023

 そして、夜になった。


 時刻は午前一時四十分。病室にはフルーツ盛り合わせの残りもののメロンと祭ちゃんが持ってきたくれたメイド服が残っている。メイド服を手に取り、今着ている服を脱いで、メイド服を着こむ。


 ふりふりのスカートに黒二―ソックス、肌蹴ている胸の場所にはパッドが入っていた。


 一応畳んであったメイド服の間に挟んであったカチューシャを頭に装着して準備万端だ。


 問題はこの病院からどうやって抜け出すかである。この病院の正面玄関や一階や二階に繋がっている部分にはナースステーションがある。だからどうがんばってもこの三階からでは三つのナースステーションの前を通りぬけて、正面玄関を出て行くことになってしまう。それではリスクが大きすぎる、捕まればこの病室で朝まで拘束されてしまう。


 でも大丈夫、僕が何のために昼、あの暑い中中庭にいたのか。


 実は中庭は緊急入口と繋がっているのだ。その緊急入口は見張っているのは警備員だけであって、その警備員はトイレが近い年齢か、三十分に一回は席を外してトイレに行っている。それにその警備員が夜番もしているのは勤務表を盗み見たので知っている。


 これで山積みだった問題はなくなった。


 しかしどうやって中庭に行くかと言う大きな問題があるが、はたまたこの問題も解決できている。僕の病室の位置は丁度中庭の上にある。つまりこの三階から飛び降りれば中庭に行けるのだ。


 そろそろ警備員がトイレに行く時間だ、急がないとチャンスを逃すことになってしまう。またあいつらに好き勝手にやらせてしまう。


 誰もが背中を怪我しているのに、三階から飛び降りるなんて無謀、無茶、馬鹿と言い張るだろうな。


 だけど僕はあいつらと会わないといけないんだ。


 窓を開けると、夏独特の涼しい風が体を拭きぬける。下を見ると、高いとも低いとも言えないが、一般常識では高いに位置される高さに目を疑う。三階ってこんなに高かったっけ? 少し足がすくんでしまった。


 駄目だ、ここで弱気になってちゃ、勇気を出して飛べばいい。


「アイキャンフライ!」


 小声で叫んで窓から飛び降りる。


 浮遊感が少しだけ続き、次に地面に足をつける。それだけで振動が足の先から頭の先っぽまで伝わるようだった。もっと衝撃を緩和する方法があるはずだけど、僕は知らない。


 しばらくは痛みで悶絶するかと思ったが、別にその振動だけが伝わって来ただけで終わった。


 次の難所はもう空き部屋と化していた。そこには誰もおらず、まだ湯気の立っているコーヒーだけが机に置かれているだけだった。誰か交代してあげればいいのに。


 緊急入口を抜けて持ってきていたスニーカーに履き替えて夜の街へと飛び出す。


 こんな夜中に市街に出れば厭らしさを求めて徘徊している人物に絡まれる可能性がある。なんたって僕の服装はメイド服だ。奇妙だろ、夜中に街を走り抜けるメイドがいたら。そういうお店の人間だと思われても仕方ない。


 だけど僕の思惑とは違い、この街は静かだった。街灯の下を通る度にドキドキしてしまうが、どの家々も明かりが付いておらず、たまに付いている家を発見するけど、特に気になる点は無い。


 病院から大交差点まではそこまで遠くはない。僕の体力と速度で走れば、十分もせずに到着するだろう。


 それまでに僕が考えた一矢報いる方法を復習しよう。


 まず僕は病院から果物ナイフを持ってきた。これがあるだけで、心臓をつける。奴らが位置する奥深くまで届けばいいのだが。


 その不安を解消するために折ったモップの持ち手の方と、針金を持ってきている。これで先端に果物ナイフを取り付ければ簡易な武器の完成である。


 それでも駄目だった場合は身を任せようと思う。人間ではなくなってしまうが、あいつらを倒せるならそれはそれでいいのかもしれないな。


 後ついでにガバガバに開いていた胸にメロンをしこんでいる。これで貧乳も解消だな。


 本当の理由は一撃でやられないためだ。これまた簡易な防具だ。でもスルっと落ちそうで怖いんだよね。食べ物を粗末にするのは気が進まないけど、使える者は使っておく主義なんだよ。最後にエリクサーは残さない派なんだ。


 それからは何事もなく、気味が悪いくらい順調に交差点までたどり着けた。


 辿り着いた時間は丁度二時になる五分前くらいだった。


 夜の交差点、昔はちらほらタクシーが休憩や睡眠のために止まったりしていたのに、今は一台も止まっていない。他にも夜のお仕事をする人達の姿も見当たらない。ただ歩行者信号が虚しくも赤と青に変わって、道路を淡く同じ色に染めているだけだった。


 この交差点には人の気配がしなかった。


 昼とはまったく違う、静けさが耳を劈き、不安を煽ってくる。


 あんな騒ぎがあったあとなのだ、人もいなくなるだろう。


 僕は交差点が見えるところで立ちつくしていた。約束の二時までもう少しだ、だけどあいつはどこからも現れようとはしない。


 腕につけている安物の時計に目をやると、後三十秒程度で二時だ。


 奴は一体どこから来る? 上か? 下か? それとも車でやってくるか? どうやって僕に仕掛けてくるつもりだ。


「こんばんは」


 考えていると、右耳の傍から昨日の夜聞いた声が聞こえてきた、右腕を大きく振り、そこにいる人物に向けて当てるようにしたが、空振った。その人物は後ろへ二、三歩飛躍して、僕の前に姿を現した。


 そいつは昨日の晩に僕を殺そうとしたフードのアサシン。


 そいつが花壇の上に立ってローブを風で棚引かせながら、不敵に笑う。


「先日は失礼しました。本日は起こし頂き誠にありがとうございます」

「礼を言うのはこっちさ。それで? 僕と会いたいあいつはどこにいるんだ?」


 アサシンは自分の右手首を指でとんとんと叩く。その行動は自分の右手首ではなくて僕の右手首についている時計を指しているんだと気づき、再び時計を見る。


 二時まで後五秒、四、三、二、一。


 丁度二時になった瞬間、さっきまで誰もいなかった交差点の真ん中に一人の男が立っていた。そして僕の目の前にいたアサシンも消えて、そいつの隣に立っていた。


 暗闇の中、あいつは紳士のように振る舞い、お辞儀をして見せた。


「ようこそ、我が舞台へ」

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