〝金銀花〟は止まらない Ⅱ
「――ああぁぁぁ……。そりゃそうじゃん……、最上級の防具って言っても、やっぱ重いんだから、レベル1じゃ負担にもなるじゃんね……」
「まあ、それ気にしてもしゃーないっしょ」
「それな。攻撃喰らって一発でやられる可能性もあるんだし」
「うぅ……、そりゃそうだけど、さぁ……」
一方、僅かに時は遡り、奏星が流霞を見送った時のこと。
雅と美佳里、それに雪乃たちは今、アーティファクトを用いた魔力研究と並行して行っている。
そのため、セキュリティ強化と連携の都合上、活動拠点を『明鏡止水』のクランビル、その地下に移動していた。
雅ら〝がちけん〟の部屋は、元々は会議室だった一角を〝がちけん〟仕様に変えたものだ。
大きな変更点と言えば、備品関係が最新式のものに刷新されたことだろう。
映像についても、映写機とホワイトボードを用いるタイプではなく、巨大なモニターが壁際に取り付けられている。
そんな地下の新生〝がちけん〟事務所にて、雅らは配信を見つめていた。
アーティファクト利用権利料という名目で『明鏡止水』から支払ってもらい、そのまま最上級の防具セットを流霞と奏星に提供もしたし、順風満帆と言っても良いかと思っていた矢先のことであったために、雅が嘆いていた。
流霞が配信で言っていた何かの声、助けを求める声はすでに配信越しでも拾えるものになっている。
響き渡ってくる叫ぶような声を前に、体力が付きてしまった奏星の悔しさは、雅たちにも痛いほどによく分かった。
《はあ、はあ……! ごめん、配信。ちょい、あーし、少し休むから。だから、るかちのトコへ、先に……》
「ゆっきー、操作よろ」
「りょ。メッセージはそっちでおね」
「送信したよー」
奏星の叫び、そして、奏星に託された流霞の映像を流すこと。
遠隔操作によって飛び出したドローンは、流霞を追いかけるように曲がり角を曲がって、そして、それを映し出した。
「――〝天秤トラップ〟!?」
「なんで上層にそんなもの……!」
「ちょっ、アイツら! るかちを引き込んで自分たちだけ助かるつもりかよ!」
最初に光の膜――通称〝天秤トラップ〟に気が付いたのは雅だった。
彼女は『明鏡止水』の攻略動画を何度も観ているため、中層以降で発見される悪辣なトラップ類などの情報は頭に入っている。
ダンジョンのトラップには様々な種類が存在しているが、その中でも群を抜いて性質が悪いと言えるのが、ダンジョン下層の存在を世に知らしめた〝転送トラップ〟と、この〝天秤トラップ〟だ。
一度誰かが起動したら最後。
確実に一つのパーティが対処せねばならず、もしも乗り越えなければ魔物たちに圧し潰されて命を落とすことになる、厄介過ぎるトラップルームである。
「奏星に連絡した!」
「お願い、間に合って……!」
しかし、願い虚しく間に合わず。
流霞は人助けの為にと手を伸ばし、その優しさに、人の悪意が牙を剥いた。
「――っ、アイツら……ッ!」
「探索者ギルドに通報、探索者情報の照会と、情報提供でこの配信URL送信! コイツら、絶対許さねぇ!」
「〝天秤トラップルーム〟の救助要請は、その説明を怠った場合は義務違反。伝えずにるかちを引きずり込んだの、絶対故意だよ……」
配信は荒れに荒れて、コメントでも罵詈雑言が飛び交う。
奏星も怒りのままに救助を求めた男の一人に食って掛かっているが、それを止めようという気は、雅や美佳里、雪乃にも起きなかった。
けれどその時、雪乃が小さく聞こえてきた流霞の独特な笑い声に気が付いた。
「――っ、ドローン動かすよ!」
そうして、配信の映像には口角をつり上げて笑う流霞の姿が映し出され、そんな流霞が爛々と輝いた目を前方の砂時計に向けている姿が目に入った。
ドローンが映し出した砂時計の砂は、もう間もなく全てが落ちきるというのに。
