031

 目を疑った。


 心臓が驚いて止まっても仕方ない。


 僕の前には僕の後悔が立っていた。


 一年前にできた後悔であり、いつまでも消えない罪。


 それに成し遂げられなかった約束。


 いつぞや見た顔が光の加減か顔の下段パーツから徐々に見えてくる。


 口はずっと見えていた。


 次に整った鼻。


 ハリのある目元。


 僕を見据える優しい目。


 細く綺麗な眉毛。


 黒く長い髪の毛。


 彼女の名は御影芽衣。


 一年前に死んだ人物だ。


「お久しぶりです、白銀さん」


 芽衣ちゃんは深くお辞儀をする。もうさっきまでの少し低い声ではなく元の声可愛らしい、一年前に聞いたことがある声だ。


「どうして、あの時死んだはずじゃ」


 そうだ、あの時死んだ。生きているはずが無いんだ。


「私は特異体だったみたいなんです」


 芽衣ちゃんはえへへと照れながら笑う。いやそこ照れるところじゃないからね。


「あの時アンリが侵略者自体を胸から抜いて殺してたじゃないか」


 アンリが侵略者を抜いて空気に触れさせて殺していたのを覚えている。と言うか二日前に思いだしたからまだ記憶に新しい。


「ジェミニ。あやつはな二人で一つの侵略者じゃったんじゃ。私は兄の方と仲良くしておったが、あの時殺したのは弟の方であり。今、芽衣の心臓と変わっているのが兄の方じゃな」

「どうしてあの時気づかなかった!」

「い、いやあの時力を失っておったし、まさか二人いるとは思わんじゃろうて。隕石は一人乗りじゃもの・・・」


 アンリはふてくされたように付け加えた。なんだその顔は、小さいアンリの時も可愛かったが、今も目一杯可愛いじゃないか。


 取り乱した。


「じゃあなんだ? 第二波の後に蘇ったとでも言うのか?」

「そうなんですよ。私目覚めた時すごく混乱しまして。一体どうしたらいいのかと迷っていてとりあえずお二方とお約束した場所へ向かってみたものの、白銀さんとは会えなかったんですが、アンリさんと再会しましてですね。そうしてなんやかんやで今に至ります」


 本当に申し訳なさそうな腰の低さで喋っているのに、どうして最後をなんやかんやで絞めてしまうのだろうか。


「えっ? そうだよ。アンリ、そもそもお前知っていたのなら何故今まで言わなかったんだよ」

「ち、小さかったから記憶が曖昧だった?」

「さっき台本作ってた、とか何とか言ってたよな?」

「おっお主は聞き上手になったようじゃな、関心関心」

「話を逸らしても僕の怒りの矛先は逸らせないぞ!」


 重いから置いておいたツェペシュを再び手に持って、アンリの方に向かって振りまわす。


「や、やめてください白銀さん!」


 御乱心な僕を羽交い絞めして抑える芽衣ちゃん。うーん、それなりに胸があるようだ。目測では解らないことはあるものだな。ついでに羽交い絞めの抜け方は手を上げて膝を曲げて力を抜いて真下に行くだけで抜けれるのさ、今は少し堪能しただけだ。 


「芽衣! そやつ今絶対に芽衣のバストを背中で測っておるが、離すのではないぞ!」


 さすがはアンリだ、僕のやっていることが解っているじゃないか。ならば僕の今の気持ちも解ってくれても良いだろう。一発殴らせろ。ビルの壁に埋めてやる! そしてビルとキスでもして興奮してろ!


「えぇ! 白銀さんは変態だって聞かされてましたけど、変な得意技もあるものですね」


 芽衣ちゃんは嫌そうな声を出しながらもアンリの言いつけをしっかりと守る。アンリめ僕の印象を更に悪くなることを言ってやがったな。


「僕は変態じゃない! ただ断りもなくバストのサイズを測っているだけだ!」


 変態ですわ。


「わ、私は別にいいですけど、早くツェペシュを下ろしてください。私の力じゃ白銀さんの力に敵いません」

 

