008
「お前、起きたのか」
「あぁ、ちょっとお爺に会いに行っとったわ」
「それで? 何で邪魔する訳?」
「邪魔をする? 私は落ち着けと言っている」
「僕は落ち着いている」
「落ち着いているとは言い難いの、お主は力に飲まれている」
今度は両肩を掴まれて行動を遮られる。振り払おうにも、力負けをしていて振り払えない。
「お主、私より力が強いと過信しているようじゃが、さっきはわざと飛ばされてやったんじゃ、お主がどう力を使うのが見とうてな。じゃがこの現状を見て私はお主を危険視することにした」
「放せよ! あいつを殺せないだろ、これが正しい力の使い方だろ! お前があいつらを殺すのを僕が手伝っているんじゃないか!」
「私は人間性を失ってまで殺してほしくはないの」
「何を言っているんだ」
アンリの眼はとても真剣であって、冗談を言っている時や白目ではない。僕に大切なことを伝えたいのだろう。
アンリの言っている事に心当たりがある。
バッターボックスで倒れている彼女を見る。彼女のことだ、彼女は母だから殺さないでほしいと懇願していた。でもあれは彼女の母親ではない、ズォーダと名乗る宇宙人だ、人間の形をした侵略者なんだ。
「彼女の願いを無視するのかの?」
心を読んだかのようにアンリは言った。
「そんなこと・・・できる訳がない! 母親は死んだ! あれは違う! 彼女の母の姿をした化け物だ! 彼女が言っているのは淡い夢なんだ」
「どうしてそう思えるんじゃ?」
「どうしてって、死んだ人物はもう戻らない! これは人間が定められた運命だからだ!」
死は覆らない。死という現象は生きとし生けるものに降ってくる残酷な運命。
「お主ら人間は弔うとの行為をすると聞いたことがあるが、お主にはそんな習慣がなかったのかの? 彼女は好きで死んだわけじゃない。狙われて死んだのじゃ、奴は大気圏に突入前に狙いを定め彼女を殺した。なのにお主はその彼女を傷つけて殺すのか? 確かに、死んだ生物は戻らないの。だけど死んだ後でも、その人間を忘れない限り心で生き続けるのではないのかの」
アンリは強く僕の肩を揺すった。本日二度目のお説教。まさかこんなことを異星人から言われるとは思わなかったよ。
あぁそうだ、僕は僕だけの欲望の為にズォーダを跡かたも無く殺そうとした。一時の感情に飲まれて、感情に支配されて、彼女の願いを無視して殺そうとした。人間として最低だな。
僕はアンリの腕を軽く触る。もう力の制御ができるようになってきた。
「ごめん、ちょっと気が動転していたかも。僕も人間として最善を尽くすよ」
「そうか。では、やってしまうか」
「体を残して殺すことはできるのか?」
「できるの、あいつが乗り移っている部分を狙えば可能性は幾分ある」
「そうか、教えてくれてありがとう」
「できるのか?」
「何でもできる気分さ」
どす黒い感情が洗い流されて、今なら何でもできる気がするのだ。
「くっそおおおおおおおおお! こけにしやがって! 俺様はズォーダだぞ!」
今まで空気を読んでか、それとも自分の腕を治癒する為に黙っていたかは知らないが、急にズォーダは叫び出す。あいつの体をよく見て不自然な部分を探し、感覚でズォーダ本体がいる場所を見つけ出そうとする。
ズォーダの体は元通りとは程遠い体になっていた。毛深い体に闇夜に光る目、研ぎ澄まされた爪に周りの音を聴く度にピクピクと動く長い耳、そして気分を表す度に揺れる尻尾。全長は二メートル半は超える猫人間と化していた。
「何を言っとるか、私はアンリじゃぞ?」
アンリはズォーダに見えないようにウィンクをしてくれた。どうやら見定めている間にアンリが時間を稼いでくれるらしい。
「あ、アンリ様だぁ? あんたがアンリ様な訳がない! そもそもアンリ様は皇室に落ちると仰っていた」
「あー、あれな、やめたのじゃ」
アンリは考えて答えているが、どう考えても適当である。そもそもこいつ様とかつけられているが、異星人の中では偉い人物だったのか? というか皇室も今こんな状態なのか。
「適当な事を抜かしやがって! 本当の名前を明かしやがれ!」
「だからアンリじゃと」
「これ以上俺様達を侮辱すると殺すぞ!」
「ほう、やってみろい」
殺すという言葉に敏感に反応し、アンリは手の甲を相手に見せ手招きをする。その行為でズォーダの顔に血管が浮かび上がっているのが観察している僕には解った。アンリは相当あいつらにとって高貴な存在で信頼を置かれているのだろう。それが僕の味方にいるのは少し信じられないな。他人の空似なのだろうか。
ズォーダが右手を振ると、空気を乱しながら、何かがアンリの方へ飛んでゆく。それをアンリは避けずに受け止める。
アンリの胸が縦に割けて肌色多めの姿になる。
「はっ! アンリ様が俺様の技をくらう訳がない! やっぱり偽物だな!」
「そうだな、貴様の技などくろうてはおらんな」
アンリはケロッとした顔で答える。そう、アンリの服の胸の部分が縦にさけて大きな乳房が露わになっている。誰か謎の白い光を発生させてくれ、集中できない。
