033
小話を挟みなががら、手前の食器には串だけが残っていた。
この店の焼き鳥は美味しい。毎日病みつきになる訳ではないが、確かに週一程度で食べに来たくなる味である。いい塩梅をしていらっしゃる。
タレで汚れてしまった手をお絞りで拭く。
「まさかあれから四回も追加注文するとは思わなかったぞ」
本当に遠慮を知らない僕が平らげた皿の量を見て御影さんは驚きの表情を隠せないようだ、少し引かれてる。
「僕もビールをそんなに飲むとは思いませんでした」
御影さん側に置かれたジョッキの数を見て僕も引く。このジョッキの数、非効率、この店非効率!
「そのせいか少しもよおしてきた」
「良い年して何やってるんですか、早く行って来て下さい」
「へいへーい」
座敷から降りて御影さんは奥のトイレへと入って行った。それを見計らってか、気を使ってか、いやただ手持無沙汰であって、不安が募ったからだ。ポケットに入れておいた携帯電話を取り出して、試しに起動してみるも電源が切れている為に点くことはなかった。
初めて一人になった時に携帯電話を弄る人の気持ちが判ったぞ、こういうことなんだな。
何か一人で時間を潰すものはないかと思って、携帯電話の入ってなかった左のポケットを触ると、中に膨らみが合った。あれ? いつの間にこんなのが入っていたんだ?
取り出して見ると、白い充電器のようなものが出て来た。
「おっ咲、お前珍しいものもってんな、買ったのか?」
それを不思議に見つめていると、トイレから御影さんが戻って来た。
「そうなんですよ、それでこれどう使うんでしたっけ?」
「知らんのかい。それを携帯端末に刺して、そこの真ん中に点いているボタンを押せば充電ができるぞ」
「へぇー、携帯の携帯って面白いですね」
御影さんは元居た場所に座って、残ったビールを飲み干す。またトイレに行きたくなりますよと言いたい。
「突然話が変わるが、咲。お前さ、昨日会った後に何かあったか?」
本当に唐突に話が変わった。確かに別れて日付が変わった今日、何かはあったけど、一切他言無用なので言えない。
だけど僕は話した。
「あの後ですね、僕、爆弾魔を退治しに行きました」
真実を言ったら御影さんは黙った。
僕の言ったことを笑って茶かすと思っていたけど、まっすぐに曲げない視線をこちらへと向けている。
「あれ? 笑うところですよ?」
「あ、あぁそうだな笑うところだな、ははは」
変な空気になってしまった。これも何も御影さんが僕に変な事を尋ねるのが悪いのだ。
「咲、俺は今日気になっていることがあるんだ」
「何ですか?」
どよんとした沈黙した空気の中、それでも御影さんが続ける。
「お前さ、今日俺の事を呼んだか?」
「呼んだって、今日誘ってくれたのは彼方でしょう?」
「いや、そうじゃねぇ。今だってそうだろ。お前が俺に、彼方なんて聞いたことなんてない」
「偶々ですよ」
僕の顔は笑っている。本当に笑っているのかどうかは知らない。
「どうして今日はそんなに余所余所しいんだ?」
黙ってしまった。僕はどう答えたらいいのかが解らなくなっていた。
「じゃあ、僕も気になっている事があるんですよね」
答えるという守る事をやめて、反対に質問をするという攻める事に切り替えて行くことにした。
「何だ?」
御影さんは一切顔色を変えずに返答する。今から僕はこの人に質問という攻め、いや責めることをする。はっきりしておかないといけないんだ。僕がこの人を信じる為に。
「僕を襲ったのは彼方ですか?」
その質問はツェペシュと同じように刺々しくて御影さんの胸に刺さったはずだ。
「襲っただぁ? 急に何を言い出すかと思えば、これもお前が言う笑うところか?」
「笑いどころだったら良いですよ。でも僕は真面目に聞いているんです。僕に質問した彼方の気持ちと同じです、僕も知りたいんです」
御影さんの本心が。
「そうか、俺には襲ったってのが良く解らないが。その事を教えてくれないか?」
御影さんの言う事は最もだ。嘘をつこうが、つかまいが、説明は必要だ。だから僕は今まであった芽衣ちゃん関連以外の事を全て話した。
「そうか、そんなことがあったんだな。で、そのアサシンって奴が俺って事なんだな?」
「はい・・・」
未だに僕は信じられない、あの時交差点でアンリと芽衣ちゃんから語られた事が。
時は戻り、場所は交差点へ。
「アサシンの名は御影匡」
アンリの宣告が耳の中へと入り脳内を駆け巡る。
「嘘・・・だ」
他に言う言葉もない、ただただ信じられないだけ。どうして寒くもないのに僕の口は震えに震えていた。
「どうして! そんな根拠どこにもないだろう!」
声を荒げる。否定する材料がないから僕は声を荒げることしかできない、これじゃあ僕は野蛮な知能が低い動物じゃないか。
「根拠はあるんじゃないでしょうか? 白銀さん、思い出してください。あの人の行動、言動を。私も一緒に居たはずですよ」
芽衣ちゃんの言葉の中にお父さんと言う言葉は無かった。彼女はもうお父さんと呼ばないつもりなのだろうか。それは御影さんをアサシンと決めつけているから言えることなのだろうか。そんな悲しいことがあっていいのか。
「うわーお、楽と犯罪宇宙人の抜けがらを回収しに来たら、シリアルな状況になっているね」
僕達の更に後ろの方から、この場の空気とはかけ離れた声が響き渡った。
視線を移動させると、やっぱりそこに居たのは南霧さんで、服装はまだ喪に服している服装であった。駄洒落ではない。と、付け加えると空気感を壊して芽衣ちゃんが大爆笑しそうである。
どうやら南霧さんは、バンでここまで来たようだった。後ろに紺色のバンが駐車してある。
「シリアスな状況じゃ」
「わぁお、アンリちゃんが本当に大きくなってる。だけど私も負けていませんぞ」
南霧さんは対抗心を燃やして胸を張るも、十四対六くらいでアンリの勝ちである。そんなことよりも今この状況には南霧さんは合わない。悲壮と気楽で変な化学反応が起こってしまいそうだ。あとアンリの件でムカつく。
「南霧さん、今大事な話の途中なので黙っててもらえます?」
「ひどいなぁ咲ちゃんは、私も話に混ぜてくれよ。と言っても勝手に混ざらしてもらうけどね。まずは咲ちゃん。気になるなら聞いてみたらいいんだよ、腹割って話せば真相も見えてくるはずさ」
と言いながら、アイアンニートの死体に手を合わせて、持ってきていた死体袋に入れて、花壇でまだ寝ている楽を担ぐ作業をしている。この人以外に力あるんだな。
「そんなこと聞けるはずない!」
もしも間違っていた場合なんと言えばいいのか。
「逃げちゃう?」
南霧さんは二人をバンに乗せてから戻って来たと思えば癪にさわる事を言った。
「何?」
「いやいや、また逃げちゃうのかなってさ。ねぇアンリちゃん」
「そうじゃな、真実から目を背けるでない。しっかりと向き合え。お主なら、咲ならできるじゃろう」
二人の指導者が僕への辛い試練を出してくる。
そうだ。信じられないことから目を背けたらそこから一切真実は見えない。
立ち止まってしまって、目を背けたら、一生後悔してしまう。
僕は乗り越えなければならない。アンリの死に芽衣ちゃんの死。人の死とはまた違うも、身内を疑い、しかも敵と判断する。この試練を。
「分かったよ・・・芽衣ちゃんもそれでいい?」
「私はいつでも覚悟はできていますよ」
芽衣ちゃんはいつもと変わらない表情で言った。
「覚悟って、御影さんをどうする気なの?」
「私はこの一年父、御影匡と向き合わずにジェミニの仮面を被って生きてきました。ですが、今日この日から、御影芽衣として父と向き合うことにします。その覚悟ですよ」
変わらぬ表情だけど、語る口調はとても強く、合わせて目にも力を入れていた。
僕も芽衣ちゃんも迷っている場合じゃないんだ。二人して向き合わないといけない。二人で共に選択しなければならない。
どんな結果になろうとも。
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