頭脳バトル系デスゲームに暴力禁止ルールを入れ忘れた……

秋野てくと

おしまい

デスゲームは崩壊して、ただのデスとなった。


ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。

こうやって粘り気のある水音を聞くと、人間は一皮剥けば血と肉が詰まっただけの皮袋なのだと理解させられてしまう。


12番の暴力によって、1番の顔面は真っ赤に染まっていた。


1番――優勝候補だったのに。


「なぁ、あの1番ってどういうギャンブラーだっけ?」


私の呟きに応えたのはデスゲーム事務局の部下だった。


「超聴力の持ち主です。人間の心音を聞き分ける能力を持っていまして……それだけじゃなく「聴覚」で得た情報を「触覚」として捉えることが出来る「共感覚」もあります。データによると、彼にとっては対戦相手の心音の変化が手触りとして感じられるそうで、文字通りに『相手の心臓を握る』ことが出来るとか……」


「有望な奴だったのにな……」


観戦者である金持ち連中からの人気も高い選手だった。


「あへ、あへ、あへ」と1番は血の泡を吹きだす。

ご自慢の耳は12番の手で引きちぎられていた。


「た、助げでえ。誰か、止べて」


息も絶え絶えに1番が言うと、12番の表情が変わった。


「てめぇ喋れたのかよ。おい、何で黙ってたんだ」


ゴッ、と机に1番の顔が叩きつけられる。

周囲の選手たちから悲鳴が上がった。


12番の表情が怒りに歪む。


「うるせえええええ!!!」


12番が吠える。この場は完全に奴が支配していた。

暴力――

ゲーム盤を統べる残酷でシンプルな原理!


どうして、こんなことになってしまったのか……。




『知恵の泉』ゲームのルールは単純だ。


プレイヤーは1ラウンドごとに10分間の議論をする。

議論した後、一人ずつ投票ルームに入り――

持ち込んだカードのうち1枚を投票箱に入れるのだ。


投票できるカードは以下の3種類。


《知識の神・ウィズダム》

《悟りの女神・ソフィア》

《孤独の神・ノア》


全員の投票が終わったら、最多票のカードを確認して――

最多票のカードを投じたプレイヤーはポイントを取得する。


《知識の神・ウィズダム》が最多票となったなら、

ポイントは5点。

《悟りの女神・ソフィア》が最多票となったなら、

ポイントは3点。

《孤独の神・ノア》が最多票となったなら、

ポイントはマイナス3点。


最多票が複数いる場合には票は無効だ。


取得可能なポイントはカード毎にバラつきがあり……

一見、ノアに投票する行為には意味がないように見える。


ただし、ここでノアに投票したプレイヤーが一人だった場合。

ウィズダムとソフィアのポイントは0となり、

ノアに投票したプレイヤーは10点となるのだ!


10回のラウンドを繰り返して最高点となったプレイヤーが勝利となる。

勝利したプレイヤーは100億円を持ち帰り、残りは処刑されてしまう!


このゲームの肝は投票前におこなう議論タイムである。


ここで何のカードに投票するかを協議するのだが――ポイント狙いでウィズダムを最多票にしようとすればソフィア派に裏切られるし――ノアを単独投票したプレイヤーの一人勝ちもありうる――かといってノアが最多票となったらポイントは失われる。


あちらを立てればこちらが立たず。

正に頭脳と駆け引きがモノを言う心理ゲームなのだ。


ルールは単純シンプル、故に奥深い。

まさに至高の心理戦が見れる……はず……だったのに!




「いや、単純シンプルすぎますよ。

 どうして『暴力禁止』のルールを入れなかったんですか?」


部下は呆れたようにため息をついた。

だ、だって……


「『暴力禁止』なんて当たり前だろ!?

 これは頭脳系のデスゲームなんだぞ!」


良いゲームを思いついたと思ったんだよ。


こういうデスゲームって、やたらとルールが込み入ることがあるから……当初は10種類あったカードも、何度もテストプレイを重ねて3種類まで減らした。

ルールは単純ならば単純なほど良い。

だから複雑なルールはテストを重ねるたびに削っていった。


「削り過ぎた、か……。っていうか、テストプレイの時には誰も暴力なんて振るわなかったんだよおおお!!!」


部下は「あーあ」と天を仰いだ。


「それは身内のテストでよくあるやつですねぇ。無意識に身内の中で無謬の前提を作ってしまって、深刻なバグを見逃してしまうパターン。そういうときにはあまりゲームに慣れてないプレイヤーも混ぜて、バグを潰していかないと駄目なんですよ」


「だって、デスゲームのテストプレイなんて身内しか誘えないだろ!?」


ルール説明が終わったとき、12番は静かに挙手をしてこう言った――

「これでルールは全部なのか?」と。


私は仮面越しに「運営は質問には答えない。今、お前たちに説明したルールが全てだ……」とドヤ顔で答えたのだが、蓋を開けてからはこれである。


議論タイムが始まった瞬間、12番が牙を剥いた。


体格の良い5番を後ろから不意打ちして締め落とした。

元から組んでいた双子の兄弟――3番と10番はコンビネーションで襲いかかったが、12番のダブルラリアットで同時にKO。

そのまま11番、2番、7番、5番、8番……次々と殴られていく。


天才児枠の7番は哀れにも小便を漏らしていた。

まぁ、子供ガキだから仕方ないよな……。


美少女枠の4番、6番、9番は抵抗する意志すら見せなかった。


一目で虚弱とわかる1番は後回しにされていたのだが、今は順番が回ってきた――他の男子たち同様に血みどろになるまで殴られている。


「くそう、私の頭脳ゲームがめちゃくちゃだ!」


「いや、言うほど頭脳ゲームですかね?

