006

 アンリとの接吻は長くもなく短くもなく、惜しみも無く終わった。ただ口に甘いような感覚が漂う。これは味覚が麻痺して味合わさせているのだろう。キスの味は苺味とか言うだろう? 多分それに近い成分か何かだ。


 熱帯夜のおかげか、それとも緊張からか、じっとりとした汗が体に纏わりついている。


 アンリはご満悦と言った表情で頬を火照らせて舌舐めずりをする。たった今僕は覚醒したらしいが何も変わらず、いつもと同じような体である。


「ん? おかしいの? 動物は普通なら、こう髪が逆立って金髪になって雄叫びを上げるんじゃがな?」


 首をかしげて、もう一回僕の方へ顔を近づけてくる。僕はバトル漫画の主人公じゃないぞ。


「な、なに?」


 僕はもう一度接吻をされるかと思い警戒する。


「少し目を瞑れ」


 そう囁かれた。真剣な顔だったので言われた通りに目を瞑る。すると腰の上に圧し掛かっている重量感がいきなり重くなった。何が起こったかと思い、慌てて目を開ける。


 するとそこには、はち切れんとばかりに胸部を強調し、銀に近い白髪で紅色の瞳をし、多分論外と書かれたTシャツを下に着込んで、ドイツの民族衣装ディアンドルを着ている女性が跨っていた。


「ど、どちらさまですか?」


 目の前の女性に対して質問してしまう。それもそうだろう、さっきまで少女が乗っていたと思ったら、何故かドイツの民族衣装を着ている女性に変わっているのだから。


「失礼な奴じゃな、名乗ったであろう」


 女性は僕より身長が高くて見下しながら不満の声を上げる。名乗った? お初にお目にかかりますがどちらさまでしょうかと、思っていたが、良く見ると特徴的なロングな白髪に紅の瞳、見覚えのあるTシャツ、聞き覚えのある声に喋り方。もしかしなくても。


「アンリ?」

「そうじゃ」


 アンリはえっへんと胸をはる、それだけで胸部が揺れるのを僕は見逃さないし、この体勢からは見逃せない。


「どうしてお前が大きくなっているんだ? 僕が覚醒するんじゃなかったのか?」


 アンリの大きくなった体をマジマジと見て、服装に気になる点を発見するも、それよりもこの変化の現象の方が気になる。


「何を言っておるのじゃ、お主はもう覚醒しておるぞ」

「そうは思えないけどな」

「ならば試してみるか?」


 アンリがどいてくれたので、僕も立ち上がると、アンリは右手を引き、そして僕の肩に軽く当てた。それだけのことで僕の右腕が宙に舞った。何も痛みは感じなかった。だけど視界には僕の服を着た僕の右腕が無造作に道の上に落ちていた。


「う、うわあああああああ!」


 脳が捉えた瞬間痛みがやってくると錯覚する。そう錯覚するだけ。痛みは何も来なかった。肩から吹き飛ばされた右腕を見てみると、服はワイルドなくらいノースリーブだが、しっかりと右腕がそこにあった。


「どうじゃ? 覚醒しておるじゃろ?」


 アンリはいつの間にか生えたか白い八重歯を出して笑う。


「どうじゃじゃないよ! びっくりしたわ! 死ぬかと思ったよ!」

「はっはっは、死なない体じゃ、粉にされても蘇る」

「化物じゃないか・・・」

「便利な体になったと思えばよかろう。他にも跳躍力や握力、五感に適応力やらが人並み以上の力を発揮できるであろう。私には敵わんがな!」

「お前の力を使うのに敵わないのか」

「それはそうじゃろう。まだ最大の力を出してないし、与えてもおらんからな。とりあえず私にパンチをしてみろ、肩パン勝負と言うやつじゃ」


 左肩を僕に差し出すように向けて期待した顔で待っている。肩パン勝負って時代を感じるな。


「そんな期待した顔されてもな、軽くだぞ」

「やってみろい」


 ふぅと息を吐き、僕は全力でアンリの左肩に殴りかかった。


 ドシャン、と、殴っただけではでない音が耳に入って来たかと思うと、アンリが宙で何十回転しながら舞っていた。そして二回ぐらい地面にぶつかり跳ねてから、砂埃を上げて止まった。


 さっきのおかえしのつもりでおもいっきり殴ってみたものの、まさか飛距離およそ五十メートルも飛ぶとは思わなかった。彼女は死んでしまったのだろうか。


 ゆっくりと近づいて安否を確かめてみようと一歩歩むと地面に足がめり込んだ。


「うそだろー」


 右足に力を入れると余計めり込むのでゆっくりと地面から足を抜き、擦り足でなんとかアンリの元までたどり着く。


 アンリの腕は何事もなく体とくっついており、目を白目にさせ、失神していた。あれ? こいつさっき私には敵わないと誇らしげな顔で言っていた気がするけど、僕の気のせいだったか?


「おーい大丈夫か?」


 美しい顔が台無しなので、頬をペシペシと叩いて気を確かめさせる。だけど一度顔を叩く度に首が向いてはいけない方向に向く。それを見て焦り反対の方向に戻すと九十度回転してしまった。


 ホラーである。


 とりあえず他にもほっぺを抓ったり、耳元で大きな声をだしてみたり、揺すってみたりして起こそうとしたけど、僕の力が強すぎて全てアンリを傷つけるグロテスクな行為と終わった。


 今の僕は歩く爆弾か。確かではないけど、僕は力の制御ができていないのだろう。じゃなければ歩くだけで地面がめり込む訳がないよな。


「一体どうすりゃ、起きてくれんだよ」


 この現状が解らない状態で一人になり弱音を吐き捨てる。

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