「Zの名を持つ者ごときがAの名を持つ私に傷をつけれると思っていなかったことは歓心じゃな。だが私をこんなにも裸婦な姿にするのは良くないの」
手を出すかと思ったけど、アンリは決して手を出さないらしい。全ては僕に任せるのか。それにしてもニコニコと笑っているのが不気味だな、その笑顔を見てズォーダも怯んでいるじゃないか。
「ほ、本当にアンリ様! なんで! どうして人間の手助けなど!」
「飽きた」
「飽きたなど・・・許される訳がないでしょう!」
「美しいものを手にしたい。それが我々の存在価値であり、生きる意味。だがの私は気づいてしまったのじゃよ。美しいものを手に入れてしまえば、それは美しくはなくなる。美しいものは傍から見てこそ美しい。手に入れてしまえば己の欲望の手垢で汚れてしまう。それならば、傍から見るので良いのではないかとの」
「そんなの反逆罪だ! 王がお父様が黙っておられない!」
「だから黙らせてきた」
「んなっ」
何の話をしているかは凡そしか分からないが、この発言には僕も驚いてしまった。人間で例えると最高権力者を黙らせたと理解していいのだろう。しかも結構権力の高い人物が、行動を起こしている。これはいい言葉にすれば革命とも言えるな。もしかして僕は複雑な事柄に巻き込まれているのかもしれない。宇宙人の侵略の時点で複雑なのだけども。
「いくらアンリ様でもそれは許されない!」
「許す許さないのは貴様の勝手にせい、私は自らが決めた道を歩む」
「こいつら人間の味方をすると?」
「そうじゃな、私は人間が好きになった」
「御乱心を・・・」
そう言ってズォーダは構える。これまでとは違い落ち着いた構え、獲物を狙うかのような目でアンリを見つめている。こいつはアンリを攻撃するつもりだ。覚悟を決めて倒さなければいけない敵と見定めたのだ。やばいアンリが全裸になる前に見抜かないといけない。
焦っているのをアンリが悟ってかアンリははだけた部分を隠す。いや確かにはだけるのが心配なんだけどさ、結局は攻撃されて服無くなるでしょうに。
・・・もしかして今のヒントなのか。僕にズォーダの本体がいる部分を教えてくれているのだろうか。説教が得意なのだ、困っている人を見たら手を差し伸べろと教えられているかもしれない。だからヒントだと捉えてもいい。
胸の部分を中心に見据えてみる。さっき見た時は胸の部分には何も違和感は感じなかった、だけど今は違和感を感じる。ズォーダの心臓が動いているのだ。
見つけた、あれがズォーダの本体だ。
「アンリ!」
僕はアンリに呼び掛ける。それだけでアンリはコクリと頷いてくれた。どうしてアンリは僕の考えていることが解るのだろうかと思ったが、今はズォーダを倒すことが優先である。
ズォーダは僕の目つきが変わったことに気づいて、こちらを向き四つん這いになり猫背を丸く反り上げ毛を逆立てる。猫の威嚇ポーズだ。どうやら悟られてしまったらしい。
「お前は俺様には勝てない、さっきもそう言った!」
「そうかのぉ、そいつは一応私の力を受け継いでいるぞ」
「だからか。だが! それでも俺様は反逆者達を許さない!」
四つん這いのままズォーダはこちらに向け走りだす。
「あぁ、僕だってお前を許さない!」
ズォーダが走っている最中に先の空気を乱す風を作り出す。あれはカマイタチであろう。ならばこちらもカマイタチを作って相殺させればいい。
大きく息を吸い込み、口を丸くして空気砲のように吹いた。
僕の息はカマイタチを弾き返し、ズォーダの背中の毛を少し削り取って自然へと帰った。
「まだまだ!」
僕が相手の間合いに入る前に、ズォーダの尻尾が鎌のように曲がり、ズォーダの体から離れて射出され、僕の首をかっきった。
僕の首が飛んでゆく。だけど僕は死なない。意志はある。それに頭でもう命令している。あいつの心臓を掴むと。
ズォーダは慢心したのだろう。こいつはアンリの力を持った人間だが、力の使い方を慣れてない。ただの身体能力が向上した人間だと思っている。それに首を刎ねるという人間からすれば決定的な一打を決めた。相手の急所であり、司令部を切り取ったのだから、勝ちに決まっている。
だから反応に遅れた。
残った僕の体がズォーダの顎を右手で殴り上げると同時に一緒に飛び上り、一度体を捻り回転させて、勢いをつけて、もう一度右手で彼女の中にあるズォーダの心臓を掴み取る。
手の中でズォーダの本体が抵抗するのが手に取って分かる。このまま手の中で押しつぶしても良いけど、これで本当に死ぬのか判らない。そう考えている中で地面に着地する。
「ナイス、ハートキャッチじゃな」
いつの間にか視界が戻りアンリの方を見ると、ぐっと親指を立てて八重歯を見せ、笑顔を送ってくれる。切られた顔は消えていた。僕の顔はパンのヒーローのように変わるのか。
「これ、引き抜いてもいいのか?」
「引き抜けば、地球の大気に対応できず死ぬじゃろう」
「そうか、じゃあ引き抜くぞ」
左腕に力を入れ、軽く引き抜こうとする瞬間。
「待って!」
デジャヴのような声が聞こえた。
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