第6話 学校にテロリスト
腕木の一件は、爆弾テロ騒ぎへと発展していた。
校舎の一部があんな轟音と共に破壊されれば爆発が原因だと思うのも無理はない。むしろ魔法が原因だと思う方がどうかしている。腕木じゃないが、高校生にもなって魔法だなんて言っては鼻で笑われてしまう。
爆弾と魔法、どちらが現実的かは考えるまでもない。
そこからどうして俺がテロリストになったかと言えば、現場から走り去る姿を目撃していた生徒がいたようで(腕木を抱えていたはずだが。凶器にでも見えたのか?)、その話に尾鰭とロケットエンジンが付き、爆弾テロの実行犯へと格上げされてしまった。厄介者からテロリストなんて、とんだ成り上がりだ。
送られてきた断片的な情報をつなぎ合わせると、大体そんなところだろう。
これだけならまだ、冗談かあだ名の類だろうと笑って済ませていられたのだが、どうやらテロリストというのは扱いを含めてのことらしく、校門を潜る手前からあからさまに避けられていた。昨日までなら不干渉を貫く程度だった連中ですらこれなのだから、教室はお通夜に違いない。
教室がお通夜なら、廊下はその参列者が並ぶ通路だった。俺が歩を進めるだけで、壁際に制服がずらりと並び、息を殺してこちらを見送るのだから。お通夜でなきゃ棺を見送る参列者だ。棺の中身は俺の尊厳か、それとも学校の理性か。まあ、これだけ大勢に見送られる人生というのも、ある意味では華々しいのかもしれない。
なんて無理矢理にポジティブな結論を出して、ラウンジのロッカーに荷物を仕舞い、教室へ向かう。
さて、どうやって入ろうか。
学校にテロリストどころか、クラスメイトがテロリストである。
今のところ避けられるだけで済んでいるが、変な正義感に目覚めた誰かに襲われないとも限らない。ここはむしろ、知らぬ存ぜぬの自然なスタンスで入る方がいいだろう。テロリストなんて噂は嘘なんだと、身の潔白を知らしめるチャンスだ。
「おはよーっす! なんかみんな暗いなぁ、どうした。それよりさ聞いてくれよ。昨日のあの事件さ、マジでビックリしたよな。でかい音にビビって逃げ出しちまったもん」
なんて、極めて普段通りの態度で教室へ入ったのだが、返ってきたのはまるで葬儀場で場違いなジョークを飛ばした阿呆を見るかのような、冷え切った一瞥だけだった。
襲撃されると恐れていたのに、随分と冷静なクラスメイトだ。それとも日頃の行いが功を奏したか。あるいは屈強とは程遠い、女子高生にすら負けそうなテロリストに気が削がれたか。
なんであれ、教室の中は平和だった。
目的も告げずに廊下で待ち伏せしてくる陽香の狂信者や、執拗に追ってくる生徒会連中のいる廊下と比べたら、距離を置かれるだけで済む教室は本当に平和だった。
どうしてあいつらは僅かしかない休み時間をそんなことに使ってくるのか。気軽にトイレも行けやしない。行ったら行ったでちょっとした騒ぎになったけど。トイレは侵されざる聖域じゃなかったのか。
そんなこんなで針の筵のような午前を耐え抜き、ようやく迎えた昼休み。
俺はいつも通りランチバッグを片手に教室を出て、人の隙間を縫うようにして避けつつ、半ば転がり込むように保健室のドアを開けた。校内放送で生徒会から名指しで呼び出されてる気がするが幻聴だ。飯を食えばそんなのも聞こえなくなるだろう。
「校内呼び出しを無視して堂々と保健室で弁当を広げる生徒なんて、世界広しと言えどきみくらいなものだよ」
そんなぼやきを口にしながら、紅橋先生は淹れたてのホットコーヒーを俺の前に出した。俺のオリジナリティは世界に通用するのか。
「そういうのをオリジナリティとは言わないよ……。そんなことよりも大丈夫なんだろうね。保健室に弁当の持ち込みはいいけど、個人のトラブルの持ち込みだけは勘弁してくれよ」
「はん、厄介事を生徒に押し付けといて何がご法度だよ。それに生徒会とトラブルを起こしたつもりはない」
「なら、堂々と呼び出しに応じるべきじゃないのかい。逃げ回ってたらむしろ
「今の生徒会なんて前生徒会の後釜だぞ。どうせ
コーヒーで喉を潤しながら弁当を口へかき込む。コーヒーと米の相性はお世辞にもいいとは言えない。米にはやはり日本茶だ。
「決めつけはよくないよ」
「コーヒーと米の相性の話か? それとも生徒会?」
紅橋先生は「どちらもあるし、同様にきみに厄介事を押し付けたつもりもないよ」と、含み笑いを浮かべながら続ける。
「新入生の面倒を見てもらったつもりはあるけど」
「やっぱり面倒事押し付けてんじゃねえか」
「厄介事は押し付けてないだろう?」
「屁理屈じゃねえか」
言葉遊びで丸め込めるのは小学生までだ。