絶望的な状況だというのに、流霞は、笑っていた。
そうして、流霞は言う。
魔物たちを倒してしまえば、自分たちもレベルアップできるんじゃないかと、それはもう嬉しそうに。
そんな流霞に、奏星は毒気が抜かれて笑い、表情を変えた。
配信の空気が、変わった。
奏星はしっかりとした足取りで光の膜へと近付き、踏み越え、そして堂々と流霞の隣に立って、細剣を鞘から引き抜いた。
《――逃げんじゃねーぞ。この部屋踏み潰したら、ちゃーんと謝ってもらうから》
『マジか』
『鳥肌やば』
『なんだこのカッケーJK』
『マジか、やるのか』
『もうこうなったらやっちまえ!』
『逃げんなよ! テメェらのパーティもう控えたからな!』
『コメント打っても見えないだろうけど、マジでそれ』
『始まるぞ!』
『がんばれ!』
『負けんなよ!』
「……カッコ良すぎだろ、ウチらの仲間」
「……それな」
「マジすげー。空気変わったわ」
半ば呆然としながら、雅が、美佳里が、雪乃が呟く。
先程まで阿鼻叫喚としていて、怒りのままに罵詈雑言が飛んでいた配信が、あっという間に流霞と奏星という二人の活躍を応援するものに変わっていく。
ぞわぞわと肌が粟立つような感覚を味わっている3人の視線の先、巨大なモニターの向こうで、ついに砂時計の砂がもう間もなく落ちきるというところで、配信越しに声を拾った。
《――るかち》
《ん?》
《……勝てっかな》
《きひっ。もち、勝てるよ》
《だよね。うん、あーしもそう思う》
『言い切ってて草』
『きひ子ちゃんもカナっちも、すげー自信だな』
『堂々と言い切った』
『レベル1だったら確実に乗り越えられないはずなのに、この二人ならやってくれそう』
緊張した様子は、一切感じられない。
いざこうして二人で並んで立ってみれば、不思議と勇気が湧いてくるような、そんな気がして、奏星は流霞の横顔を見やる。
そんな視線を受けて、流霞はしかし気が付かないまま砂時計を真っ直ぐ見つめたまま続けた。
《今回のこれも炎上じゃなくて笑い話にして、レベルアップして、みんなのために素材持って帰ろうね》
《……ははっ、それな》
『すごいな。この状況でそれが言えんのか』
『なんだろ、カッコイイわ』
『恨み言ぐらい言ってくれてもいいのよ?』
『これから死ぬかもしれないって戦いなのになんなんこのJKたち』
『英雄誕生の瞬間とかの映画でも観てる気分』
『映画分かる』
もはや配信は、視聴者のコメントが言う通り、映画か何かの決戦を思わせるような、そんなワンシーンのようですらあった。
雅や美佳里、雪乃。
そして、そんな3人と共にこの部屋の手伝いをしていたスタッフたちでさえ、ただただ配信の映像を見て、動きを止めていた。
――――そして、砂が落ちきった。
トラップルーム内を赤い光が満たし、あちこちに魔法陣が描かれ、その上に魔物が姿を現していく。光が集まって、足先から3Dプリントで構築されていくかのように生み出されていく魔物の姿。
そうして最初の一匹、ホブゴブリンが姿を見せた――かと思えば、突如、その頭を突然横合いから襲いかかった流霞に殴り飛ばされ、錐揉み回転しながら吹っ飛んでいった。
《――は?》
『は?』
「――は?」
奏星が、コメントが、雅たちが。
ただただ一斉に声を漏らしたその先で、流霞はそのまま走ってロッドをくるくると回転させながら、次に召喚された魔物に肉薄し、器用に魔物の顎を打ち抜いて、そのまま鳩尾に自分の身体を軸にして回転しつつ殴り飛ばす。
まるで導かれるように、流霞は魔物たちが現れるであろう魔法陣があちこちに浮かんだその中心で、流霞はゆらりと身体を揺らして佇んだ。
直後、現れた魔物たちの間で踊るように、たった一人で魔物たちが現れるその場所で暴れまわる。
ロッドを回転させながら、横合いに、振り向きざまに殴り飛ばし、時折笑いながら攻撃を避け、反撃して吹き飛ばす。
