007
「助けてー」
どこからか、助けを求める声が聞こえて来た。よくよく耳を澄ますとこれまで聞こえてこなかった声が僕の意志を無視して耳に入って来る。
嗚咽交じりの悲鳴。我さきと助かろうとする怒号。常軌を逸した笑い声。ただただ喚くような泣き声。譫言のように繰り返される呻き声。全て街の方から風に乗って聞こえてくる。
「助けてー!」
だがこの助けを求める声は近場から聞こえてきている。もしかして生存者が近くにいるのか。
アンリを堤防の斜面になっている草の上に寝かせておいて、声がした方へ走りだそうとする。
走り出して気がついた、僕は今覚醒しているのだと。
いきなり体が浮遊感を覚える。さっきまで遠かった空が近く感じる。もしやと思い辺りを見回してみると僕は飛んでいた。ここからならよく燃えている街が見えるし、草の上に寝ているアンリが飛んだ反動で斜面から転がっているのも小さく見える。
そしてそのおかげで、助けを求めている人物を特定できた。ちょうど僕の真下の河川敷の野球場で誰かに追われている女性がいた。
「暴漢発見っと!」
足腰に力を入れて重力に逆らわず真下へ落下する。まずい、今さらだけどこの高さからの落下は、僕の体は粉砕骨折では済まないんじゃないだろうか。
飛んだからには地球上では重力には逆らえない。成すがままに落ちるだけ、浮遊感とはとても嫌なものだな。そんなことを思いながら地面に着地した。
巨大な特撮ヒーローや怪獣が着地したかと思わせるように土煙が舞う中、ちょうどピッチャーマウンドに立っていた。どうやら足は大丈夫らしい。痛みも一瞬あったような気がするが、治癒力の方が高くて感じることは刹那だった。
まるで僕が僕じゃなくなったようだ。
とりあえず周りの土煙が晴れるのを待ちたいけど、どうやらそうもいかないらしい。
研ぎ澄まされた視覚のおかげで、土煙の中でもバッターボックスが見えるのだが、丁度女性が尻もちをついて一人の人間に追い詰められているのがここから見受けられた。
「や、やだ、誰か!」
女性の枯れた悲痛な声がマウンドに響く。僕は地面を粉々にした足元を見て、小指の爪サイズの石を手に取って軽く振りかぶって暴漢の足に向かって投げる。すると時速何キロかは解らないけど、土煙をかき消し、辺りを晴らして後ろのネットに穴を開けて小石は彼方へと消えていった。
これは酷い暴投である。だけど相手さんの注意をこちらに引けたようだ。
相手は暴漢ではなく、女性である。長い黒髪を乱し、猫背になり、獣のような鋭く長い牙を上歯から覗かせてこちらを見ている。あれがアンリの言っていたザイガを使った化物と言うのは一見で理解できた。
変態ってこうゆうことか? そこまで人間と変わらないように見えるけど。そういえば僕は変体してないけど、アンリの力を受け継いでいるからなのか? いやそれだとしたら僕もアンリのように大人にでもなるはずだけど。
「お前、特異体か」
女性の声はしゃがれていた、女性が出せる声ではないし、まるで男のような声だった。
「知るか、とりあえずその人から離れて、僕と遊ばない? 球はここに沢山あるしさ」
「はん、我々に背くとはいい度胸だっ!」
しゃがれた声の女性は飛び上がり、僕を飛び越えて外野の方へ着地する。
「今度はストライクゾーンど真ん中だったのにな」
小石を何個か手の上で弄びながら、今さっき着地した女性の方を一瞥してから、ちゃんとストライクゾーンに入っているか確かめる。
「お前、普通喋っている時に攻撃する奴があるか」
「お前が勝手に喋っていただけだ。後、人間じゃない奴にようはない」
「待って!」
と、背後から叫ぶように声が聞こえてきた。声の主はバッターボックスに尻もちをついていた女性。僕と同い年だろう。なんたって同じ学校の制服を着ているのだから。ただ僕は彼女の事を知らない。
「どうしたの?」
「殺さないで! 助けて!」
彼女が言っていることが理解できなかった。もしかして僕の人間離れした力を見て、あいつの仲間と思っているのだろうか。これは誤解されたままじゃ、もっとパニックになってしまうだろう。
「君を助けに来たんだけど」
「違うの! その人を殺さないで!」
「はぁ?」
