028
「ありゃりゃ、終わってしまいましたね」
アサシンが呟いた。
「今さらそんな可愛く言っても、僕はお前を許すことはないぞ」
「えぇ、私も彼方に許してほしくて言った訳ではないですもの」
「戦う前にさ、一つ聞いておきたいんだけど」
「なんでしょうか」
「君はアイアンニートに操られている、とかじゃないよね?」
「そんな現実逃避に相応しい妄想で私を取り込まないでください」
「そうか、それならば。ようやく決心がついたよ」
横で一緒になってアンリとアイアンニートの戦いを見ていたアサシンに対して、今日初めて敵意を向ける。
彼女が操られている。自我でやっていることでなければ、僕は見逃していただろう。でも何故そんな淡い期待をしたのだろうか。今の決心がついた心では解らないから、考えないようにしよう。
今は目の前にいる侵略者を殺すだけだ。
「彼方は、あの方の力を受け継いでいるとお見受けしますが、あの時の交差点での力を出すのでしょうか?」
アサシンのローブの裾から匕首が七本、紐のようなものに吊られて出て来た。
交差点とは何のことだろうか、もしかして怒りを向けた時のことを言っているのだとすれば、あの時僕は半覚醒していたのだろうから、その時に僕じゃない僕が出て来たんだろう。
「あまり怒らせなかったら出ないんじゃないかな」
「そうですか、ではにぼしでも如何です?」
あの病院の時と同じようににぼしの入った瓶を取り出す、昨日よりかは量が減っている。一日で瓶に丸々入っていた煮干しを半分まで減らせるとは、よっぽど煮干し好きなんだな。
「カルシウムは間に合ってるよ」
「残念です」
七本の匕首の二つを裾から外して、手に持つ。その二つを逆手持ちに持ち替えた途端にアサシンはこちらに向かって走り出してきた。
突然、空気を割く音共に、二人の頭上から白く光る物が二人を遮るように落ちてきて、屋上に突き刺さる。
「な、なんだ?」
驚いて落ちて来た物の正体を見てみる。長さが僕の身長より大きい槍の穂先に斧頭、その反対側に突起が取り付けられている、俗に言うハルバートが矛先を下にして突き刺さっていた。
「びっくりさせないでください」
「いや、僕も驚いたよ。もしかしてもしないけど、あいつだろうな」
ハルバートの近くまで行き、それを軽々と引き抜く。僕の身長の二倍程の長さのくせにして、木の枝を持つくらいに軽い。これが多分だが、アンリの三つ目の武器なのだろう。あいつの武器ってどこか中世に偏っているよな。
「そんな、匕首と鉾槍なんて相性悪過ぎですよ」
「弱音を吐く暗殺者なんて聞いたことないよ、怖気ついたなら、痛くしないけど?」
「結局は殺すんじゃないですか」
「当たり前だよ」
「ですが、彼方がその武器を持った時点で台本通りですよ」
「は?」
アサシンの負け惜しみかと思ったが、違うようだった。彼女は勝ちを確信している。
「お前、やっぱり」
「察しが良かったですが、敵を信じ過ぎですよ。さぁ下へ降りてもらいましょうか」
アサシンはアサシンじゃない。こいつは僕が思った通り操られていた、あいつに。
僕の体は勝手に下へと飛び降りて行く。
華麗に足の骨を複雑骨折した後に、アンリの前に立つ。
「おや? 早かったの? どうじゃった? 私のハルバートの力は、強かったじゃろ?」
笑顔で話すアンリに僕は黙ったまま立ちつくす。
そして、ハルバートをアンリに向けて予備動作なしで斬りつけた。
「っとと、危ないの。まさかお主、私に怒りを向けておるな? ・・・そんなことじゃろうと思っとったわ。まだ生きておるんじゃろ? アイアンニート」
アンリは僕の後ろで血を流しながら倒れているアイアンニートに問いかける。するとアイアンニートは狐の面を外して楽しそうに笑いながら起きあがった。
「引っ掛かりましたね! 私はこの時を待っていた!」
「貴様の能力をまだ見ておらぬかったからの、おかしいとは思っておったのじゃ」
「ふっふっふ、そうです、そうですとも。私の能力はこの弾丸を撃ち込んだ相手を操作できる能力です。彼は最初に撃ちこんでおいたので、もう手中に収めたも同然、後は貴女が彼に武器を渡すだけで同志撃ちの完成ですよ!」
一つずつ、銀色のナイフを抜きながら、説明キャラのように説明してくれた。言っておくが、操られていても僕の意志はある。今僕が何をしているか、何を喋っているかは理解できている。だけど、行動だけは全てアイアンニートの意志だけで動かされている。
ハルバートを横に振り回す。アンリは華麗に鞭で受け止めて、寸分のところで逸らしているけど、アンリは回復に力を使いすぎたのか、僕の力に負けている。あの時僕に激しいキスをしなければ、こんなことにはなっていなかったはずだ。
アンリは僕を傷つけようにも、傷つけすぎると僕を殺してしまう。でも殺さなければ、自分が殺されてしまう。二者択一だ。
僕の思惑など無視して、体は動き続ける。
ハルバートをクルクルとプロペラが回っているのと勘違いするほどの速さで回し、地面を削りながらアンリに近づいてゆく。その間にアンリが僕だけに聞こえる声で長い独り言を呟いた。
「私の武器は全て、敵意を向けた人物に特効があるのじゃ。あのナイフの名はアムタイトプリエアーじゃ、舌を噛みそうになるわ。あのナイフは対象に当たろうとしかしない扱いにくい代物じゃ。また対象までの他の物、または者を全て切り裂いてしまう有能な武器でもある。次にお主が私に猛威を揮っておるそのハルバート。名をツェペシュじゃ。斬るより串刺しにするのが大好きな武器じゃな。心臓を一突きすれば、ツェペシュが自動で取り付いている私らを取り出してくれる処刑用の武器じゃの。そして今、私が必死にツェペシュの攻撃を防いでいるこの鞭の名じゃがヘルシングと言う。私の髪の毛からできており、三つの武器の中で攻守に長ける万能の武器じゃ、じゃがお主に預けることはできん。これは私だけが扱える代物じゃ、理由としては邪心があれば逆に攻撃してくるからじゃの。とまぁこんな感じの構成なのじゃが、お主そろそろ攻撃の手をやめてもらえんかの?」
アンリの武器が全てにペットのように名前がついていて気分屋ってことは分かったけど、最後のお願いは僕に言うより、後ろでこの戦いを楽しそうに見ているアイアンニートに言ってくれ。
ツェペシュがアンリの持っているヘルシングを巻き込んで、ヘルシングを宙へと投げ捨ててしまった。
ツェペシュを武器も何も持ってないアンリの喉元に突き付ける。
いつもは諦めが悪いアンリなのに、何故か抵抗することなく、降参したかのように頭の後ろに手を回した。
「くっこれは予想外じゃ」
あのアンリもこの状況には苦い表情を見せている。どうして今、僕に武器の説明をしたんだ? まさかこいつ武器を全て僕に託す気じゃないだろうな。
「どうですか? 貴女の好いている人間に殺される気分は?」
「良い気分ではないの」
「そうでしょうね、お顔を拝見すれば一目瞭然ですよ」
「貴様の顔を見れば貴様の心の内も解りやすいの」
あいつの顔は見えないけど、どうせまだ楽しそうに笑っているんだろう。
「おやおや、ここまでされてもまだ強気ですか」
「それが取り柄であり、性格じゃからな」
「ふん、面白くないお方だ」
今まで喉に突き付けていたツェぺシェが二人の会話が途切れたと同時に、矛先がしっかりとアンリの胸へと向けられて、後方へと勢いをつけて引いて、突き刺す動作へと移行する。
僕はこの手でアンリを殺してしまう。
アンリの武器で。アンリが生み出した力で。アンリが好きな人間が。
アンリに助けてもらった人間が。アンリの力を持った人間が。アンリから託された武器で。
アンリを殺すんだ。
「すまんが、私は死ぬわけにはいかんのじゃ」
アンリがボソリと呟いた時だ、僕の意識は再び消えた。
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