 助けを求めるように芽衣ちゃんは叫ぶ、言われて見ると地味に前へ進んでいる気がする。恐るべきアンリの力。


「お、お主、芽衣に迷惑を掛けるつもりか? 駄洒落じゃないぞ!」

「面白くもないわ!」


 ツッコミを入れたその時だ、羽交い絞めになっていた手がスルっと抜けて、僕は勢い余って顔面から地面とキスしてしまった。


「へぶし!」


 凄く痛い。覚醒が切れ始めているのか、粉微塵された時より痛い。


「あはははは、あぁごめんなさい。でもあははは、芽衣に迷惑ってあははは面白くない、あはははは」


 顔を上げて芽衣ちゃんの方を向くと、腹を抱えて大爆笑していた。どうやらアンリのせいで変なスイッチが入ったようだ。笑い袋かこの娘は。


 でもそんな芽衣ちゃんを見て懐かしみを覚えて、昔のように自然と笑みがこぼれ落ちる。


「芽衣は無類の親父ギャグ好きでの、下手をすれば今の会話の中にあるギャグ要素の欠片のないことでも笑いおるのじゃ」

「へぇ~」


 いつの間にか横に来ていたアンリに生返事をする。


「真面目な話、お主が初めて芽衣の父親と会った時、芽衣の事を忘れておったから話さなかったのじゃよ」


 僕は二日前まで芽衣ちゃんとの出会いを忘れていた。記憶を封印していた。アンリはそれを無理に起こさない為に僕を気遣ってくれて黙っていたんだろう。


「悪かったよ、ありがとう」


 気遣いを知って謝罪する。さっきまでの怒りは芽衣ちゃんの笑顔で許してやろう。


「だけど今度からは隠し事はなしだぞ」

「スリーサイズは知っとるじゃろ?」


 馬鹿を言える程には気持ちが整理された。


「ところでさ、お前に一つ言っておきたい事があったんだよ」

「なんじゃ?」

「ディアンドル着るならそのTシャツ脱げよ」


 これが大人アンリと会った時に思ったことだ。ディアンドルの強調部分である胸の部分がTシャツのおかげで台無しなのだ。


「助べえじゃの」

「普通はそう着るものなの」


 決して見たい訳じゃないから。


「あははは。あそうだ、白銀さんお友達の蜂寺さんは南霧さんが回収するらしいので、ここへ置いておいていいらしいですよ」


 涙を目に溜めながら芽衣ちゃんは言う。


 楽の扱い酷くないか? あいつ所謂囮なんだけど、本人も知らない所で囮になっているとは気づくまい。ま、これで昨日から楽が居なかったのも理解できるな。敵に捕まっていたって事だ、にしても南霧さんも知っているなら楽に教えてやればいいのに。


「いやぁ、これで事件も何も全て解決だな。アサシンの謎は残っちゃったけど」


 落ち着いた笑顔でアンリと芽衣ちゃんに向かって言うと、どうも二人はまだどこかに不安を覚える陰気な顔をしていた。


「どうしたの?」

「いやの、そのアサシンのことなんじゃがな。お主はどうしても片を付けなければいけないんじゃが。アサシンと片を付ける気はあるかの?」


 アンリは重々しい口調で言った。片を付けるとは一体どう言うことだろうか。


「片を付けるって、確かにあいつはアイアンニートの残党だけども、まだ何かをやらかすのか?」

「そうじゃな、可能性は残っておる。じゃから、私らが片を付けなければいけない。そうじゃとは思わんか? 芽衣よ」


 話を芽衣ちゃんに振るアンリの顔つきは真剣である。また芽衣ちゃんの表情も同じく真剣であるが、やはり不安な表情も交っている。


「でもそいつの居場所なんて一切解らないんだろう? それに止まり木の会にも追われているならば時間の問題じゃないか?」

「いいえ、アサシンの情報はあります」

「僕が撮った写真と僕が襲われた時の事だけじゃない?」

「それだけで十分ですよ」

「それだけって?」


 意味が解らない。その二つだけでアサシンの居場所が解るはずが無いじゃないか。


「どうやら教えなくては解らないようじゃから教えるぞ」

「お、教えるって、アサシンの居場所をか! さっき隠し事は無しって言っただろ」


 また僕に黙って隠しているんだな。と軽い気持ちで受け答えをしていた。


 だけどアンリはそんな軽い気持ちで受け答えしていたんじゃないんだ。


「そうじゃ。さっき点と点が繋がったのじゃ。アサシンの名は」


 アンリは今までにない強面で真実を言い放った。


 その真実は僕にはまた受け止めがたい真実であった。


「うそだ・・・」


 僕の絶望の呟きは交差点の空気へと変わって消えた。

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