 使うカードは3種類しかないですし……」


「待て待て。ちゃんと、それぞれのカードで得られるポイントが違うっていう読み合いの要素があるじゃないか。これでプレイヤーがどのカードに投票するのかという駆け引きが生まれるんだよ!」


「駆け引きっていうか、運任せになりませんかね……? このゲームだと他のプレイヤーにポイントを譲渡するルールとか、二人きりで密談するルールとかもないから、複数のプレイヤーを買収して派閥を作ったりすることも難しいでしょ。もっと『ライアーゲーム』とか読んだ方がいいですよ」


「うるさいなぁ! 私だって、ライナー・クニツィアが作るような駆け引きの要素が強い「競り」のオリジナルゲームを用意してたんだよ! ほら、『モダンアート』とか『ラー』みたいなやつ! でもぉ、テストプレイにスポンサーの金持ちを呼んだら「ルールがピンと来ない」だの「誰が勝ってるのか、誰が有利なのかわかりづらい」とか抜かしやがって!」


「なるほど。

 ゲーム性を高めるのも善し悪しですね……」


デスゲーム事務局は暗黒金持ちのポケットマネーで運営されている。


あの手の金持ちは美食も美女も食い尽くしている……だからこそ、表の世界では得られない刺激を求めてこういうゲームにあぶく銭を注いでくれるのだ。


だが、そういう連中の知的水準は思ったより低い。

毎回のようにゲームを単純にしろ、わかりやすくしろとクレームが来ていた。


そのせいで最も重要なルールを忘れていた……!

『暴力禁止』!

そんなもの、ゲーム以前に社会人としてのルールだろうが!


「そうだ、このままじゃ……

 スポンサーからのクレームで私のクビが飛ぶ!」


「意外とそうでもないかもです」


「えっ」


「観戦者、沸いてますよ!」


「えぇ……?」


部下がそう言うので、配信のコメント欄を見てみる。



「やったれやったれ」

「クソゲーすぎて草」

「何って…暴力を振るっただけだが?」

「これが暴力。俺たちの求めていた力!」

「シンプルに楽しいよね、暴力」

「殴られもせずに一人前にはなれない定期」

「どうせデスゲームだし」

「人が死ぬとこも面白いけど暴力もいい!」



知的水準が低すぎる!


「そうか。人間の三大欲求は金・暴力・セックス。美食と美女を食い飽きたこいつらがデスゲームに金を出していたのは、暴力を見るため。それが頭脳ゲームの果てにある死だろうとシンプルな暴力だろうと、どっちでも良いってことか!」


「となると、まずいですね。デスゲーム事務局は赤字続きじゃないですか。毎回、新しいゲームを考えたり、専用のセットを建てたりと億単位の予算が飛んでますし……もしも観客が求めてるのがシンプルな暴力だとわかったら、私たちは今後、食いつめた格闘家くずれをスカウトして地下格闘ステゴロを興行することになるかも」


それはもはやデスゲームとは言えない。


「奴隷どもによる殺し合い……!

 古代ローマ時代に逆戻りってことか!」


このまま12番に好きにさせるわけにはいかない……!


「んっ、12番が動いたぞ!?」


12番はKOした他のギャンブラーや無抵抗になった女子供から《孤独の神・ノア》のカードを回収して回っている。


私は12番の狙いに気づいた。


「『知恵の泉』ゲームでは《孤独の神・ノア》を投票したプレイヤーが一人しかいないときには10ポイントを得ることができるルールとなっている。あいつ、他のプレイヤーがノアに投票できないようにすることで、これからの10ラウンドでずっとノアの単独投票を狙っているってことか!」


「おお、頭良いですね。それなら他のプレイヤーが《知識の神・ウィズダム》や《悟りの女神・ソフィア》にいくら投票しても、ノアの単独投票によってポイントは0になり続けます。頭脳プレーですよ」


「頭脳プレー……かなぁ?」


そういえば、何か忘れてるような。


あっ。


カードを回収していた12番が、いきなり倒れた。




このゲームは投票を軸にしたゲーム。

最多票が複数あった場合には票は無効となる。





つまり、プレイヤー人数の合計は13人!


机の下から隠れてた13番がのそりと現れる。

口には吹き矢。どうやら12番を毒矢で仕留めたらしい。


暴力の行きつく果ては殺人これである。

死人に口なし。

となれば、もうゲームもクソもない。


ボコボコにされて満身創痍の者。

抵抗する意志も無い者。

震えるだけのガキ。


みんな、一人ずつ毒矢で死んでいった。


――あとは何を投票しても、13番が最多票になるだけだろう。


私は部下と顔を見合わせた。



「殺人はダメ、ってルールに書いとけば良かったかもな」




(おしまい)

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頭脳バトル系デスゲームに暴力禁止ルールを入れ忘れた…… 秋野てくと @Arcright101

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