下手に魔物が得物を突き出せば、流霞のロッドにあっさりと弾き飛ばされて他の魔物に突き刺さったりもしている。
まるで暴風のように、けれどしっかりと魔物たちを見て戦うその姿は、まさしく踊っているかのようですらあった。
そんな流霞の凄まじい戦いぶりに惹き寄せられるようにさらに魔物たちが殺到する。
いくらなんでも、一斉に大量に来られてしまえば逃げ場がなくなってしまうのではないか。そんな風に考え、コメントが一斉に慌ただしくなる中。
奏星は、そして雅たちは、流霞の口元が動いたのを確認していた。
《――きひっ、【朧帳】……!》
魔物たちが一斉に流霞に向かって振り下ろし、突き出し、薙ぎ払った一撃が、流霞の残像を斬って虚空を走る。
『きひ子ちゃん!?』
『え?』
『は?』
『消えたぁ!?』
『え、なに!?』
『えっ? 残像か何か?』
『残像です、のパターン……!?』
《――きひひっ! カナっち、よろー》
《――おけ、ナイス! 【灼火斬】!》
唐突にドローンの近く、奏星の近くに出てきた流霞が、きひりと喉を鳴らして笑いながら告げれば、それを正確に読み取っていた奏星の魔装に炎が宿り、長く伸びた炎の剣身が、流霞に釣られて集まっていた魔物たちを一網打尽に討ち取り燃やし尽くした。
『やば……』
『え!? きひ子ちゃん今のなに!?』
『うおおおおおおおお!』
『やば! すごすぎんだろ、二人とも!』
『なんなんこの二人……?』
『トレンドになってたから見に来たと思ったらなんかヤベーのいる』
『強すぎじゃね……?』
『炎の剣とかマジで惚れる』
『すげえええええええ!』
《――きひっ! まだまだ、いっぱぁい!》
今の一撃で屠った魔物たちの数もかなりのものだったというのに、それでもまだまだ始まったばかりの戦いだ。
そんな戦いに、実に楽しげに声をあげて突っ込む流霞を見て、奏星は呆れ混じりにふっと笑って――トラップルームの出入り口、そこからこちらを見ている三人組に、炎を纏った魔装の細剣を向けた。
――逃げたら、焼く。
鋭い眼差しでの無言の警告。
その姿に青褪めてこくこくと頷く三人組に、視聴者たちも溜飲が下がったのか、大量に草が生え、今更になって流霞が披露した【朧帳】や奏星の【灼火斬】の威力に、凄まじい盛り上がりを見せていた。
そうして始まった戦いは、流霞が魔物たちを引き寄せ、殴り飛ばし、集めたところで【朧帳】を使って消え去り、そこに奏星の【灼火斬】が一斉に焼き払うという、ある意味では究極的に効率を追い求めたかのような討伐の繰り返しだった。
もはや〝天秤トラップ〟に引っかかっただとか、嵌められただとか。
そんなものすらも忘れて、誰もが食い入るように見つめていた。
ただただ、〝
『すげぇ』
『きひ子ちゃんなんであんな囲まれて無傷なん?』
『いや、でもたまに鎧部分使って弾いたりもしてるぞ』
『あの子のバトルセンスヤバいな』
『グレーホブゴブリンの時もそうだったからな』
『あれ、魔物減った?』
『追加止まった?』
『やった!?』
『はいフラグ』
『うわ、デカい魔法陣』
『最終関門?』
――――ダンジョンは、二人の実力に見合う試練を与えることを選んだ。
《……嘘、でしょ。なんで、トロールが……》
灰色がかった皮膚に、分厚い脂肪の塊のような巨大な肉体。
身長にして2メートル半程はあるその存在は、分厚い脂肪の下に強靭な筋肉を有していると言われている。
動きは緩慢だが、凄まじい膂力と体重を活かした一撃があっさりと致死量に至る上に、生半可な攻撃では倒せない、グレーホブゴブリンを超える中層クラスの魔物が、流霞と奏星の二人の前に姿を現したことに、奏星が思わず声を漏らした。
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