『とある庭の戦争記録』 ——主婦と草と、喋らない現実。

丼ササキ

第1話『草むしりという名の戦争』

千葉県浦安市。春。

空は高く、気温は穏やか。

しかし、この日もまた、静かな戦争が始まっていた。


——6ペリカ(43)、主婦。

趣味:ガーデニング。

敵:スギナ、そして仏の座。


軍手を装着し、スコップを手に、今日も彼女は庭に立つ。


「ったく……二日前、根っこまでいったはずなんだけどね……?」


見れば、花壇の脇。

地面からチョロッと顔を出すスギナの緑。


(脳内)

スギナたちが私に囁く。


『ククク……貴様の攻撃は、我らの“影”にすぎぬ……本体は、地下1.5メートル下にて眠り続けているのだ……!』


「黙れや地下生物ォ!! スプレー撒くぞコラ!!」


もちろん、現実では草は喋らない。

彼女の脳内に響いているだけだ。


——そのとき、異変に気づいた。


「……え? ……なにこれ。」


花壇の隅に、紫が一面に広がっている。

まるでカーペットのように整列した、**ホトケノザ(仏の座)**たち。


小さくて、かわいげもあるその見た目。

しかし、6ペリカは一切油断しなかった。


「お前ら、昨日までいなかったよね? どうやってそんなに……」


(脳内)

仏の座が語りかけてくる。


『我らは静かにここにいただけ……』

『争うつもりなど……ないのです……ただ、あなたの庭を彩りたくて……』

『さあ……スコップを捨てて……共に春を味わいましょう……』


「うっせええええええ!!! お前ら地味に根が細かくてめっちゃ抜きにくいんじゃあああ!!!

しかも群れるな! 可愛さで誤魔化すなァァ!!」


後ろで日向ぼっこしていた3匹の犬たちが、突然の絶叫にびっくりして走り出す。

チャチャ丸は花壇を踏み荒らし、バターは6ペリカの背中に突撃。

その衝撃で、仏の座にスライディングしてしまう。


「オーマイ仏ォ……」


——そこに、家の中から夫・パットンが出てきた。

スマホ片手に、コーヒー片手に、休日モード。


「また草と格闘してんの?」


「格闘じゃない、戦争よ。今日の敵は仏の座。地味に強いのよ」


「仏……? あの紫のやつ? なんかかわいくない?」


「かわいいのは最初だけ。油断すると、庭が占領されるの」


パットンはしゃがんで、スギナの隣に咲く仏の座を見つめた。


「ふーん……じゃあ俺も今度、ちょっとやってみようかな。草抜き」


「へ?」


「いや、ほら。君、いつも一人でやってんじゃん。ちょっとだけやってみようかなって」


6ペリカ、一瞬フリーズ。


(脳内)

仏の座がささやく。


『ふふふ……ついに、“夫”までも……我らの平和に取り込まれたか……』

スギナの声も響く。

『裏切り者め……貴様もこの庭で、根を張るつもりか……!』


「勝手に人を草側にすんな!!」


「え、俺なんか言った!?」


「違う! ちょっと脳内のスギナが調子乗っただけ!!」


——静かな日常。誰にも気づかれずに行われる、戦い。

敵は雑草。武器は軍手とスコップ。

味方は……たぶん、夫。


6ペリカは、黙ってまた草に手を伸ばした。


その手に伝わる、根がズボッと抜ける感触。

それが、今日の“勝利”だった。

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