第7話「善行ハイで大当たり!?チケットと共に落ちる数値」

退院の日。

ギプスは外れたけど、松葉杖はまだお友達。

それでも沙織の足取りは軽い。


「ふふふふふ……」


エントランスに響く不気味な笑い。


(ここ最近の私、イイコトづくし!)


点滴台に引っかかったおばあさんのカートを押してあげたり、迷子のケンタくんを助けたり、ティッシュ配りの人にも「お疲れ様です」って声をかけた。

それらすべてが“善行”としてパラメーターに反映された。


《現在の数値:76/100》


(見たか、この安定感。私はもう、階段なんかで転ばない!)


得意げに胸を張りすぎて、松葉杖が変な角度に滑りかける。


「うわっ、あぶなっ」


(ちょっと調子乗った)


だが、そんな小さなミスすら帳消しにする出来事が、退院後すぐに沙織を待ち受けていた。


帰宅してすぐ、ポストを開けるとそこに一通の封筒。


「……ん?なんか厚みある。しかもこのロゴ……」


ハートの中に、キラキラした筆記体で書かれた“ShunShun☆Star”。


「ま、まさか、え……ええええええ!?」


震える手で封筒を開ける。中には、煌めく紙の天使。


──『ShunShun☆Star 10th Anniversary LIVE』プレミアムチケット×2──


「キィヤアアアアアアアアアア!!!」


ソファに突っ伏して叫ぶ。


「え?え?応募したやつ?ファンクラブの懸賞!?え!?当たった!?これ!?ガチで!?夢じゃない!?」


まさかの大当たり。


憧れのアイドル・春日駿(かすがしゅん)の10周年記念ライブ、しかもプレミアム席。


「はあああ……駿くんと……同じ空間……酸素共有……死んでもいい……」


目を閉じてチケットを胸に当て、しばし昇天。


10分後。

スマホを見ると、違和感が走る。


《現在の数値:52/100》


「……は?」


瞬きして二度見。


「ちょ、さっきまで76だったのに!?なんで!?何もしてないじゃん!?むしろ、してないから!?ていうかむしろ、幸せなことあったから!?」


記憶を遡る。


病院で迷子の子を助けた → 数値アップ


入院中の地味善行 → 地味にアップ


チケット当選 → 超幸せ → 数値ドカ下がり


「あっっっぶな!!!!」


全身の血の気が引く。


「これ、油断してたらまた階段コースじゃん……!」


《ルール再確認》


幸せを感じる → ポイントが下がる


良いことが起きる → ポイントが下がる


50を下回ると、不幸が起きる可能性あり


「ていうか、あと2ポイントで不幸ライン……!?なにこれ、幸福の罠……!?」


ソファにくずおれる。


(幸せになるために善行してるのに、幸せ感じたら地獄行きとか、何この人生パズル……)


冷静さを取り戻した沙織は、ベッドの上でチケットを机に置き直す。


「……これは罠。甘い顔の男に惚れて、人生を狂わされるタイプのやつ」


(でも駿くんに罪はない)


握りしめた拳に、強い覚悟が宿る。


「これ以上の下落は許されない。ここで“善行”差し込みます!!」


すぐにスマホを取り出して検索。


「えーと、『近所の善行できる場所』……っと」


公園のゴミ拾いボランティア


地元の猫の保護団体


スーパーでの募金活動


子ども食堂のボランティア募集


「善行のデパートやあ〜〜〜!!」


(落ち着け、まだ体が完治してない。できる範囲でコスパのいいやつを……)


沙織は“拾得物交番届け出”という、低負荷・高リターンが見込める活動に目をつけた。


数時間後、わざと財布に仕込んだ10円玉をポロッと落とし、それを「わざわざ」拾い、最寄りの交番に届ける沙織。


「これ、落とし物で……」


「10円……?あ、いえ、ありがとうございます。念のため書類書いてもらえますか?」


「……え、あ、はい」


(めんどくさい工程が入ってくるやつだった)


帰宅後、スマホをチェック。


《現在の数値:57/100》


「っしゃああああああ!!逆転回避ッ!!」


(今の私は、幸せのバランスシーソーのプロ……)


その晩、チケットを丁寧に額に入れて飾りながら、沙織は小さく呟く。


「……駿くん、会えるその日まで、私……善行、続けてみせるから……っ」


その目は、まるで恋する乙女──というよりも、義務と目的のために突き動かされる“善行ジャンキー”のそれであった。

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