ユダならパンでも食っとけよ
@kajiwara
まだ最後じゃない
都内。既に深夜に差し掛かる時間帯。男はバス停のベンチに座る。カタカタ、カタカタとベンチから軋む音が響く。貧乏ゆすりが収まらない。
男は深くフードを被り俯いている。目は窪んでおり、生気が薄い。と、薄汚れたジーンズのポケットが震えて、その振動に男は驚いて情けない声を上げながら立ち上がる。生憎、周りに人はいない。
男は周囲を警戒しながらも、ポケットに手を伸ばす。中には折り畳まれた携帯。それを開き、通話のボタンを押す。耳元に近づけて恐る恐る、話し出す。
「も……もしもし……」
「おー待たせたなー」
男が顔を上げると道路を挟んだ向こう側、半袖で派手な柄の……アロハシャツを着た男が手を上げている。今季節は冬。寒風が夜でさえびゅうびゅうと吹いているのに、だ。男は信じられず携帯を落としかけるが、どうにか持ったまま恐る恐る尋ねる。
「あ……あんたがその……逃がし屋なのか?」
男の質問にアロハは毛深い腕で自らの胸をドンと叩いた。男は絶望した。業界でも名の知れた、どんな困難な状況下でも確実に安全な地へと逃してくれる人間と聞いて依頼したのに。しかも既になけなしの財産を振り込んだのに、こんなふざけた輩が来るなんてと。
「おーい、どうした。こっち来いって」
アロハの声は異様に明るく朗らかなのも男の不安をより一層仰ぎたてる。男は本当に神にも縋る、そんな思いで喉から振り絞るような声で、聞く。
「……本当に、本当にあんたが……逃がし屋、なんだよな」
「時間が勿体ねえ、俺からそっちに行くぞ」
「わわわかった、行くよそっちに……」
男は床下に置いているスポーツバッグを持ち出す。ぎゅっと紐を強く握り、アロハの元へと小走りで駆けていく。アロハは向こう側からは分からなかったが、平均的な身長である男よりもずっと大きく、毛深さや口元を覆うもっさりとした髭のせいか、山から下りてきた熊の如き迫力がある。アロハは男を見下ろしながら、髭面に笑みを浮かべながら言う。
「あんたが山下ね。まー安心しなよ。仕事はしっかりやるからさ俺」
「そうしなきゃ困る……じゃあ早速逃げ」
「いやぁその前に腹ごしらえだ。腹が減ってちゃ戦出来んぞ!」
は? と戸惑いを見せる男、山下に構わず、アロハは歓楽街へと向かう方向へと歩き出す。もう、何なんだよクソっ……と涙目になりながらも、どうにもできずに山下はただ付いていく。
アロハはおっ、ここでいいと安価な中華料理店、言わばチェーン店へと入っていった。半袖であるだけでも目立つのに、外見のせいで余計にアロハは店内で浮いている。実際、他の客たちはアロハの姿をチラチラと見ており、山下は気が気じゃない。額から汗が流れては落ちる。
「おい、お前さんも食べろよ。顔色悪いぞ」
山下の心配をよそにアロハはラーメンに餃子三皿、チャーハン大盛りにチンジャオロース……と一人で頼んだ物を旨そうに平らげている。周りの目など気にする事も無く。食欲が沸くどころではなく、早くその場から逃げ出したいのに。
「俺は、いい……それより早く」
「だから飯食えって。見てらんねーよその死にそうな面」
「い……いい加減にしろ!」
山下は威勢良く、なつもりだろうが、か細った腕を振ってテーブルを叩いた所で周囲の雑音にかき消される。アロハはラーメンのスープを飲み干す。
「俺は……逃げなきゃいけないんだ……あいつらの分まで」
スポーツバッグのチャックを少しだけ開いている。その隙間から見えるのは、山下と――――どこかの工場だろうか。その前に仲睦まじく肩を組んでいる、同じ作業着を着た男達と、女性。そして、サッカーボールを持つ男児が映っている写真だ。山下は力なく、涙で滲む目尻を手で拭い呟く。
「生きて……あいつらの、復讐を……」
「そうか。なら食え」
アロハがずいっと、山下の前に何かを差し出す。チャーハンに付属しているミニスープだ。まだ湯気が立っており温かい。
