終末のアヴェンジャー
おおい はると
プロローグ
荒涼たる市街地。崩壊した建物。衝撃によって円形に沈み込んでいる大地。可憐な花を咲かし、春の息吹を感じられたであろう梅の木も無惨に横たわっている。何もかもが荒廃したこの場に唯一あるのはけたたましい戦闘音とそれを奏でているひとりの男と一体の化け物だけだった。
両者は常人を超えた動きで剣を交え合う。戦闘が熾烈を極める中、化け物の咆哮が戦闘音よりも一際大きく響き、その戦闘の苛烈さを物語る。
「ガァァァァァァァァァァ!!!」
「くっ、っ」
緩まぬ猛攻を受け、自身へと降りかかる数多の斬撃を男は必死に受け流す。常軌を逸した力に、速度に、緩急自在な俊敏な動きに、予想を上回る反応の良さに、戦況を冷静に分析する頭脳に。あらゆる能力の高さに頬を伝う玉の汗を拭うことすら出来ずに気圧される。敵よりも優れている技量と駆け引きを持ってなんとか切り結んでいるものの、それもいつまで続くかは定かではない。
上段からの剣閃を視界に捉え、感覚的にされど正確に、剣の側面を絶妙な力加減で叩き、軌道を変える。だが、化け物は受け流されたと見るや、強靭な肉体で両手剣を振り切るのを無理矢理止めて下段からの連続攻撃にシフトしてきた。突出した力で荒技をやってのけてしまうことに驚愕するも男は剣で斬撃を防ぎつつ、後ろへ後退することで衝撃を殺した。
飛びのいたことで化け物と距離を保ちながら相対する。
(このままではまずいな)
何か反撃の糸口はないのか、どうしたら勝機を手繰り寄せられるのか。牽制しながら、懸命に頭を動かしてはいるが、敵の弱点など見つからずこれといっていい案は浮かばない。
男が探っている気配を捉えたのか、化け物は斬りかかってくる。フェイントを駆使して身体を左右に振ったことで相手に一瞬の迷いが生じる。僅かに鈍った剣閃を最低限の動作で躱す。化け物が胴を無防備に曝け出したところを懐へ潜って袈裟斬りを放ち、巨体の右肩から腹を深く抉る。
「ぐっ」
痛苦に悶えるくぐもった声が化け物の口から漏れる。赤黒い鮮血が飛沫を上げながら舞い、大量の血が滴る。好機を逃さんと追撃を何度か試みるも全て防がれてしまい、失敗に終わる。さらに有効に思えた一打も化け物の再生能力で傷は音を立てながら徐々に癒えていく。
「くっそ、バケモノが」
反則的な回復能力に男がそう毒づくのも無理はなかった。これが人間相手なら致命傷にもなり得るが、この化け物にはかすり傷にもなりやしない。
「まぁ、そう言うな。人間でこの俺様と互角に戦える奴がいて感激してるんだ。おまけに傷の治りが遅い。一体何をしやがった?まぁいい。もっと俺様を楽しませてくれよ!」
他の化け物を遥かに凌駕する再生能力に男は唇を強く噛む。それに加え、互角だなどとほざいているが、化け物はまだ本気で戦っていない。戦いを楽しんでいるかのようにニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。恐らく本気を出せば容易く俺のことなど殺せるのだろう。
やむを得ない。ならばこいつを倒すには俺も本気を出すしかない。
突如、男の周りを黒いオーラが覆い、光沢を帯びてキラキラと輝きだした。それはまるで満天の星空のようでいて男を優しく包み込む。
男の厳しい眼差しが敵を射る。
「行くぞ!」
「面白い! かかってこい!」
男が出した本気に化け物は歓喜した。人間でここまでたぎらせてくれたのはいないと。この強者との殺し合いを愉しみたいと。
しかし、化け物に誤算があるとすればそれは男の本気が想定を超えていたことだろう。
男は最速で化け物へと肉薄した。思い切り地面を蹴ると大地が爆ぜ、凄まじい轟音が鳴り響く。大幅に強化された力と敏捷で化け物に襲いかかる。
壮絶な斬撃が下から、横から、上から、斜めから、正面から不規則に繰り出され、巨躯を切り刻もうと無数に放たれる。化け物は斬撃を受けようとするも、全てを相殺することはできない。打ち合う回数が増えるたびに化け物の巨体には裂傷が刻まれていく。
男の全力を解放した剣舞は圧巻だった。研ぎ澄まされた剣技は並大抵の技量ではなし得ることはできない。数多の修羅を乗り越えてこその絶技である。化け物も動きを最小限にして斬撃を防いでいるが、男の速度に圧倒されている。一撃が入るごとに血が噴き出て、地面を、男を返り血で赤く染色していく。
「もっと! もっと速く! 加速しろ!」
止まることを知らない男の剣技はさらに加速していく。過酷さを増す男の剣技に化け物は両手剣を片腕で操って攻撃を受けながら、空いている方の腕で男をぶん殴った。
「がっ!?」
俺の胸部に凄絶な衝撃が迸った。咄嗟に左腕で庇ったものの、左腕を粉砕しながら、肋骨すらもへし折れ、殴り飛ばされた。倒木に背中を撃ち、背骨が折れる。心臓に肋骨が突き刺さり、激痛に襲われる。優勢だったはずが一気に瀕死へと追い込まれてしまった。
だが、化け物も無傷ではなかった。人間が相手なら致命傷となる斬撃を幾度となく、見舞っている。今は他に伏し、微動だにしない。煙を上げながら再生しているが、速度は遅く流れ出した血が波紋のように広がっていく。
