。これに見覚えあるか?」


名前はマリアで合っているらしい。確かめるため、マジックポーチより懐中時計を取り出し見せる。マリアが兄に贈ったとされる懐中時計だ。見覚えがあれば、探しているマリアで確定だろう。


「……それは…………」

「見覚えがあるんだな…」


マリアが目を見開き、啞然とする。確定だろう。


「良く見せて……」

「ああ」


マリアに懐中時計を渡すと、懐中時計を開けて観察し始める。中に刻まれた文字をよく見ているようだ。


「……私が兄に送った時計で間違いないわ……どうしてこれを…?」

「貰った」

「え?」

「そんなことより、そいつから預かっている手紙があるんだ……」

「手紙……」

「ああ、これだ」


この人が探しているマリアと確定したので、早速マジックポーチより手紙を取り出し渡す。


「……」


マリアが受け取ると手紙が淡く光る。契約が完了したため起こった現象だろう。


「なに…これ?」

「害はない……気にせず読んでくれ……」

「……お兄ちゃんからの手紙…………」


少し疑われているが、マリアは訝しげに手紙を開け読み始める。


(遠かった……でも、これで半分契約完了だ……)



「………う……」


手紙を読んでいたマリアが顔を隠すように座り込む。恐らく泣いているのだろう。兄が死んだと知ったのだ、こうなるのも仕方ない。

涙をすする音がする。こういうとき、どうすれば良いのだろう。アイクの時は頭を包んでやった。だが、マリアは初対面で大人の女性だ。

分からないなりに、俺も隣に座って頭を撫でることにした。


「…す……ぐす…………」

(早く泣き止んでくれ)


「…ごめんね……」

「……」

「アイン……お兄ちゃんが、死んだことは有名だから知ってはいたんだけど……」

「そうなのか…」

「うん…だけどね……まだ、戦争中だから…実感が湧かなかったていうか……実際にこう手紙がくるとね…………う……」


また泣き出し顔をうずめる。死んだことが広まったくらいだ、マリアの兄は有名らしい。


「おーい、マリアー」


泣き止むのを待っていると花屋の中から声が聞こえた。


「マリアー!」


声が近づいて来る。店の人がマリアが戻ってこないので探しているみたいだ。


(見つかるとめんどくさい……逃げるか?)

「……マリア……どうしたんだい……?」


逃げるには遅かったようだ。店から出てきた大柄のおばさんに見つかってしまった。


「……おばちゃん……」

「…………マリア……こっちにおいで……」


マリアがその女性に抱き寄せられ、慰められている。


「……ぐす……ぐず……う……うわーん……」

「よしよし……」


本格的に泣き出す。少々気まずいが、マリアには聞きたいことがあるので、泣き止むまで待つしかないようだ。


(家族が死んだんだ……もう取り戻せない……大切なものを失う気持ちはよく分かる……泣き止むまで待とう……)



数分後、マリアがようやく泣き止む。


「大丈夫かい?」

「うん……」

「そうかい……いつだって頼ってくれていいんだよ…」

「ありがと……」

「うんうん…………………で、あんたは誰だい?」


大柄の女性がようやく俺に話を振る。


「……俺はユザナ……手紙を届けにきたんだ…」

「手紙?」

「うん……この子が兄の手紙を持ってきてくれたの……」


マリアが説明を手伝ってくれる。


「持ってきたって……あんた、その年で兵士なのかい?」

「違う……俺はたまたま居合わせただけだ……」

「居合わせたってあんた……」

「まあ……いいだろ……俺はそこのマリアに聞きたいことがあるんだ」

「いやいや……こっちのほうが聞きたいことがあるよ……」

「いいよ……おばちゃん……もう大丈夫……ねぇ君…話があるなら仕事が終わるまで待ってて」

「マリア……」

「分かった……」


マリアもこちらについて聞きたいことがある様子だ。


(まあ、そりゃそうだ……こんな得体のしれないガキを簡単に信じられるわけない……)


俺も、もう一人の手紙の宛名であるカナリアについては、ゆっくり聞きたい。仕事終わりまで待つことにする。


「今日くらい、もう休んでもいいんだよ……」

「ううん…大丈夫だよ…ありがと……おばちゃん」


心配そうに大柄の女性が店の中に入戻っていく。


「君は……ええと……ユザナ君だっけ?」

「そうだ……」

「じゃあ、ユザナ君は終業の鐘がなったら、ここに来てもらってもいい?」

「終業の鐘?」

「うん……6時になる鐘のことよ……知らないの?」

「ああ……知らなかった。じゃあ、6時にここに来ればいいんだな……」

「そうだけど……大丈夫?」

「問題ない……じゃあ……また、6時に……」

「う…うん…また……」


マリアと一度別れる。デバイスのアラームを5:50に合わせ、時間に遅れないようにセットし、一度近くのベンチに座って休憩する。


(戦争はどうにもならない……どんなに悲しいことが起ころうが、俺1人の力じゃどうにもならない……俺にもっと力があれば、なにかが変わったのだろうか…マリアの兄は救えたか?)


あの兵士が死んだ時にはまったく考えなかった感情が、心に宿る。


(何はともあれ…契約半分完了だ……)

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