035
「どうして、どうしてアサシン何かに」
「仕方ないんだ。止まり木の会に入れば全てが救われる。亡くした家族も救われる。そう言われて、当時の俺は言われるがままだった」
「止まり木の会・・・」
やはりその名前を聞くことになった。結局は侵略者が悪いんじゃないか。そいつらのせいでこんなことになっている。あいつら諸悪の根源のせいで一家庭の崩壊と信頼関係が崩壊した。・・・・・・違うな。侵略者がいなくても、同じような出来事はある。・・・これは人間の弱さと脆さを的確について侵略してくる奴のせいだ。
「事の発端は芽衣と妻が死んだ時だった。暴動が起きる可能性があるので、警察自衛隊合同で、その時に発足仕立ての止まり木の会の公開演説の警備にあたっていた。その時来日していた止まり木の会の男から誘われたんだ。私と組みませんか? そうすれば私が彼方を救ってみせると。その男が当時はまだ幹部であったアイアンニートだった。最初はまったく救われるとなんか思っていなかった。当たり前だ、死んだ人間は戻ってこないのだからな」
「じゃあ何故!」
「黙って聞け。その後だ、あいつは俺に発砲してきやがった。あいつの弾丸が体にある内は操られて、言うことも聞けなかった。自衛隊という足かせになる団体から外れて、仕事のしやすい復興都市の警備員にさせられた。それからと言うものの、あいつが来日する度に操られて犯罪の加担をさせられていた。抵抗しても抵抗しても俺の意志とはかけ離れて体は動いた。ナイフで人を殺した。銃で頭を撃ち抜いた。尋問と言う名ばかりの拷問もした。自衛隊で培った自国民を守る技術を、虐殺にしようした。・・・だけどな、何故かそんなに悪い気ではなかったんだ。人を殺して行くうちに楽しさを覚えていたのかもしれないな。こんな言葉、昔の俺が聞けばぶん殴っていただろうな」
一笑いをつけたして御影さんは続ける。
「そんな狂喜乱舞している精神状態で迎えたとある日、俺の体から弾丸を取り出してくれた奴がいたんだ。アイアンニートとは違う止まり木の会の幹部だったかな。そのおかげで俺は晴れて自由の身になった。なったんだが、どうも違うんだ。唯、普通の日常。平和だった。過去に望んだ平和そのもの。だけど、咲と話していてもちっとも楽しくない。日常を過ごしても足りない。そう俺は人を殺しすぎたんだ。あの殺しの日々が、あれが日常に変わっていた。アイアンニートが言っていたことは本当に実現した。あいつは俺を救った。新しい刺激を齎して、それで俺の心の穴を埋めやがった。・・・人を傷つける事を代償にな。それからはずっとアサシンとして活動し続けた。芽衣の為や妻の為じゃなくて、歪な己の幸せの為にだ」
語り終わった御影さんを直視し続ける。絶対に目は離さず話を聞いていた。話の途中で芽衣ちゃんはついに泣きだしてしまったけど、覚悟をしているおかげなのか、声を殺してくれている。だけど前にいる僕には丸聞こえなんだよね。
「僕は不幸せですよ」
「いいんだ、人間は己の幸せの為に生きているんだから」
僕はこの人を殴ればいいのだろうか。そんな暴力で解決していいのだろうか。この人は唯の人間であり、人間性を捨てた人間である。これが人間の正しき姿だって言うのならば、僕はアンリに人として顔向けできない。
僕は人間であり人間じゃない体。
違いは何だろうか。
愚問であった。
人間のいいところは見た目ではなく。心の有り様なのだから。
では僕はこの人に向かってすることは決まっているのか。
いるのだ。僕は僕らしく、できることをするだけだ。
「彼方はもう人間性を捨てた、救いようのない人間だ」
「そうだな。他人から見れば救いようのない人間だが、俺は救われているんだぜ」
「救われたなら、今度は彼方が人を救って、人間らしい事をしませんか?」
「ふっ、そうだな。殺す。と言う分野でなら俺は得意だが、それで救われる奴は薄汚い奴らだ」
「そんな物騒な事じゃありません。一言でいい。一言言ってください」
「何を? 誰に? しっかりと言え」