ゴフッと倒木に身を委ねている男が血を吐いた。
男を包み込んでいたオーラは既に消えてしまっている。胴につけられた軽装は役目を終えて地面に転がり、咄嗟に出した左腕は意志とは関係なしに力なく垂れ下がっている。
「ク、ソッたれ、が」
攻撃を受けられたと思ったら、衝撃を横に逃された。一度刀を振り切ってしまえば、化け物のように瞬時に切り返すことは人間には不可能だ。その一瞬はなんてことのない些細なようでいて、化け物にとっては十分すぎる時間だった。刀を翻したときには既に化け物の拳が男の心臓を迫っていた。
男が隙をつかれたのには化け物がこれまで受け流しをしてこなかったことも要因の一つだ。相手よりも技術で上回っている。そう思わせる化け物の駆け引きが、男の命を脅かした。
最後の力を振り絞り、化け物にトドメを刺すために満身創痍の体を刀で支えながら立ち上がる。激痛に襲われ、意識が朦朧としながらも刀を握りしめ、伏している化け物へと近づく。だがそこで、
「クハハハ、素晴らしい、素晴らしいぞ! 人類最強の剣士よ。想像以上だ。まさかここまで人間が力をつけているとはな! 貴様には敬意を払ってこの俺様が直接喰ってやろう!」
倒れ伏していたはずの無数の裂傷を負った化け物が両の足で立ちあがった。右腕に両手剣を握りながら、嬉々として死に体の男に辿る運命を問う。
「踊り喰いされるか、じっくりなぶり殺された後に喰われるか、貴様はどちらがいい?」
「どう、して、だ?おまえ、は、たしかに、おれ、のはやさに、ついて、これ、なかった、はずだ」
男は何度も吐血しながら、目の前の化け物に問う。お前は俺の全力について見切れていなかったはずだと。
「俺様の好意を無視しておいて質問とは人間はやはり愚かだ。だが、俺様は寛大だ。それくらい許してやろう」
余裕の笑みを浮かべながら、化け物は真相を語る。
「貴様は俺様が本気を出していないことに気づいていただろう? なのに貴様は自分の力を過信し、全力ならば殺せると踏んでいた。そう、俺様を侮っていた。人類最強と謳われて天狗にでもなったか? あまり俺様を舐めるなよ、人間風情が」
下等生物である人類の尺度で化け物を測るなど愚かであると断言しながら、獰猛な捕食者の貌をして化け物は両手剣を肩に担いで近づいてくる。
近づくにつれ、濃くなる血の匂いと腐臭で鼻が曲がりそうになるが、鼻を覆うことすらままならない。少しずつ大きくなる足音が耳鳴りによって身体の内側から爆ぜているように思えてくる。
激痛によって視界がぼやけ、化け物が何体にも折り重なって見える。片腕で握っている刀も力が入らず、今にも落としてしまいそうだ。おまけに血が足りず、足が痙攣までしている。男の命運は既に決まってしまった。
だが、それでも。男はまだ身体を動かせる。意識が飛びそうな痛みに屈しない信念がそこにはあった。自分の生き様が後世の胎動の源泉になることを信じて。ここで死ぬことによって訪れてしまう人類の趨勢を少しでも安寧に近づけるために。最強としての責任を男はまだ果たしてはいない。果たすことができない。だからこそ、男は満身創痍になっても刀を握り続けなければならない。
「全力解放!」
残り少ない寿命を全て力に変える。命の雫を絞り出し、増大したオーラが男を再び包み込む。上半身は痛いだけで動かせる。足はまだ潰れてはいない。激痛を認知してしまえば、それだけ剣は鈍ってしまう。ただ、化け物を殺すイメージだけを強く念じる。化け物を殺しうる剣は一度のみ。ならば、出せる技はただ一つ。
そう考えた男は一度納刀し、前傾の姿勢を取った。
それが男のとった死の迎え方だと分かると化け物は歓喜の笑みを浮かべ、本気をもって応えるために両手剣を構え、力を解放する。
化け物の力によって生まれた圧力と男のオーラがぶつかり合い、バチッと電気が生じた瞬間、それを合図に両者が動いた。
月影流居合 絶光
「ふっっっっ!」
「オラァァァァァァァァァァァ!」
技名のごとく男は光をも断ち切らんと地面を粉砕し、化け物に肉薄する。最速の居合が胴を切断する手前で両手剣によって阻まれる。
両者の一閃が交錯する。力と力の拮抗。この瞬間だけはこれまで劣っていた男の力は化け物と比肩した。
だが、耐えられなかった。それは男ではない。ましてや化け物でもない。両者の獲物が衝撃に耐えかね、霧散した。行き場を失った力は交錯した点を中心に衝撃を産んだ。
爆砕。
周りのあらゆる物を吹き飛ばすほどのその衝撃は両者を簡単に吹き飛ばしていた。力の強さを証明する広範囲に巻き上げられた砂塵は、化け物と男を覆い隠す。ようやく視界が晴れたとき、立っていることができたのは化け物だけだった。力なく横たわる人類最強の男を何かを考えているような遠い眼差しで一瞥する。
「さぁ、どうしてやろうか」
その声は暗く淀んだ雲へと吸い込まれていった……
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