第9話「善行チャンス再び!? 徘徊系レジェンド現る!」

「さーて、今日も善行日和っと!」


朝からご機嫌な沙織は、玄関のドアを開けながら軽やかに叫んだ。


《現在の数値:64/100》


「あの徘徊パンダ風船ボーイのおかげで、数値もいい感じだし。今日はちょっとだけ無理せず、ゆるめの善行でいこう〜っと」


──しかし、彼女はまだ知らなかった。

この日出会う“徘徊レジェンド”が、善行レベルを試されるラスボス級存在だったことを。


午前10時。近所のスーパーへ向かう途中。


「あっぶな!!」


沙織が咄嗟に手を伸ばして支えたのは、杖をついたおじいさんだった。

段差につまずいて今にも転倒寸前。まるでスローモーションのような一瞬の救出劇だった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「おお、すまんすまん。足が言うことを聞かんでのう……助かったよ、嬢ちゃん」


「いえいえ!こう見えて私、善行スキル習得中なんで!」


「……?」


おじいさんが困惑していることには気づかず、沙織はスマホを確認。


《現在の数値:66/100》


「っしゃ来たーーーッ!やっぱお年寄りはポイント高い!」


(その発言は完全にアウトだが、本人に悪意はない)


「じゃあ、お気をつけて!また段差があったら召喚してください!」


「なんかようわからんが、ありがとうなぁ……」


元気よく手を振って別れた、その直後。


「……あら、あなた……うちの子かい?」


沙織は背後からかけられた声に振り向いた。


そこに立っていたのは、白髪の、しかしどこかふわっとした雰囲気の老婆。


「えっ、えっと、私は違いますけど……」


「やだわねぇ……そうよねぇ……うふふ……」


(え?急にホラー??)


老婆はにこにこと沙織の腕を取る。


「でもあなた、雰囲気が似てるの。うちのまさるに……。あの子も昔は、よくスーパーにチョコ買いに来てたのよ」


「(昭和感すごっ)えーと、まさるさんは……?」


「ええ、ええ。今はね、たぶん釜石のほうかしら。うふふ、バイクに乗って。漁師になりたいて言ってたわぁ」


「まさるさん、なかなかアグレッシブですね」


沙織はその時、老婆の服装がやや不自然なことに気づく。ボタンはずれてるし、スリッパ履いてるし……。


(これは……もしかして徘徊!?)


「……あの、どちらから来られました?」


「ええと……あら?えーと……うち、どこだっけ」


──ビンゴだった。


こうなったら善行魂が燃える沙織。


「おばあちゃん、ちょっと一緒に交番行きましょうか。お巡りさんとまさるさんのこと、探してもらいましょ!」


「まぁ!あなた優しいのねぇ。まさると同じくらい優しい!」


(いやだから私はまさるでは……)


沙織は、しっかりとおばあちゃんの手を握りながら、近くの交番へ歩き出す。


「ちなみにお名前って、覚えてますか?」


「私はねぇ……ひでこ。うふふ、秀でる子って書いて“ひでこ”。ちょっと自慢なの」


「へぇー、いい名前ですね。ていうか、記憶しっかりしてるじゃないですか」


「そうねぇ。でも今日、起きたら自分がどこにいるかわからなかったのよぉ。夢の中にいるのかと思って……」


「……それは、ちょっと怖いですね」


「でも今こうして、まさると散歩できてるから、幸せよぉ〜」


「だから私はまさるじゃないってば!!」


10分後、交番に到着。


警察官「お世話になりました。ご家族の方に連絡がつきましたので、すぐに迎えに来るそうです」


「よかったー……でも、ひでこさん一人で出歩いてたんですね」


「ええ、最近ちょっと“魔が差す”の。ほら、おばあちゃんって時々冒険したくなるのよ〜」


「魔が差す系グランマ……強い……」


ひでこ「でも、あなたに会えてよかったわ。今の若い子も、捨てたもんじゃないのねぇ」


「いや〜照れるなぁ、ひでこさんも負けてないですよ。旅する魂を持ったレジェンドですよ」


ひでこ「うふふ、またどこかで会えるといいわねぇ、まさる」


「だから違うってぇぇぇぇぇ!」


──そして、別れ際。


《現在の数値:71/100》


「やっぱ徘徊系は高得点なんだな……」


帰り道、沙織はコンビニでコーヒーを買いながら、ひでことのひとときを思い返していた。


(不安そうだったけど、ずっと笑ってたな)


(あの笑顔って、たぶん誰かが手を握ってくれるだけで、出てくるものなんだな)


スマホを見つめる沙織。


《現在の数値:71/100》


「善行って、思ってたより……重たいけど、悪くないかもね」


ポケットに手を入れながら、空を見上げた。


「……でも次の善行は、せめて“まさる”呼ばわりされないやつがいいな……」


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