第三話  満員電車



『ドア閉まりまぁす。次の電車をご利用ください』


 息苦しい。

 車両の内は、人の身体が詰め放題だ。

 みっちりとされる感触が身体中にまとわりつく。

 満員電車は本当に嫌だ。


 気をまぎらわそうと、走行中の振動でれる中吊なかつり広告に目を向けた。


〝令和5年における行方不明者数は全国で9万144人で、前年比で5,234人増加しました〟


 何だこれ。

 ニュース記事か。

 いつも乗る路線ろせんの電車なのに初めて見る。

 こんな広告、あったかな。


 当然だか、広告なんか見ていたって身体中をされる不快感がまぎれるはずもない。


 思わずため息がれた。

 満員電車を運行うんこうしている会社の役員と株式保有数が上位の株主たちを満員電車で通勤させる法律でも出来ないものかね。

 満員電車なんて、すぐに解消かいしょうするんじゃないか。



 突然、ガクリッと前に体がかたむいた。

 急な減速げんそくだ。

 耳障みみざわりなアナウンスが響く。


人身事故じんしんじこの影響で、列車の運行間隔うんこうかんかくの調整を行っておりまぁす』


 人身事故じんしんじこ

 朝から人死ひとじにかもな。

 都会ではありふれた事だ。

 列車は人の血肉でまみれた鉄のレールの上を走る。

 普通の事だ。


 あたりまえすぎて、誰も怖がらない。

 心霊スポットの廃墟はいきょなんかより鉄道のレールの方が、よほど多くの人の死を経験していることだろう。

 


 なんだ?

 周りの乗客が鼻で笑っている。

 さすがに、ないよな。

 人が死んだかもしれない事故のアナウンスで笑うはずがない。気の所為せいだろう。


 気がつくと、また別の中吊り広告を見ていた。


〝宇宙はあなたを求めている。驚異の体験はいかが? 〟


 宇宙飛行士の募集?

 それとも宗教か?

 訳がわからない。

 変な中吊り広告だ。

 どんな意図いとがあって掲示けいじした広告なんだろうな。



 駅が進むごとに、どんどん車内が混雑する。

 人身事故の影響か。

 だから、普段はそれほど混雑こんざつしない時間の列車が、これほどんでいるのか?


 しかし奇妙だ。

 こんなに押しつぶされそうなのに、オレの周りの乗客たちは薄ら笑いを浮かべている。

 息がつけないくらいに押し合っているんだぞ。ここだけ気持ち悪いヤツらの集団かよ。


 別の中吊り広告に、視線しせんまる。

 これは、さっき見たのと違う。

 でも同じ位置にある。


 そうか。

 同じ中吊り広告の紙面が変化しているんだ。

 すごい技術だ。知らなかったな。

 こんな広告があったのか。

 ペーパータイプのLEDディスプレイモニターかな。


〝人間は上位存在にもてあそばれている! アブダクションにご注意! 人間は〝虫取り遊び〟 の虫である〟


 内容は陳腐ちんぷなオカルト関連の広告か。

 まだこんな商売が世の中に蔓延はびこっているんだな。



 しかし痛いな。そんなに押すなよ。

 この車両は、いくらなんでも詰めこみ過ぎだ。

 さすがにもうムリだ。次の駅で降りよう。


 人身事故の影響なら遅延証明ちえんしょうめいが出ているだろう。

 電車を降りてから会社に連絡を入れれば良いか。


 うわ。また押してくる。

 いいかげんにしてくれ。


「痛いッ。痛いって言ってるだろ!」


 あ? ああ? 

 なんだこいつら。押したら伸びる。

 グニャグニャだ。

 こいつも、こいつもッ。

 どうなって────


 乗客を見る。顔が。目が。

 周りにいる乗客。

 目の焦点しょうてんが誰も合っていないッ。


 いや、そもそもこれは目じゃない。目のような図形だ。顔に描いてある、のか?


 ……なんだよコレ。

 おかしい。おかしい。

 なんでオレはこれを人だと思っていたんだッ。

 これは人じゃない。

 ここは普通じゃないッ。


 視界の端に見た中吊り広告。

 紙面の上を文字が尺取しゃくとり虫のようにグネグネと動いていた。

 いくつかの文字は紙面からこぼれて、ボトボトと人間モドキたちの上へ落ちている。



「違う……あの広告は、モニターなんかじゃない……」


〝この車両は列車ではありません。捕獲器ほかくきです〟


「なんなんだよッこれは! 列車を止めろッ」


 おお、やったぞ。駅に着いた。

 ギイ、ギイギイ、ギイ……

 ああ、助かった。止まった。

 おい! 降ろせ降ろしてくれッ。


『降りるお客様を先にお通し願いまぁす』

「降ります! 降りるんだってッ! 降ろしてくれッ!」

『ドア付近のお客様、降りる方を先にお通し願いまぁす』

「待てッ待てえ! まってくれッ降りる降りる降りるッ!」


 動けない。

 かき分けると人が肉のひだのようにグニャグニャと揺れるばかりで、一歩も進めない。

 列車の中は、大きな生き物の内臓のようにうごめいていた。


「助けてくれ誰かあぁ!こ、殺される助けてこいつらバケモノだぁッ。誰かあぁ!」

『次の電車をご利用くださぁい』

「たすけてえぇ!」

『ドア閉まりまぁす』


 叫び声を上げるオレを四方から押す人の形の何か。

 いくつもの人形ひとがたからみ合うようにオレをかたまりの中へめてゆく。

 自分の叫び声と骨がきしむ音を聞きながら見た、中吊り広告。

 文面がほどけてり、またって集まった文字。



〝宇宙人は円盤に乗ってくるとは限らない〟




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