030

 積もりに積もった怒りをアイアンニートにぶつけた数瞬にアンリが僕に声を掛ける。


「咲よ、奇跡は起こすものではないぞ、起きるものじゃ」

「知ってるよ。それで? これまでのことを全て説明してもらうからな」


 そうだ。そんな僕が言った恥ずかしい決め台詞を深く掘り下げている場合じゃないんだ。一体全体どうしてこうなったかしっかり説明してもらいたい。


「説明とは、どこからしてほしいのじゃ?」

「まずはお前とジェミニの関係からだ、僕は未だに信じられないね、僕を殺そうとした奴が仲間だったなんて」

「そうですね、そう疑心暗鬼になるのは仕方ありませんね。アンリさん話して頂けますか?」

「私とジェミニの関係かの・・・・・・ジェミニと言う名前自体の頃からは友達と言う仲柄じゃったな」

「と言うと、今は友達じゃないと?」

「まぁ待てい、順を追って説明しないとお主が混乱してしまう」

「順を追わなくても現在進行形で混乱中だよ」


 アンリは咳払いをして続ける。


「ジェミニがこの地球に落ちて、人間に取り付こうとしたのが、あの日アースクラッシュの日なんじゃがな。どうやら体を奪おうとした相手が特異体での、簡単に言うとお主と同じじゃ。それじゃて、結局意志も能力も全て奪われてしまったと言う訳で、今目の前にいるジェミニは私が侵略者をやっていた頃のジェミニとは全く持って違う訳じゃな」


 アンリの説明にはまだ欠けている部分が沢山ある、今度はそこについて尋ねていこう。


「その人がジェミニじゃないって言うのならば、一体誰なんだ?」

「私ですか? 私の正体は能力を解かない限り、明かすことができませんよ。あ、私の能力は光を操るだけの能力ですよ。と言ってもまだ未熟でほんの少しの光しか操れませんが」

「じゃあその能力を解いてくれよ」

「駄目です、それは私情で解けません」


 その意志を示すかのようにアサシンは深くローブのフードを被る。


「はぁ? それじゃあ僕は君を信用できないぞ」

「まぁまぁ咲よ、順を追うと言ったであろう」


 アンリが鼻息を荒くしている僕の頭を軽く数回叩いて宥めてくる。いつも僕がアンリにしていることを逆にされると少し惨めである。


「そもそもお主が疑っている理由はこやつがお主の首を絞めたからであるな」

「そうだよ、こいつは僕を殺そうとしたんだ」


 寝首をかかれたんだよね。これからは枕を高くして横に刀でも置いておくか。


「あれは質量を持った残像です」

「ふざけてるの?」


 彼女の言い分には呆れさせられてしまう。質量を持った残像なんて空想科学ある訳ないだろう。


「いえ、決してふざけている訳ではなくてですね。私の能力で白銀さんの眼の中に作り出した幻影です」

「それって質量を持ってないし、残像でもなくないか?」

「問題はそこなんですよね」

「お前絶対ふざけているだろう」

「まぁ冗談はここまでにしておいてですね。あの時、誰が白銀さんを襲ったのか。それを証明したいと思います」


 本当に冗談なのかよ。とツッコミを入れたいが、どうやら本格的に真面目な話のようなので黙って拝聴することに決める。


「まず私の身の潔白の証しは白銀さん、私と何度も会っていると言う事ですね」

「何度も会ってるって、そりゃ写真を撮った時と僕を襲った時で会っているよね」

「襲われていた時は確かに会いましたが、写真とは何のことかは存じ上げません。まず最初に会ったのが熱中症で倒れた時ですね。その次に爆破事件の後、更に次が襲われていた後、日付はその前に変わっていましたが一応朝になってから病院で。その後、注意もしに行きましたねここまで言ったら解りますか?」


 僕が反応する前にジェミニは口を開き付け足す。


「証明と言っても、白銀さんには私の顔は能力のおかげで認識できてないんですけどね」


 一昨日で熱中症で倒れた後に最初に会った人物は御影さんだ。その後に看護師さんが来て、南霧さんが来た。またまたその後に楽や祭ちゃんが来たんだ。この場合彼女は女性なので楽と御影さんは除外される。


 だとすると、残りの出会った回数、そして僕が認識できなかった人物は唯一人。


 ずっと僕の側にいた看護師さんだ。


「あの看護師さんがジェミニ・・・?」


 確信が持てず、弱弱しく問う。


「そうです、あの看護師が私です。あ、ついでに認識できなかった理由は会った時に白銀さんの眼に光を当てたからですよ? 覚えありませんか?」

「言われてみればそうかもしれない」


 初めて看護師さんに出会った時は体温計を持ってきてくれていた。その時にネームプレートを見て光の反射が目には入っていた。あれが能力だったのか。


 となるとだ、あの夜僕を襲った人物と同時に入って来た看護師さんがジェミニだったとなると、僕を襲っていた人物は誰なんだ? 一体アサシンとは何なのか、本当に質量を持った残像だったのだろうか。