「謝ってください、芽衣ちゃんに。それが彼方の今できることで、父親としての義務だ」
芽衣ちゃんは交差点では謝ってほしくないと言っていたのだが、僕にはどうしても彼女に謝ってほしかった。
「どうして俺が芽衣に謝らなければならない? 確かに、生きていてくれたことはとても嬉しいが、謝る理由がみつかららんな」
人間性を捨てるとこうもあっさりと人間らしさを無くすのか。
「あんた父親だろ! 知らないと思うけど芽衣ちゃんが一度命を落とした時、最後に何を渡したと思う! あんたへのプレゼントのブローチだよ! アンリから受け取っただろう! それなのに非人道的なことをしておいて、娘に謝る理由が見つからないだ? あんたは人間失格の前に、父親失格だ!」
二十歳にも満たない青年に四十超のおじさんが説教をされる。アンリのマネはしないつもりだったけど説教へと落ち着いてしまった。アンリと居すぎてどうやら性格が似てきたようだ。
言われて気づいたか御影さんは胸ポケットからブローチを取り出す。
一年前に渡せなかったブローチがアンリの手に寄って渡されている。芽衣ちゃんが一枚目の切り札ならば、このブローチは二枚目切り札だ。二枚が揃うことで、終わりを迎えてくれるだろう。
それでさえ御影さんの人間性を取り戻せないのならば、思慮浅い僕は無慈悲にも暴力という手段に出るしかなくなってしまう。
御影さんはずっとその花のブローチを見ている。
御影さんはそのブローチを握りしめた。どうやら決断したようだ。言い返答を聞ける事を僕は祈ることしかできない。
「咲。俺は謝ることはない」
僕の思いは通じることなく断られてしまった。
「だが一言は言っておくことにする」
御影さんは最後に顔を上げた。その顔は虚ろでも無表情でも何でもなく、いつも通りの御影さんで、どこか芽衣ちゃんに似た笑顔を作って。
「ありがとな」
そして謝ることはせず感謝の言葉を残して、どこから取り出したのか、こめかみに拳銃を当てて引き金を引いた。
店内に静かにピスと言う静音が鳴ったと思う。そうしたら御影さんが力なく倒れてしまった。座敷に赤い血が飛んで、床には赤い血が流れ溜まっていく。そのまま残酷にも時は止まらずにいつも通りに動く。
僕は何も言わずに皿の上にあった焼き鳥の串で手首を刺して、片膝をついて御影さんのこめかみに当てて傷を治す。暴力に訴えてきた場合や、御影さんが抵抗して逃げようとした場合は完全な覚醒をしてでも取り押さえようと思っていたのだ。まさかこんな結末になるなんて思ってもいなかった。くそっ、またか、また微弱な覚醒状態だから、こんな結末なのか。
刺した所から血が止まらないが、こんな串で刺した痛みなど、今、後ろで泣いている芽衣ちゃんの心の痛さに比べたら何ら痛くない。
傷は治らなかった。もう手遅れなのだ。彼の肉体は死を迎えていた。
御影さんが最後に握っていたブローチを胸に置くと、まだ胸ポケットに膨らみがあったので、勝手ながらも取り出してみた。
そこには綺麗に包装されたピンク色の小箱が入っていた。
なんとなくだけど察して、泣いている芽衣ちゃんの肩を叩いて、小箱を差し出す。
芽衣ちゃんは涙を拭って小箱を開けた。その中には一枚の紙とペンダントが一つ入っていた。
そのペンダントを取る前に芽衣ちゃんは紙を開けて読み始める。どうやら家族間のことなので、僕が出る幕ではなさそうだ。近場のものに目を向けると、御影さんが持ってきていた茶色い封筒が目に入った。
これもそうなのだろうと、手に取って封を開けて中の物を取り出して見ると、大量の紙がこぼれ落ちてしまった。開ける向きが逆だったらしい。
その中から一枚気になる紙を発見する。その紙は妙にまとめられていて、しっかりとホッチキスで右上が止められていた。
読んでみることにする。
最初の文章。白銀咲へ。と書かれていた。その続きに目を走らせる。
『まずは最初にお前に謝らせてくれ。誠に申し訳ない。
これを読んでいる時俺は死んでいるだろう。俺がこんなになったのは他でもない自分のせいだ。だから誰にも許してもらおうともしないし、圧し掛かった罪からも逃れる気もなかった。
言い訳がましいが、俺が殺した相手は止まり木の会に背いた相手ばかりで、人間なんていなかった。これは比喩でもなく、ザイガ持ちの奴らだ。だから刑法で裁かれるのはお門違いだ。
アイアンニートの指示で行った殺人も全て宇宙から来た奴らだった。だが今回の仕事は違った。交差点を破壊し、善良なる市民を傷をつけることだった。嫌だった。嫌悪した。人々の悲しみの叫びは、もう沢山だった。だが俺は操られている。そう思い込むことにするしかなかった。弱い俺はそんな大義名分で少し救われた気がした。
そして沢山の人を傷つけた。あの時、交差点からお前に憎悪を纏った怒りをぶつけられた時、俺は嬉しさを覚えていた。やっと弱い俺を消してくれる人間が現れたのだ。この弱虫を止めてくれる人間が現れたのだと。
俺が生きている限り、アサシンとして理由をつけてでもアイアンニートに加担してしまう。
早く俺を殺してほしかった。
俺の罪は俺一人の命で償いきれるものではない。だが俺一人がいなくなるだけで、この復興都市は平和になるんだ。
俺は平和を愛していた。
こんな俺だけど、それだけは心に刻み込んでいる。人殺しが平和を愛しているなんて笑い話にもならないが、これだけが俺に残った人間性であり、お前へ伝えたい事だ。
あの時病院でお前の首を絞めた時、本当は殺せとの命令だった。だけどいざ刃物を持った時、これまで以上に手が震えた。気づけばお前は起きていて、結局殺せなかった。
どう聞こえのいいように言おうが、嘘にしか聞こえないだろうが、俺はお前を失いたくなかった。死んだ芽衣の代わりを俺は探していたんだろう。お前からしたら勝手に俺の子供になって迷惑だろうがな。
だから俺は昨夜、ついにアイアンニートに背いた。アイアンニートの性格上、あいつはあの場で更にお前を絶望の淵に追いやる。俺の正体を明かすだろう。あの場に行って、お前に正体を明かす勇気がなかった。面と向かって弱さを露呈させるのが怖かった。
俺は卑怯で弱い大人なんだ。
お前といるときは楽しかったよ。
こうして文面でしか本心が伝えられない、弱いおっさんですまんな。
最後にだが、俺はお前に平和を愛してほしいと思っている。言われなくても、お前は優しく人を慮れる人間だから、好きくらいかもしれないな。
失ってしまった俺のエゴを、呪いかもしれないが、覚えていてほしい。
お前は俺とは違い、強い人間でいてくれ。お前の周りには、お前を強くする人達がいる。俺には無かったものをお前は持っている。
もっと早く会いたかったが、俺はお前と会えて良かった。
さようなら。』
文章の最後は別れの言葉と御影さんの名前で終わっていた。
御影さんの遺体を見る。
やはり、遺書だ。
他にもアンリに祭ちゃん、楽に亡き妻、その他大勢の人へ向けた謝罪文がこの封筒には入っていた。だけどただ一つ、芽衣ちゃんに向けた遺書は入っていなかった。多分さっきのペンダントと一緒に入っていた紙がそうであろう。
御影さんはこうなることを予期していた。それでいて今日、僕をこの場所へ誘ったんだ。この人は最初から死ぬつもりでいたのだ。
そうすることで、ようやく自分と向き合ったんだ。
「なんだよ、あんた卑怯だよ。勝手に僕に理想を押しつけておいて、勝手に死ぬなんて。そして何で最後まで人の心配しているんだよ」
僕は御影さんの遺体の前で跪いて、横になった胸に顔を埋める。丁度芽衣ちゃんもさっきの紙を読み終えた後なのか僕と同じように跪いて亡き父の胸に顔を預ける。
「お父さん!」
芽衣ちゃんは大きく叫んだ。ずっと心の籠っていなかった言葉から、最愛の父に対する敬意と涙が混じって、大きな悲しみを秘めた言葉と理解できた。
僕もずっと涙を流し、鼻水を啜り、御影さんの胸の上で泣いた。
我が娘と理想の息子が動かなくなった心臓の上で泣くに泣いた。
こうして二人の少年少女が御影匡に今生の決別をしたのだった。
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