020

 目を開けると、そこには一人の人間が僕の上にマウントポジションをとって、喉に手を掛けて首を絞めていた。あぁどおりで首の圧迫感が苦しいと思ったよ。


 両足で首を絞めている人間の肩に足を挟みいれて、今出せる最大限の力で放り投げる。背中の火傷がすれて涙が出るほど痛かったが、相手をベッドの上から落とせたようだった。


 二回ほど咳き込んでから、立ち上がり、警戒態勢をとる。


 すると地べたで倒れている相手がのっそりと立ち上がった。身長は僕より高いくらいの相手で、体格的には性別を判断しづらいが、ちょっと筋肉質だった気がする。体形は黒いローブのようなものを着ていている為に判別はし辛く、フードを深く被っている。今飛ばした時もちょっとだけフードから顔を覗かせたけど、月明かりが丁度雲に隠れていて暗い室内では良く見えなかった。


 どうやら、僕は暗殺されかけていたらしいね。


 壁掛け時計をチラリと確認すると、南霧さんと話した午後五時から、時間は七時間過ぎて日付が変わった程度だと理解した。消灯時間も面会時間も過ぎているのに訪ねて来てくれるとは、僕のことをすごく思ってくれている人なのだな。何て僕は愛されているのだろうか。


 冗談も程々にしておいて。


「暗殺失敗だけど、どうする? まだやる?」


 今の僕には何の力もない、相手がナイフを持っていて刺されれば、刺しどころが悪ければ致命傷だし、銃を持っている場合は撃たれればこれまた当たったところによってはほぼ即死。爆弾なんてものを持っていればもっての外。なのに強気でいる自分がちょっと恐ろしいね。


「やらない」


 相手は女性のような声で答えた。そう発言してから、気を抜いたポーズへと変わり、僕の発言を待っている。


「君は僕を暗殺しに来たんだよね?」

「そうだ」

「僕は丸腰だけどやらない?」

「そうだ」

「じゃあ何で来たの?」

「教えられない」


 相手は機械のように答え返す。こいつ一体何者なのだろうか、僕を殺そうとした人物とこんなのうのうと喋っている僕もおかしいけど、こいつもこいつでおかしい。


「君は誰なんだ?」

「アサシン」


 ついに情報が聞けたけど、解りきっていることだった。首を絞めて殺すような生ぬるいアサシンっているんだね。普通かは知らないけど、胸を一突きとか喉をかっきるとか、毒殺とか、紐で吊るすとか、かんざしとか、竹筒AT4とかじゃない?


「それで、もう一回聞くけど何しに来たの? 僕を殺しに来たの?」

「違う、伝言を言いに来た」

「君って伝言を言う為に人を殺そうとするの?」

「起きないから、ついイラッときて」

「いい性格してるよ」 

「褒めても何も出ない」


 正体と言うか、要領が掴めない。アサシンとして欠陥品なのか、それともこれは良印をつけられるのか。何にせよ、こいつは外敵である。


「それで? その伝言って?」

「明日、午前二時に大交差点で待つ。です」

「言っても良い?」


 言わせてもらいたい。ツッコミを入れさせてくれ。


「どうぞ」

「知らない奴からそんなことを言われて行く奴がいると思う? しかも伝言役が僕を殺そうとしておいて」

「はい、すいません」

「謝って済むならね・・・」


 待て。もしかしてあの狐面の仲間では無いのだろか? あの時ビルで見た体格やフードで顔を隠している部分はほぼ一致する。どうやら僕の頭にようやく枯渇していた酸素が戻ってきたらしいな。


 考えているとアサシンは口を開いた。


「もうお察しかもしれませんが、待っている人物は昨日あなたと会っています。もちろん私もです、上から見下していてすいません」


 その言葉を聞いた時に走り出していた。右手の拳に力を入れ、思いっきりアサシンに向かって振り被る。だけどアサシンはひょいっと身軽に避けて、反対にベッドの上に乗る。


「そうかっかしてはいけませんよ? カルシウムとりますか? にぼしならありますよ?」


 唐突にアサシンの口調が変わり、ローブの中からにぼしの入った瓶を差し出してくる。こいつらがアンリを殺した元凶。今僕にできることはこいつを弔ってやって、中にいる糞侵略者をどう殺してやるかだ。


