第10話「推しが祖母を迎えに来た件について。」

「ばあちゃん、また脱走したんかい……」


小さな交番の前、マスクにキャップ姿の青年がため息をついた。


「どうもすみません。またひでこさん、ですか……?」


「はい……ほんと、いつもお世話になってます……」


青年──春日駿(かすが・しゅん)は、スタッフにも内緒で祖母・ひでこを迎えに来ていた。

もちろん、変装は完璧。ファンに見つかれば、一発アウトである。


「おばあちゃん、今回はスーパー経由で女の子と交番に来たみたいですよ」


「……女の子?」


「ええ、すごく優しい子だったそうで。“まさる”って呼ばれてました」


駿の眉がぴくりと動く。


「またか……。俺のこと、死んだことにして話してんのか……?」


駿は祖母と暮らしていた。正確には、仕事の合間にちょくちょく様子を見に帰ってきていた。

子どもの頃から、祖母の存在は彼にとって特別だった。


彼女は自由奔放で、よく家族を困らせる。


だが、どこかチャーミングで憎めない。

駿がアイドルになった理由のひとつも、ひでこの存在だった。


「“自分が元気だと、ばあちゃんも安心する”って思ったんだよなぁ……」


マネージャーには「実家の猫の様子見」と誤魔化し、今日も日帰りの地元入り。


しかし今回は――完全にバレていた。


祖母「お〜駿!来たのねぇ!」


「来たよ。ばあちゃん、ほんとに……また近所に貼り紙されてるかもよ?」


「いいのよ〜!おばあちゃんは自由なの〜!」


「自由すぎるだろ」


交番の前で繰り広げられる、ソロアイドルと徘徊レジェンドの再会劇。


「それにね、今日助けてくれた子、ほんっとにいい子だったのよぉ〜。まさると雰囲気似てたし!」


「ばあちゃん、それたぶんただの妄想だからな?まさる(=俺)と似てるとか、やめてくれ。なんか責任感じる」


「ふふ、でも、まさるもあんな彼女がいたら安心ねぇ〜」


「ばあちゃん、なに勝手に俺に彼女作ってんだよ!ていうか、彼女できたことないの知ってるでしょ!」


「そりゃねぇ、推しのことばっかり考えてたら、できるわけないわよ〜」


「いやそれ、俺が言うセリフじゃなくてファンのほうな!!」


(※彼は自覚している:自分が“推される側”という現実を)


その日の午後。


駿は祖母を家に送り届けた後、自分の部屋でひと息ついていた。


さっきからスマホの通知がピコンピコンうるさい。

SNSでは「駿くん、今日収録じゃなかったの?」というファンの鋭いツッコミが溢れていた。


(やば、顔バレしてたか?でも変装は完璧だったはず……)


彼はファンの動向チェックに余念がない。


駿の密かな趣味――それは、自分のファンアカウントを観察すること。


特にお気に入りは、熱心なファンが集まる通称「春組」のスレッドだ。


その中でも目立つ存在がひとり。


「@sao_sao_love」

名前は非公開だが、かなりの考察厨であり、投稿も熱量がすごい。


──そして、駿が密かに「一番文章のセンスが好き」と思ってるアカウントでもある。


(今日も何か書いてるかな……?)


開いてみると、最新の投稿が。


【駿くん今日のオフ疑惑】

目撃情報あったけど、服の感じ的にプライベートっぽい。

でも、なんか優しそうだったって話で……泣ける。

ひとに優しくできる推し、尊い(合掌)


「……俺かよ!!」


思わず吹き出す。


(いや、俺に優しくされたのはばあちゃんだけどな!?)


ふと、脳裏に浮かぶ。


(あの女の子……“まさる”って呼ばれて困惑してたって言ってたな……)


(もしその子がこの@sao_sao_loveだったら……いやいや、偶然すぎるって)


でも、ふとした偶然が、彼の胸を妙にざわつかせた。


一方その頃、沙織はというと。


「今日の善行は……まぁ、上出来っしょ」


自宅で風呂上がりのコーヒー牛乳を飲みながら、スマホをぽちぽち。


もちろん、「@sao_sao_love」の名義で、駿の投稿をチェックしていた。


「推しが今日もどこかで優しくしてたっぽいの、やばい……マジ尊い……」


──まだ知らない。

自分が助けた徘徊レジェンドの孫が、まさにその“尊い推し本人”だったとは。


《現在の数値:71/100》


沙織の“運命メーター”は安定中。

だが、それがいつ爆発するかは、誰にも分からない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る