018

 昔の事を思い出しながら、しばらく南霧さんの大きな胸で泣いた後に僕は南霧さんにお礼を言った。


「ははぁん、どうだい惚れちゃったかい? お馬鹿なお嬢さん?」


 南霧さんは変わらず僕を小馬鹿にしてくれる。さっきまではあんなにも気が立つ発言だったのに、今は不快とも思わないし、癪にも障らない。ただいつもの日常会話をしているだけと受け取っている。


「おばさんには惚れませんよ」


 皮肉を言ってあしらうと。


「そんなひどいことを言うお口はこいつか!」


 そう言って南霧さんが頬を横に抓ってきた。


「ひたいれす、びょうひんはひたわるものれすお」


 病人は労わるものと言いたいのだが、何分頬を横に伸ばされているので、学級文庫とまともに言えない状態である。いや、でもこれ本当に痛いな。絶対本気でやってるよこの人。多分僕のもち肌を触って余計嫉妬してる、絶対そうだよ。


「あぁ、そういえばと言うのは少々野暮だけど、お使いの件どうなったかな? 見事に完遂はできたかい?」


 手を離し思い出したように恩着せ返しの話を振って来る。まだ頬がひりひりする。


「あれですか? しっかりと写真に残ってますよ」


 ベッドの横の棚に閉まっておいたデジカメを取り出し、楽に教えてもらった通りに撮った写真を探し出し、お目当ての写真を見つけて表示したまま南霧さんに手渡す。


「ほーう、情報とは顔が少し違うね。と言うかこいつ何でこんなに怖がっているのかな?」


 南霧さんが見た写真は僕が睨みつけた時の写真、そこに移っているのは、とてつもないものを見た時の顔をした例の狐面の人物とフードを被った人物。狐面の方は寒そうに震えているような動作を取っている場面を撮っていた。


「怖がってなんていませんよ、あいつらは楽しんでいるんです」


 恐怖を感じ取っているように見えるが、僕には体を震わせて喜んでいる顔にも見える。喜びと恐怖は紙一重に近い、僕は知っている。あの時、アースクラッシュ時に体験しているから解るんだ。


「そうかねぇ。まぁ相手さんの顔と人数を知れたから良かった良かった。これで対策が取りやすくなる、ありがとね咲ちゃん」


 南霧さんはそう言ってデジカメを懐にしまいお礼を言ってくる。懐と言ってもスカートの中なのだが。僕の想像だけど、スカートの中にガーターベルト式にホルスターか何かが付けてあると思う。でなければパンツの中に入れているとしか思いようが無い。


「それより南霧さん、もう僕に教えてくれてもいいんじゃないですか? この事件のことを」


 ニコニコとしていた南霧さんの笑顔が固まってしまう。好奇心は猫をも殺すと言われたが、ここまで巻き込まれたんだ、聞いても良いだろう。


 そんなことを考えているのが分かったのか南霧さんは話し出す。


「そうだね、もう隠す必要はないね。実は今回のお使いは、かなーり重要な案件だったんだよね。ある情報筋から、海外で名を馳せている犯罪者がこの国をターゲットにしたと聞いてね。その犯罪者は中々顔を割らない奴なんだけどさ、バッタの検索結果のおかげで、あそこまでの似顔絵が描けたんだ。そして今日、この復興都市で犯罪を起こすことが分かったんだよ。それで私達はそいつの手口を探った。すると奴の手口はなんと人が集まる場所の至るところに爆弾を設置して、時限式に爆破して行くと言う鬼畜にも劣らない所業だった。それで私達は爆弾の場所を絞りに絞ってあの大交差点で爆弾を見つけ出した。それが簡単に説明する今回の事件の内容さ」


 説明が終わった途端に僕が買っていた水を勝手に飲み干す南霧さん、何か断りを入れてほしかったのだが。まぁよしとしよう。


「そうだったんですか、でも奴は中々顔を出さないのに、どうして今になって顔を出したんでしょうかね」


 僕は疑問に思ったことを質問していく。そうすることでより真相に近づいて、あいつとまた出会えそうだったからである。


 出会ったたらどうするか? それは乗っ取っている侵略者を屠って、弔うに決まっているじゃないか。


「顔を出さざる負えなかった。のかもしれないね。例えば奴がザイガを持っているならば、反逆者である君達を引きつける為にさ。それに止木の会もどうやら奴を探しているようだったしね。今日交差点にいなかった?」