「でも、あの時、アサシンは女性の声だった! それにジェミニお前に声質がすごく似ていたぞ! 光を操るって言っても声は流石に無理だろう」


 まだ謎は残っていた。あの時のジェミニは声が女性と解る程に女性だった。


「むむ、確かにそうでしたね。あの時私とまったく・・・同じ声?」


 ジェミニは話している最中にテンポが遅くなり、最終的には疑問形で終えてしまった。


「そうだけど? 何か言い分がある?」

「いえ、私と同じ声ってすごいなぁと思いまして、実は私、今は少し声を低くして喋っているんですよ。私情で元に戻せませんが」


 喉元に手を当てて、発声練習のように声をあげる。やはりその声はあの時聞いた声とまったく一緒だった。


「何それ、すごく言い訳がましいんだけど」

「それは本当じゃぞ、ジェミニの声はもうちょっと高い」


 黙っていたアンリが口を挟む。うーん、アンリが言うならば信用はできるが、納得はできない。


「じゃあ一体誰が僕を襲ったんだよ」

「良い考え方ですね白銀さん。考えてみてください、アイアンニートのあの驚きようを。どうしてあそこまでアサシンに対して信用をしていたんですかね」


 ピンと人指し指を可愛らしく立てて、フードを深く被ったまま近づいてくる。


「それは昔からの仲間とかだったのだろう?」

「付け加えです。私がアサシンとしてアイアンニートの前に現れたのは、白銀さんの貧相な武器を折った時です」

「まさか、アサシンは違う人物なのか?」

「そういうことになりますね」

「じゃあ、何でもお前屋上で戦おうとした時にアイアンニート様とか言っていたんだよ」

「アンリさんが言えって・・・それにほら台本も」


 ジェミニはローブの懐から『ドキドキ!狐を騙しちゃおう大作戦☆』と書かれて、台本の絵が狐の嫁入りを意味しているのか晴れているのに雨が降っていた。


 それを受け取って、中を数ページ読むと、今まで起こったことが書いてあった。


「いやはや、この台本を作るのに小さい私では苦労したんじゃぞ」

「したんじゃぞ! じゃねぇよ! 何で僕に言ってくれないんだよ!」

「ほれ、敵を騙すには味方からと言うじゃろ」

「お前なぁ!」


 怒りを露わにしてアンリの尻でも叩いてやろうかと思っていたら、ジェミニが僕の手に持っている台本を奪って、出した時と同じように懐へとしまった。


「まぁお二人さん落ち着いて。話を戻しましょう。つまりアサシンは別の人物であり、今日この場にいない時点でアイアンニートを裏切っていたと言う訳なんです」

「裏切ったって、どうしてお前達にそれが判ったんだよ」

「爆破事件のあった日に止まり木の会の人に訊ねたんですよね。どうしてアイアン二ニートを追っているのかを。もともと彼は止まり木の会側の人物だったんですが、余りにも自分勝手なので、反逆者を餌に日本へ来て処分してしまおうと会の上層部が決定したそうです」


 南霧さんも今言ったことに近いことを言っていた気がする。


「じゃあ、あの時交差点で止まり木の会の侵略者を襲ったのは」

「えぇ私ですよ。仲間を呼びそうでしたのでひっそりとお胸を一突きに」


 可愛いえくぼを作って心底恐ろしいを言う奴だこと。何だ? 反逆者になるとこんなにも残虐非道になれるのか? いや、僕は違うからな。僕は老若男女誰にも優しい男の子だ。多分。


「これで私が白銀さんを襲っていないと証明できましたよね? その、敵意を向けるのをやめてくれますか?」


 最後の言葉だけ声が高くなっていた。もしかして今のが本当の声なのだろうか。僕に信じてもらうために私情を挟むのをやめて言ってくれたのか。もう疑う余地もないし、そもそも敵ならアンリもここまで気を許していないから、そこはアンリを信じても良いだろう。僕はただ信頼できる根拠が欲しかったのだ。


「敵意を向けるのはやめる。だけど、僕は顔も見せられない人には信用を簡単に置けない。見せられないならば僕も人間であるし気を使う。もしも見せたくないなら、僕は信用しない。さぁどっち? 見せるか見せないか教えて」


 頑固やノンデリカシーと言われようが人と顔を会わせない奴に信頼などしてやることはない。


 僕の態度を見てジェミニは助けを求めるかのようにアンリの方を見ると、アンリは諦めろと言わんばかりに首を横に振った。


「良いですけど、私の為ではなく。白銀さんの為なんですよ」

「僕の為ってどういう事だよ」


 また下手な良い訳だろう。


「心の準備はいいですか? 驚いて心臓を止めないでくださいね?」


 ついに折れたのか、僕の頑固さに呆れたのかジェミニは深く被っていたフードをゆっくり取った。


 フードの中からは艶のある黒く長い髪が垂れ落ちて来て、懐かしさが漂う女子の香りが漂って鼻をくすぐる。それだけのことなら心臓が止まるはずない。


「き、君は」

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