僕はまた間抜けな声を上げていた。それもそうだ、助けを求めていて来て、人外に殺されそうになっていた人を助けたのに、その殺そうとしている相手を殺すなと言われてしまったのだから。
「助けてくれたことには感謝します。だけど、その人は、その人は私の母なの!」
あぁ、道理で目尻が似ていると思ったよ。でもねお嬢さん、貴女のお母さんは、もう貴女のお母さんではなくなってしまっているんだよね。その事実を喋っても良いのかどうかだけど、事態の収拾をつけるには長くなるけど話すしかない。
「はぁん? こいつ説明してやったのにまだ信じてないのか」
しゃがれ声の女性は小馬鹿にしたように話しだす。
「馬鹿だねお前も、こいつの体はもう死んでいる。心臓も動いていない! この俺様、恐怖の大王の一族、ズォーダ様が頂いた。いいぜぇ人間とザイガの相性はばっちりだ、この女も俺様との適性がいい、実に良い! 女って言うのがどうも癪だがな」
「嘘よ!」
「嘘じゃねぇよ、お前も見ただろう?こいつの胸に空いた穴をよ」
そう言って、胸を肌蹴させ女性の胸についた丸い痣を見せつける。女子高生はそれを見てから、目を背け、頭を抱えて叫び出してしまった。確かにだ、奴の心臓は動いていない。
「いいねぇいいねぇ、その声最っ高! 俺様の耳を孕ませるつもりなのかよ! ほら、目を背けてないで見ろよ、こいつは死んでる、こんなこともできるんだぜ?」
ズォーダは頭に指を突っ込んでかき回す、赤い血と脳しょうが飛びてているのが街が燃えているおかげで見える。見ているだけで吐き気がする。
「いや、いやああああああああああああああああ」
女性高生はバッターボックスで気絶してしまった。当たり前だ、我が母親が死に、その我が母親が頭の中をかき回しているのだから。僕だってそんなのを目の当たりにすれば吐くし、今と同じように苛立ちを覚えるだろう。吐き気よりも怒りの方が込み上がっている。
「うっほう! 最高! 俺様はこの声を聴く為に生れて来たんだな!」
ズォーダの言葉を聴いているだけで至極不快であった。いつ以来だろうか、こんなにも腹を立てているのは、治まらない怒りをどこにぶつければ良い? 溜まったものを吐き出すのは簡単だ。あいつを殴ればいい。そうして殺してしまえば良い。あいつは宇宙人であり、地球人、人間を侮辱している。
あいつは人間の敵だ。
「おい、どうした? 震えてるぞ? 怖いのかー?」
ズォーダの体は最初見た時より少し違っていた。人間の耳とは違う縦に長い獣耳が生えて、素肌に毛が生え、目が猫のように丸くなり、手の爪が鋭利に尖っていた。
だがそんなことは気にせず、ズォーダに向かって手に持っている小石を全て振りかぶって投げた。威嚇でもなく、あいつを殺す為にだ。
小石は散弾のように散り、向こう岸の斜面にめり込んだ。
ズォーダは横に飛び、全て避けていた。
「危ねぇだろ!死んだらどうすんだよ」
「死ねよ」
こいつに慈悲と言う感情は湧かない。こいつは跡かたも無く死ぬべきだ。誰もが解るだろう。
「いいのかぁ? そんなこと言っておいて、その感じじゃまだ力の扱いに慣れてないのだろう。誰を取り込んだかは知らないが、そんな素人では俺様には勝てな・・・い?」
ズォーダは気づいたのだろう、自分の腕が二本無くなっていることを。そうして驚愕するだろう、僕の力を見せつけられて。
「お前は、死ぬべきだ」
「うおおおおおおおおおお!」
顔を歪めさせて、痛みに叫ぶ。ズォーダが喋ることに気を取られている間に、ただデコピンで石を弾いただけなんだが、気付かないとは思いもしなかった。
さっきの脳漿披露ショーのおかげで治癒力があると思っていたが、なんだ、こいつら全部が僕みたいな驚異的な治癒能力を持っていないのか。じゃあすぐ殺せるじゃないか。
「お前! 一体、誰の力を手に入れた、その力Aの名を持つ者の力!」
「五月蝿いな」
「ひっ」
僕の声にズォーダは怯む。どうしてだろうか、今らな何でもできそうだ、こいつを指一本で殺すことも、この辺り一帯をもっと火の海にしたり、もっと人外どもを殺したり。
「落ち着け」
唐突に肩を叩かれる。反射的に肩の手を振り払い、後ろを向く。するとそこには置いてけぼりにしたアンリが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます