第2話『梅雨明け大侵攻 〜緑の海に沈む日〜』

千葉県浦安市、7月上旬。

連日の雨がようやく終わり、空は突き抜けるような青さを取り戻していた。

だが、それは——草たちにとっての“号砲”だった。


「……終わった……」


玄関の扉を開けた瞬間、6ペリカは動けなくなった。

目の前に広がっていたのは、庭一面の緑。

花壇、通路、犬たちの足場にしている人工芝の隙間まで、あらゆる場所が雑草に飲み込まれていた。


「…たった2週間、雨だっただけじゃん…なんでここまで増える…?」


彼女の脳内で、草たちの声がざわついた。


——水こそ我らの祝福、とスギナが囁く。

——梅雨は、我らの育成期間、と仏の座が静かに語る。

——今こそ出陣の刻…刮目せよ、これが草の海だ!! とドクダミが叫んだ。


「誰が刮目すんねん!あああああもう!!」


軍手を引きちぎるように装着し、錆びかけたスコップを手に取る。

もう戦うしかない——庭の平穏を取り戻すために。


「やったるわコラァァァア!!」


気温33℃、湿度68%、風なし。

開始30分で軍手の中は蒸れ、Tシャツは汗で背中に貼り付き、顔に流れた汗が目にしみるたび、6ペリカは「これは草の呪いだ…」と本気で疑った。


そんな頃。


「手伝うわー」


半笑いで庭に現れたのは、夫のパットン。

白シャツにクロックスという、いかにも庭作業をナメた服装だ。


「いや、やる気は嬉しいけど…その靴、やばいよ?」


「まあまあ、大丈夫っしょ?草抜くだけだし。」


その15分後。


「……やばい……終わらねえ……どこ見ても草……」


「だから言ったじゃん!梅雨明け直後ナメんなって!」


「しかもこの…白くてくせえやつ……なんか抜いたら手に匂いが……」


「それ、ドクダミだわ。油断すると“ドクダミ・ハンド”になるから。」


「何その中ボスみたいな呼び名……!」


脳内で、ドクダミがニヤリと笑う。

——ようこそ、臭気の沼へ。

——我らの香りは、1日中あなたの手に残る…。


「……ほんとムリ。ドクダミ、マジで一番嫌いかも。」


犬たちはというと、草むらを駆け回って遊んでいた。

特に末っ子のバターはテンションMAXで仏の座の群れに突撃し、そのまま紫の絨毯をなぎ倒すように走り回る。


「バターァァァ!!ナイスキルゥ!!」


「もう戦力として認めようよ、あいつ。」


2時間後。

軍手はボロボロ、スコップの柄は泥まみれ。

だが、草はまだ残っていた。


「…あたし、庭全部抜くまで生きてられるんかな…」


6ペリカがポツリとつぶやくと、隣で黙々と作業していたパットンも腰をさすりながら言った。


「でもまあ、俺が草抜いたとこ、わりとスッキリしてるな。」


「でしょ?この感触が“勝利”なのよ。」


「なんか分かる気がしてきた…」

「草むしりって、“終わらないけど意味はある”感じがする。」


その言葉に、6ペリカの手がふと止まった。

脳内では、草たちが再びささやく。


——彼もついに気づいたか……草は“生きること”そのものだと……と、仏の座。

——仲間入り、だな、とスギナが応じる。

——フフフ…もう逃げられはしない…と、ドクダミが笑った。


「違うわアホォ!!草じゃない!人間側や!!」


空は晴れていた。

気温は高く、汗も止まらない。

けれど、ふたりの手には、確かに“引き抜いた根っこ”の感触が残っていた。


これは草との戦争じゃない。

日常との向き合い方だ。


庭は、まだ緑だらけ。

でも——少し、景色が変わって見えた。

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