再会

 そうして、20年が経った。


 人生とは、何も成さずとも過ぎていくのだ。

 現在は運送会社でドライバーとして働いている。12社目にして、やっと5年続いた仕事だ。

 毎日決まったルートを周り、荷物を配達している。思った以上に忙しく辛い仕事だ。それでも、一人で生きていくには十分な給料を貰って生きている。私には、勿体ない程の報酬だ。

 この年で一人で生きていくのは、つらい。若い時には思いもしなかった。見たくも無いのに、鏡を見ればそこには老いた私がいる。ああ、あんなに大嫌いだった父に、こんなにも似てきてしまったな。

 積み上げてこなかった人生が、これ程までにつらいとは思わなかった。

 遂に1000円の大台を突破した煙草。咳き込むことも増えた。喉にしつこく絡むたんを、缶コーヒーで無理矢理流し込む。



 新年度最初の出勤日、2年目になるはずだった後輩が無断欠勤をした。こんなことは過去何度もあった。恐らく、そのまま飛ぶのだろう。

 いくら電話を掛けても応答が無い後輩に課長は苛立ちを覚えたのか、周りを牽制けんせいする様に悪態をき、禿がった頭を掻きむしっていた。


 これだけキツイ労働環境であれば当然だ。未来も見えないだろう。

 辞めることも、また勇気だ。

 そう信じていた時期もあった。だが、そうじゃなかった。それが勇気だったかどうかは、辞めた時には分からない。その後の道のりに依存するものなのだ。結果次第ではそれは勇気では無く、逃避・無謀へと変化してしまうものなのだ。


 彼の分の配達ルートは、私が担当することとなった。逆らう力など、もう私には残っていなかった。そりゃ、やりたくなんてない。それでも、せっかくの安定した場所を脅かすことは、決してしたくはなかった。


 自分の持ち分の配達が終わった頃、時刻は既に15時を回っていた。ここから辞めた彼の分の配達が始まる。面倒だが、どうせ帰宅したところでやることも無い。家族のいる社員は多い。この仕事は、私が適任なのだ。


 既に夕飯の匂いが街を支配し切った頃、最後の配達先の立派な新築の一軒家に着いた。子どもの声が微かに聞こえる。普通の素晴らしい家庭に違いなかった。

 荷台から荷物を取り出す。それは、細長い大きな荷物だった。……少し嫌な予感がした。

 インターホンを鳴らすと、奥さんらしき女の人が応答した。


「はい?」


「○○運輸ですけども、配達で伺いました」


「あー配達ですか……? 分かりました、出ますね」


 何の荷物か見当が付いていないようだ。やはり、予感は的中しそうだ。

 玄関が開き、綺麗な30代後半程の女性が出てきた。


「はい」


「あ、○○運輸です。こちらがお荷物ですね」


「えーっと……何か頼んでたかしらね……」


「あー、ゴルフクラブ……ですね」


「……はあ、全く……あなたー!」


 よくあることだ。恐らく、夫が妻に内緒で高い買い物をしたのだろう。きっと、いつもならもっと早い時間に、恐らく奥さんが夕飯の買い物をしている間に、配達が来るのだろう。まさか、今日に限って担当ドライバーが飛んで配達の時間が変わるとは思うまい。こういう時は、大抵サラリーマンの趣味であるゴルフ用品と相場が決まっている。


「……はーい?」


 何かを察した男の情けない声が聞こえ、リビングへ続くドアが開いた。


 その男の顔を見て、時が止まった。

 そこには、すっかりおじさんになった翔がいた。

 学生時代よりも太ってはいるが、優しいあの頃の面影をしていた為、すぐに彼だと分かった。

 当然のことながら非常に驚いた。しかし、それを軽く飛び越える懐かしさが、胸に込み上げてきた。

 勤務中だというのに、仕事も忘れて思わず声を掛けてしまった。


「あれ……翔……だよな?」


「……えーっと……」


 動悸がした。もし忘れられていたら、俺は──


「……もしかして……たかし?! だよな! 久しぶりだな、いや、何年ぶりだよ!」


 嬉しかった。久々に素直に笑えた。

 彼の奥さんも始めは驚いていたが、少し経つと、それとこれとは別として、勝手に高いゴルフクラブを買った翔に小言を言い始めた。

 翔の焦った顔を見て、可哀想だとは思ったが、学生時代の落単の危機を思い出して少し笑えた。


 ある程度の軽い説教が終わると、奥さんは私に対しては天使の様な笑顔で謝ってきた。

 そして、夕飯が出来るまでの短い時間、二人で話す時間をくれた。

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