第6話「迷子を救え!ギプスと善行の大冒険」

「……はい、じゃあ深呼吸しましょうね〜」


ベッドの横で笑顔の看護師が聴診器を当ててくる。


「……ぜぇ、はぁ……これ、今どきの拷問じゃないですよね?」


「そんなに大げさな〜。健康管理、大事ですよっ」


とびきり明るく笑われて、沙織はふてくされた。


(何が健康管理だよ……骨折して入院してる人に言うセリフ?ねぇ?)


心の中で毒づきながらも、スマホをポチッ。


《現在の数値:55/100》


「……うん。いい調子じゃん、私」


(あの転倒事故で回復したあと、落ちる気配なし。つまり、ベッドでじっとしてるだけなら“自然減少”のスピードもかなり緩やかってことね)


パラメータールール:


何もしない → 自然と少し下がる(時間経過で)


不幸が起こる → ポイント回復


良いことをする → ポイント上昇


「……とはいえ、油断してまた階段コースは嫌だし。回復できる“安全な善行”でポイントを稼いでおくに越したことは……」


「善行? なになに、それ新しいスマホゲー?」


「!? え、誰?」


視線を上げると、ベッドの横に見知らぬ小学生男子が立っていた。


つり目でキリッとした顔立ち、体操服姿、そして名札に「ケンタ」と書いてある。


沙織「あ、あんた誰!?てか、いつ入ってきたの!?てかてか、親は!?看護師は!?」


ケンタ「迷子になった」


沙織「即答……」


事情を聞くと、ケンタくんは検査中に母親とはぐれて、うろちょろしているうちに病棟内を彷徨ってしまったらしい。


「とりあえずさ、ナースステーションに行こう?私もヒマだし、善行ポイントのチャンスだし」


「善行ポイントって何?」


「聞くな。大人の事情だ」


ギプスを引きずりながら、沙織はケンタくんを連れて廊下を歩く。


(こういうのよ。こういう地味〜な親切の積み重ねが、たぶん一番コスパ良いのよ)


「ねーねー、足どうしたの?」


「階段で派手にズッコケたのよ」


「ダッセ〜!」


「やかましい!」


会話はうるさいが、目的地は明確。迷わずナースステーションにたどり着き、看護師さんにケンタくんを引き渡す。


「ケンタくんのお母様、すぐ呼びますね〜。ありがとうございます!」


「いえ、こちらこそ……あの、ついでに私の“徳”も上げておいてください」


「え?」


「いえ、独り言です」


ポケットからスマホを取り出して確認。


《現在の数値:62/100》


「……っしゃあああああ!!!」


看護師「えっ!?」


ケンタ「お姉さん、ちょっと壊れてる?」


「静かに!今、私の中で人生が輝き始めたところなの!」


(これよ、これ!!面倒なこと起こさずにパラメーター回復……!ギプス付きでもできる善行……!)


まさかの迷子イベントで、まさかのポイント大幅回復。


沙織は、自分の人生ゲームが少しだけ攻略可能に思えてきた。


「沙織さん、さっきの子のお母様が来られましたよ」


病室に戻った沙織のもとに、看護師さんが知らせに来た。


「お礼を言いたいって、受付にいらっしゃってて……お会いになりますか?」


「えっ、あ、いや、いいです……名前とか、出してないですし、ほら、善行って見返りを求めるものじゃないっていうか……」


(打算でやったからこそ、余計に名乗りづらい……!)


「そうですか〜。でも本当に助かりましたって、何度も言ってましたよ」


「そ、そうですか……(ちょっと嬉しい)」


(でもさ、これで思ったんだけど……)


沙織はスマホを見つめながら、ちょっと真顔になった。


(この善行、私が“意図的”にやったかどうかって、関係ないっぽいな……)


(だとしたら……逆に、バレなきゃ動機なんてどうでもいいわけで……)


「ふふふ……ふふふふふ……」


「沙織さん、さっきの子のお母様が“ぜひ連絡先を”って――」


「全力で断ってください!!善行がバレたら私の善行が死ぬの!!!」

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