「お前を殺す!」

「できますか? いいですよ? でしたら私も殺します。この病院の人達全員を、まずはこの三百五号室の両隣からにしましょうかね」

「なん・・・だと」


 こいつ僕の病室を調べて来ているのか、個人情報もくそったれな時代だな。


「その方が面白いです。ゲームですよゲーム。最近私達の中で流行っているんですよ、どれだけ美しく人間達を殺すのかと言うのがね。昨日の爆発は実に美しかったですね」


 こいつらは本当に下種で屑で救いようのない奴らだ。僕達は食前食後に感謝をする。それは命を頂き、自分の命とするからである。命は皆平等に宿っている、だから蚊を殺した場合も恨まずに僕は手を合わせる。それが死んだものの為の祈りなのだから。なのにこいつらと言ったらなんだ? 人を殺してゲームだと? 楽しんでいる。蟻の巣に大量の水を入れた時の小学生のように無邪気に楽しんでやがる。


「人間の命を何だと思っているんだよ」


 怒りを一旦抑えて会話に戻る。


「命とは美しいもの。もっとも美しい状態は命散華する時。そう、死ぬ時です。それを私達は欲している。でも普通に殺すのじゃもう足りないんだよ。そうだろう? 普通の日常からまた一歩踏み出して刺激を欲しがるじゃないか。それと一緒さ。新しい刺激がほしい、美しさに刺激がほしんだよ。それに人間なんて沢山いるし、生まれるだろう?」


 アサシンの口元だけが見える、奴は笑っている。楽しんで話している。頬を釣り上げて僕に語りかけている。高揚しているに違いない。


「どうした? 私は間違ったことを言ったか? 人間だってゴキブリを殺したりするだろう? マウスで実験するだろう? 沢山いるからって。差異はないだろ?」

「違うね。虫や動物はルールを知らないからだ。虫は自然界のルールで生きている。そんな虫が人間界に足を踏み入れてしまった為に殺されてしまった。だけどお前達には人間の知能がある。一応人間として生きている。人間界で生きているんだ。解るか? お前達はルールを犯しているんだ、人間が作ったルールを犯しているからこそお前達は悪なんだ」

「ふん。人間様って都合がいいよな。まるで地球を世界全てが人間のものと思っている」


 アサシンは皮肉を言った。それに対して僕も言い返したやった。


「確かに僕が言ったことは都合がいいように聞こえるさ、人間なんだもの。都合のいい解釈に走る。これがお前達の欲しがる、美しい自己保身なんだからさ」


 僕の言ったことは正しいかどうかは人のさじ加減で決まる。何が正しくて何が正しくないのかは僕が決めることでもあるけど、周りが決めることでもあるから。開き直っている訳じゃない。これが今出せる僕なりの答えなのだ。


 僕はこいつらのことを悪だと信じているから憎める。


 どんな道理でも、こいつらが人を殺すから僕はこいつらを殺せるのだろう。


「明日は良い夜になりそうですね」

「白銀さん? 大丈夫ですか?」


 と、アサシンが言った時に、ドアがノックされ、小さな音を立てて静かにドアが開かれて入院してから、今晩の担当であろう看護師さんが室内に入って来る。


「危ないです!」


 咄嗟に看護師さんを押し倒して、庇うも、何もなかった。てっきり他の人が入って来た瞬間にアサシンがこの看護師さんを殺すかと思ったけどそうでもなかった。もうどこにもアサシンの姿はなかったのだから。


「白銀さん、お、重いです」


 後ろを確認していると、看護師さんが呟いた。今の体勢は僕が夜の見回りに来た看護師さんを押し倒している体勢。これって犯罪ではないでしょうか?


「ごめんなさい! ちょっと悪戯心で脅かそうとしたら、僕の足が滑っちゃって!」


 咄嗟に僕は飛びのいて、斜め四十五度まで頭を下ろして謝った。内容は嘘だけど、押し倒したことの誤解は解いておかないと大変なことになりそうだ。


「もうしちゃダメですよ。それに、こんな時間まで夜風に当たっててはいけませんよ」


 看護師さんはいつの間にか空いていた窓を閉めて、優しい大人の口元の笑顔で僕を注意してくれた。良かった、下を向いていたので、看護師さんの口元しか見えなかったけど、怒っては無いみたいだ。警察沙汰にならなくて安心だ。


「それじゃあ、お休みなさい、体は大切に、ですよ」


 看護師さんは会釈をして室内から出て行った。


 あのアサシンとか言う奴の伝言内容は、明日の午前二時に渋谷交差点だったか。いいだろう、完全に罠だろうが、そちらから姿を見せてくれるのならば、探す手間が省けてありがたい。


 それにしてもわざわざ自分が事件を起こした場所に呼ぶとは。これこそ犯人は現場に戻ると言う事だな。


 再びベットに潜って、英気を養う為に寝ることを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る