「そういえば、いましたね。それに殺されてました」


 アンリの死の重さが大きくて、忘れがちだったけど、止まり木の会の侵略者も誰かに暗殺されていたんだった。あれも奴との関係性があり、偶然居合わせた訳ではないだろう。


「殺された? それはおかしいね、奴は止まり木の会側の人物なのに。・・・仲間割れか。それともまだ違う何かが暗躍しているの可能性もあるか」

「もしかしたら、交差点からあまり人を移動させないようにするために殺したんじゃないでしょうか。それにあの殺し方は一般人ではありえない殺し方です。胸をえぐっていましたから」

「そうかい、じゃあ、その線は有力かもしれないね」


 南霧さんは珍しく僕の前で考える仕草を見せている。普段はこんな姿を見せない人だ、へらへらとしてその場の空気を和まそうとしてお茶らけているけど、いざ仕事のことになると顔つきが逞しくなる。これは年季が入っているね。


 でもこんな顔を見せてくれるってことは、僕を今回のお仕事とやらの仲間に入れてくれると言うことだろう。


「止まり木の会はどうしてあいつを狙っているんですかね?」


 止まり木の会は言わば侵略者のアジトなのだ。世界中のどこにでもある機関は、人と侵略者が入れ替わり、侵略者の手に堕ちている所もあるはずだ。あの狐面の男が、止まり木の会に入ってない人物だとしたら仲間に引き入れるとかは分かるけど、どうやら既に止まり木の会側の奴らしい。


「奴らの思惑は大体解っているよ。この国ではかなり異常な程の事件は起こっていない。だから世界各地で摩訶不思議な猟奇的犯罪を犯している人物を呼んだんだ。ある人物を餌としてね」


 南霧さんは一枚の写真を見せてくれる。その写真に写っているのは人物ではあるが、人影らしきものがブレにぶれて何重にも分身してしまっている。これがジャパニーズ忍者か。


「この人物ですか?」

「そうだね。誰だかわからないけど、この人物を餌に奴はやってきた。あいつらの中では反逆者って呼ばれているらしいよ」

「それってアンリのことじゃ」

「いや、この人物をそう呼称しているんだ。また違う反逆者がいるんだろうね。そこのところはまだ解明はされてなくてね」

「そうですか」


 僕は少し肩を落とす。緊張が解けたのか、それとも敵の真意が知れなかったからなのかは判別はできない。


 二人で事件について話していると、夕焼け小焼けの音楽が流れてきて五時を知らせてくれた。


「おや、もう五時か、面会時間終わりだね。できるなら、いつでも居てあげたいけど、ルールは守君さ。だから寂しくても泣くなよー?」

「大丈夫ですよ、元気になりましたから。また暇な時に来てくださいよ」

「咲ちゃんが愛をこめて呼んでくれたら私はいつでも駆けつけるからね。じゃねーばいならー」


 南霧さんは投げキスをしてから、笑顔で手を振り、いつの時代のさよならの挨拶かと言わんばかりの別れの挨拶を言って部屋を出て行った。


 僕しかいなくなった部屋はまた寂しくなった。耳をすませば遠くで蝉の鳴き声が聞こえてくるだけ。それだけで急激に眠気が襲ってきた。


 今日はいろいろあって疲れた。ただ食材を買いに来ただけなのに熱中症で倒れたり、爆破事件に巻き込まれたり、アンリが死んでしまったり、こんなことになるとは思ってもいなかったな。


 明日祭りちゃんと楽が来たら笑顔で話そう。そうして今僕にできることをやろう。それがアンリとの思い出でもあり、繋いでいる約束でもあるんだから。


 僕は白い布団を深く被り、外とは違いクーラーの効く部屋の中で眠りについた。

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