第6話『這い寄る静寂、コニシキソウ』

秋の風が心地よく、空も高く澄んでいた。

庭に立つ6ペリカは、久しぶりに「戦わずに過ごせる午後」に感謝していた。


「ふぅ〜。やっぱ秋が一番好きかも。あの灼熱も過ぎたし、雑草ももう一段落……」


腰を伸ばし、犬たちがじゃれ合うのを眺めながらほっこりしていたその時、ふと視界の端に“何か”が引っかかった。


——芝の間に、細い線のようなもの。


「……ん? んん?」


しゃがみ込み、目を凝らす。


「これ……草? いや、雑草ってより……這ってる……?」


それは一本の細い茎。地面を這うように、じわりじわりと広がっている。

葉は小さく、まばらに並び、赤っぽい茎。まるで忍者のように地を這い、忍び寄ってくる感覚があった。


「まーいーや、抜いちゃおっと」


掴んで引っ張る。——ぶちっ。


「あ、切れた……っ」


軽い力でちぎれる茎。だが、根っこはまったく抜けていない。

指を変え、少し奥を掴み直して——ぶちっ。

また切れた。


「……こ、こいつ……!」


ぞわり、と背筋が冷える感覚。

その瞬間、6ペリカの脳内に——あの“声”が響く。


『ふふ……見えないでしょう? わたしが、どこにいるか』


『気づいた時には、もう遅い。それが、わたしのやり方』


静かに、低く、耳元で囁くような声。

6ペリカは立ち上がり、全体を見渡した。


「えっ、待って……めっちゃ広がってない!?」


芝のすき間から、地を這うように、まるで蜘蛛の巣のように広がる小さな茎たち。

さっきまで気づかなかった。いや——気づけなかったのか。


『あなたが安心している時、わたしはすでに……足元にいたのですよ』


「うるっさい!!」


怒鳴りながら熊手を取りに走る。

だが、相手の全容は見えない。どこから来て、どこまで広がってるのか。

あっちを引っ張ってはぶちっ、こっちを引っ張ってもぶちっ。

ちぎれた茎の断面からは白い液体——毒性があるらしい、それもまた気味が悪い。


「やだやだやだ! こういうヤツ、一番苦手なんだよー!!」


ぶちぶちぶち……切れる音ばかりが響き、根は抜けず、地面に這う草はそのまま。


『ふふ……わたしは、静かに広がる……あなたが忘れた頃に、また姿を見せましょう』


そう囁くように、地面の下に沈んでいくような気がした。



その夜。

6ペリカは寝る前、玄関の靴箱の隙間を見て、ふとゾッとした。


「……まさか、そこにも……?」


足元に這い寄る、静かな恐怖。

それは、油断と共に庭に忍び寄る、コニシキソウの戦法だった——。


《第六話 這い寄る静寂:気づいた時にはもう遅い》

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