第3話『真夏の庭、地獄の這い軍団』

午前十一時、気温三十三度。

風、なし。

空には一片の雲もなく、地面からの照り返しが足元を焼いていた。


「いける……今日こそいける……!」


麦わら帽子に首タオル、冷感スプレーと氷水入りの水筒を携えて、6ペリカは庭に立った。

あの忌まわしき雑草ども——メヒシバ、オヒシバ、カヤツリグサ。

昨日、夕方に一掃したはずの軍団が、今朝には再び息を吹き返していたのだ。


「もう勘弁してよ……昨日引っこ抜いたじゃん……」


地面にしゃがみ込み、最初の一株、メヒシバの根に指をかけた瞬間——


「へっ、昨日の抜き方、浅かったんじゃねえの?」

また聞こえる。草の声……いや、これは6ペリカの妄想。

分かっている。だけど聞こえてしまうのだ。


「俺らは這うぜ。地面を這い、君の油断に付け込むんだよぉ」


メヒシバとオヒシバは、双子のように笑いながら広がっていく。

その足元には、しれっとカヤツリグサ。


「この暑さで動ける人間は少ない。ならば、我らの勝ちだろう」


涼しい顔をして生い茂るその様に、腹立たしさすら覚える。


「こんな……こんな……!」


引っこ抜いても抜いても終わらない。

汗がポタポタと落ち、首に巻いたタオルはすでにぐっしょり濡れている。

スプレーの冷感効果など一瞬で蒸発し、手のひらにはじっとりと熱がこもる。


そして——


「なぜ立つ? この陽を見よ。」


天を仰いだ瞬間、6ペリカの脳裏に響く、

太陽の声。重く、熱く、どこまでも支配的な声だった。


「私はすべての命を育て、すべての者を試す。

 だが……お前にはまだ、耐える器がない。」


熱中症になりかけた脳が生み出した、幻聴なのか妄想なのか。

それでも、たしかに“太陽”が言った気がした。


「お前の敗北は、怠惰ではない。愚かでもない。

 ただ……昼間に出てきたのが間違いだったのだ。」


「……頭、ちょっとクラクラするかも……」


水を飲む。ぬるい。

汗をぬぐう。止まらない。

手を止める。草が笑ってるように見える。


「おーい、もう帰ったらー?ほら、太陽さまも見てるよー?」

「そろそろ日干しにされる時間だぞ〜?」


幻聴だ。

でも、体が限界だった。


立ち上がると、視界がふわっと揺れた。

地面が歪んで見える。足元がふらつく。


「……ちょっと……ダメかも……」


その場にしゃがみ込み、深呼吸。

しばらく動けなかった。


——十数分後、6ペリカはようやく立ち上がり、玄関の扉をくぐった。


庭の雑草は、風も吹かぬ炎天下で、堂々と緑を広げている。


「……今日のところは……草に軍配だわ……」


玄関の戸を閉める。

冷房の効いた室内が、別世界のように感じられた。


《第三話・敗戦記録、完了》

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