「お前さんの事情は知ってる。だがこれだけは言っとくぞ」
アロハはいつの間に頼んだビールを一気に喉に流し込んだ。そうして山下に初めて目を合わせて言う。
「食って鍛えて寝てまた食え。貧弱な奴に復讐は出来ん。健康だから復讐できる、覚えとけ」
アロハの言葉の意味はよく分からない。しかし、何かを感じ取ったのか、山下は差し出されたミニスープに恐る恐ると手を伸ばした。器を持ち上げて、ゆっくりと、喉に流し込む。飲み干して。山下は一息つくと、自嘲的に。
「……最後の晩餐か、これ」
「バカ、最後じゃねえよ。始まるんだよこれから」
アロハがそう言ってガハハと笑う。アロハの何ら根拠はない、しかし妙な自信の在り様に、山下は妙な安堵を覚えている……その時だった。アロハは一転、低い声で。
「……外に俺の連れがいる。黒帽子で舌にピアスがある。そいつについていけ」
アロハの言葉に山下は慄く。いるのか、追っ手が。だが店内にいるまばらな客の中にはこっちに視線を向けている様な人間はいない。しかし素人の山下にさえ分かる程にアロハの目付きは座っている。
「山下、このまま席を立って真っ直ぐ店を出ろ。真っ直ぐ、振り返らずな」
山下は頷く代わりに言われた通りに席を立つ。振り向かずに店を出る為に歩き出す。と、レジに一番近いカウンターの席に座っている、紺ネクタイのスーツの男が椅子から降りる。その懐には先端を光らすアイスピックが――――。
「山下、しゃがめ!」
スーツがアイスピックを取り出そうとするよりも先に、アロハがそう叫びながら手に持った胡椒瓶をスーツの顔面目掛けて剛速球でぶん投げる。山下が反射的に怯えてしゃがんだのもあり、宙を飛ぶ胡椒瓶はスーツの鼻筋へとストレートに直撃する。がぁっ! と叫んで鼻孔から赤黒い血液が吹き出す。
しかしそこで怯む事無く、スーツはアイスピックを取り出しながら山下へと突き刺さんと腰を屈めた。アロハは抜き出した箸を両手で割りながら、大柄な図体にそぐわぬ迅速さでネクタイの目下へと滑り込み――――割った箸を両耳へとビンタする様に突き刺した。
一寸体が揺らぐ、がスーツは驚くべき事にその攻撃にも沈まずアロハに向かって突進してきた。咄嗟に片手で防ごうとするアロハの左手をアイスピックが貫通する。山下がその様に両手で口元を抑えつつも嘔吐する。
ニタつくスーツ……が。アロハは痛みに顔を歪める所か、その顔には笑みを浮かべている。空いている右手で無理やりスーツの襟を鷲掴み体を引き寄せ。
頭突き。
アロハはスーツの頭部目がけて額をぶつける。それも一度ではない。ガツン、ガツン、と衝突音が店内に響く。頭から血が噴き出そうとアロハは楽しげに笑い、対しスーツの目は次第に白く剥き始めており、やがて口元からどろりと涎が溢れ、吹き出す。
「ごちそう……さん!」
上体を大きく反らして、アロハは最後の頭突きをぶちかます。スイカ割りのスイカが弾けた様な、人間から発されたとは思えない破裂音と共にスーツは転倒して、ピクリとも動かなくなった。
アロハはあ〜……しんど、とその場に腰掛けると、刺さったアイスピックを抜きながら山下に言う。
「……早く行け。次は叶えろよ、復讐」
山下は頷きというよりもアロハに深く頭を下げて、急いで店を出た。アロハはそこから逃げ出すことさえせず、大の字で寝そべると、シャツの胸ポケットからタバコの箱を取り出して恍惚とした顔で一服し始める。
急いで店を出た山下を、アロハが言っていた黒帽子に舌にピアスをした――――高身長の女性が手招く。バンに乗せられて慌ただしく行き交う救急車やパトカーを尻目に繁華街から出ていく。後ろを伺う山下に。
「湯田なら心配いらない。いつもああだから」
黒帽子は冷淡な口調で言う。そう言いつつボソリと。
「……菓子パンで済みゃこっちも楽なんだけどな」
ユダならパンでも食っとけよ @kajiwara
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます