034

 僕達が来た時に居た常連客も居なくなって、テレビの雑音だけが店内に響く。まだ僕達がいるというのにこの店には誰もいないようだった。


 御影さんはまだ話そうとしてくれない。話してくれれば御影さんへの疑心は解けるんだ。だから話してくれるまで僕は待っている。信じている。


「お前は、どうしてそう思うんだ?」


 しばらく経ってから御影さんが口を開いた。


「あの時にアサシンは言ったんですよ、僕の病室を」

「それが俺とどう関係しているんだ?」


 とぼけるように御影さんは言った。とぼけるなら、攻める手札を増やすしかない。


「御影さん、僕をお見舞いに来てくれた時に、僕が質問しましたよね? よく僕が入院しているのが分かりましたねって」


 “あぁ、警備員仲間から聞いてな。それにお前が三百五号室にいないから探したぞ。”彼はそう言った。


「あぁ言ったな」

「どうして病室が分かったんですか?」

「そりゃあ、お前の場所を教えてくれた、あのナースさんに聞いて、三百五号室って知っていたからな」


 この人は今、嘘をついた。

 一つ目の嘘である。

 僕と御影さんの信頼の壁に亀裂が入った。

 それでも僕は責めることをやめない。


「知らないと思いますけど、病院側は事件があった日、入院患者の場所を守秘する義務があったんですよ。そうじゃなくてもあるんですけどね。ただあの日は厳重だったみたいですよ」

「ん? おかしいなぁ、あのナースさんは俺に教えてくれたぞ。秘密ですよって、こう指を立ててな。その仕草が亡き妻に似ててな」


 また嘘をついた。

 二つ目の嘘。

 どんどん信頼の壁が崩れ落ちて行く。


 亡き妻に似てるってそれもそうだろう。そのナースさんは芽衣ちゃんなんだから。それに芽衣ちゃんはあの時僕に演技ながらも言っていた。


 “一応事件があったので白銀さんと接触できる方なのかお聞きするために同行してもらいました” だから彼女はあの時点では、病室の話は一切していない。


 もう嘘はつかせない。


 僕は最終兵器を投入する為に、充電器を指した携帯を取り出して電話帳を開いて、友達の欄から一人の人物を呼びだす。


 すると店内で電話が鳴る。甲高いメロディがテレビの音と混合して鳴っている。その音が僕達の座敷の方へ近づいてくる。


「め、芽衣?」


 御影さんが目を白黒させて、瞬きを何度もする。僕の最終兵器、この責め苦の切り札。御影匡の一人娘であり、今の今まで御影さんの中で死んでいた人物。御影芽衣だ。


「そうだよ。お父さん」


 お父さんと呼ぶ言葉には愛は籠っておらず、他人行儀に、さも知らない人に語りかけているように聞こえた。


「どうしてだ? 夢か? 何でお前が生きているんだ? お前は死んだんじゃ!」


 御影さんは立ちあがり、靴も履かずに座敷から降りて芽衣ちゃんを触ろうとするが、芽衣ちゃんは悲しそうに一歩下がり御影さんから距離を取った。


「なんだ? どうして逃げるんだ?」


 その拒否行動に御影さんは問うも芽衣ちゃんは答えようとしない。


「御影さん、もう一度言ってください。ナースさんが言ったんですよね?」

「そんなことより、芽衣が生きていたんだぞ!」

「そんなことじゃない!」


 僕は大声を上げた。この店にはもう誰もいない。店長は能力で姿を変えていた芽衣ちゃんだし、お客さんは南霧さんが連れて来たバイトの人だ。この店は今日は貸切りなのだ。


 もう、この店では何をしても良い。周りにも人はいないし、この人を御影匡をどへも逃がさない包囲網が出来上がっている。


「本当の事を言ってくださいよ! どうして嘘をつく必要があるんですか!」

「嘘っておいおい、今までの証言に嘘の一片もないぞ」


 御影さんは大声を上げた僕の本気差が伝わったか、こちらを振り向く。


「じゃあ娘さん、芽衣ちゃんの前で同じことが言えますか? 誓って嘘をついてないって言えますか?」

「あぁ言えるとも。俺は何も嘘などついてないぞ、な芽衣」


 これで、僕と御影さんの信頼関係の壁は崩壊してしまった。


 虚実をさも本当だと言ってから、また芽衣ちゃんの方を向いた瞬間。


 パチンと、芽衣ちゃんが平手で御影匡の頬を叩いた。それは決別の証しで、覚悟の証しであった。


「うそつき・・・」


 そうして冷酷にも告げた。


 御影さんは自分が何をされたか理解できていない。多分だけど娘に頬を平手打ちされたのは初めてだろう。脳が追い付かないのも無理はない。


「彼方は嘘をついた。芽衣ちゃんは証人だ。あの場に居た看護師は、ここで生きている彼方の娘、芽衣ちゃんだ。その芽衣ちゃんが嘘つきと言った。解りますか? 彼方の証言は嘘と言う事だ」


 芽衣ちゃんの眼には涙が溜まっていたが、必死に泣かまいと耐えている。僕だって目が熱い。


「なぁ、唯一つ気がかりなことがあるんだがよ」


 御影さんは俯き僕達とは顔を合わせることなく、喋り始めた。


「何ですか?」

「一体、お前達はどこでそう確信できるんだ?」

「僕だって確信したくありません。アサシンは声が女性でした。それでアサシンは芽衣ちゃんだって僕は思っていました。だけど違った。そして僕、思い出したんですよ。ある物を彼方が持っていた事を」


“ ボイスチェンジャーで遊ばないでください” 警備の詰め所で御影さんは僕に披露してくれた。


「それはボイスチェンジャー。僕はアサシンが芽衣ちゃんと声がそっくりだったから間違えたんだ。でも本当の芽衣ちゃんは声を低く作っていた。本当の芽衣ちゃんの声じゃなかった。ボイスチェンジャーを使った彼方の声だった。そりゃ間違えるさ、親子だもの。これも合わせて、今までの質問材料が僕の確信です」


 正直嘘と言ってほしかったけど、ここまでの証拠材料が揃っていて白と判断するのは難しすぎる。


 アンリも言っていた。大丈夫かと。


 今日こんなことになることは南霧さん達と話し合った時点で百も承知だった。それゆえの電話、それゆえの気遣いだった。


 僕ははぐらかしたが、内心は大丈夫ではないと答えたかった。しかし、ここで立ち止まる訳にはいかない。


「答えてくださいよ! 彼方がアサシンなんですか!」


 座敷から立ち上がり、御影さんの横を通り抜けて、芽衣ちゃんを背にして、最後の責める行為。再度現実を突き付けた。


 現実を突き付けた瞬時に、僕の中で御影さんとの楽しかった思い出が溢れだす。アースクラッシュの日に初めて出会い。それから落ち着いてから再開して、間違ってお酒を飲んで叱られたり、迷子になったアンリを探したり。復興都市に来たての若者に絡まれて、そいつらと一悶着あった時に保護者として来てくれたっけな。他にも野菜を届けてくれたり、アンリの我がままな旅行に付き合ってくれたり。暴漢に襲われている祭ちゃんを助けてくれたり。楽と筋トレ勝負したりしたな。


 楽しかった思い出が止まらない。


 どうして。


「どうして」


 御影さんが。


「彼方みたいな人が」


 アサシンなんだ・・・


「アサシンなんですか!」


 一向に答えない御影さんの肩を揺らすと、微かに反応があった。反応があるのなら訴え続けるしかない。


「御影匡! 答えろよ! 黙ってても何も始まらないんだよ!」

「やっと」


 ようやく怒りと悲しみに満ちた声に反応を見せ、僕達に向けた顔は無だった。無表情で、目も虚ろで精魂尽き果てたような顔であった。だけど奇妙に口だけは動いていた。


「やっと俺を呼んでくれたな」

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