紅橋先生はくつくつと喉を鳴らして笑い、自分のコーヒーカップに口をつけた。
「後輩の面倒を見るのは先輩の役目なんだけど――ああそうか、きみは帰宅部だったね。ならばこそ面倒がらずに面倒を見るべきだよ。後輩の――それも異性の後輩の面倒を機会なんて滅多にないんだから」
「お前か余計な事を吹き込んだのは!」
「おや、なんのことだい?」
しらばっくれやがって。まったく白々しいことこの上ない。
俺は昨日あったことの一部始終を紅橋に説明した。特に隠し立てするような内容も無いし、どの道共有するつもりで訪れたので丁度良かった。
紅橋先生はうんうんと、適度に相槌を打ちながら喋らせて来る。話し上手は聞き上手と言うが、どちらかと言えば喋らせ上手という方が近い。こんなところよりももっと相応しい働き口がありそうだ。
「なるほどね」
一通り話を聞いた後、紅橋先生はゆっくりとコーヒーを一口すすり、カップをソーサーへ戻した。
「先に弁解しておくと、彼女の言動については私は関与していないよ。精々魔法について説明したくらいだ。つまり責任の所在を私に求めるのは筋違い、ということだ。面倒事を押し付けた責任というならば、その分については負うけどね」
「その分なんてケチなこと言わないで全部負えよ」
「学校外での行動に責任なんて、一教員が負えるわけないだろう。それは保護者の領分なんだから。生徒の良心を信じるのが教員の役目さ。だからきみ達が恋仲になろうと自由というものだ。結婚に至るような事をしなければ、だけど」
「うるせえよ」
「化粧と一緒で、拗らせるくらいなら若いうちに経験しておくのも悪くないと、私は思うけどね」
保健室の先生とはとても思えない、無責任な言い草だ。
「麦踏みの話を例えに出す大人がよくいるけど、それなら手に負えない悪童の存在を大人は喜ばなきゃ嘘になるだろと私は常々考えているよ。憎まれっ子世に憚るとも言うしね。そういう意味では、腕木奏は憎まれっ子とは程遠い。きみとは真逆のタイプだ」
「誰が憎まれっ子だ」
「確かに、きみの姉の方がよりそうか。ところで灯くん、ひとつ確認だけど、これからどうするつもりだい?」
「これからとは?」
「別に腕木奏との将来設計の話をしてるつもりはないよ、そんなプライベートに踏み込む気は無いんでね。だから喫緊の問題だよ」
喫緊の問題? そんなの特に思い当たらないが。予鈴が鳴ってから教室に戻っても授業には十分間に合う。
「放課後の話――生徒会の話だよ。彼女らの呼び出しをこれだけ無視してるんだ、向こうだって実力行使で来ると思うんだけど、それに対してどう対処するつもりだい? 正門も裏門も当然押さえられるだろうし、仮にそれを掻い潜ったところで問題は明日に持ち越されるだけだ。そんなことをするくらいなら素直に応じた方がまだ良かっただろうに」
言われてみればその通りだった。というか、言われる前からその通りにすべきだった。
本当になんで逃げたんだろうか。今更出頭したところで、いい顔はされないだろう。
「そこでどうだろう。私と取引しないかい? 応じてくれるなら生徒会には私から話を付けておくよ。ついでにきみがテロリスト扱いされてる件についても、それとなくだけど悪くならない様に手を回しておこう」
「なんでそこまで知ってんだよ」
「テロリストの噂は大人の間にも広まってるからね。信じてる先生もいるくらいだ」
「本当にどうなってんだよこの学校は」
「生徒と魔法を信じるメルヘンな大人とどっちがマシかは考えものだけどね」
「生徒をメルヘンの括りにするな」
生徒はファンタジーでもなきゃメルヘンでもない。
俺はため息をつき、冷めかけたコーヒーを口にした。
「それで、取引ってのは何なんだよ」
「簡単だよ。腕木奏――彼女の面倒をもう少し見てほしい。それだけさ」
「そんなの、それこそ先生や親の役目だろ」
「相変わらず意地が悪いねえきみは。おおよそ察しがついてるだろうに」
「煙に巻いて都合よく話を進めようとするな」
「おっと、さすがに気付かれたか」
悪びれもせずぺろりと舌を出した。大人がやる仕草じゃない。
「なに、彼女がまた魔法を暴発させないよう、学校にいる間だけでも目をかけてやってほしくてね」
「何言ってんだ、昨日のは単なる事故だろ? というか、それとは関係なしに腕木に迷惑だろ。学校でテロリスト扱いされてる人間が気にかけてるなんて、それだけで虐めの火種になりかねん」
「……きみは本当にデリカシーが無い男だね。それとも気が利かないだけなのかな」
「何で取引持ち掛けてきた人間がそこまでこき下ろすんだよ」
「自分の眼をここまで疑ったのは初めてだよ」
言いも言ったりだな。本当にその眼鏡、指紋だらけにしてやろうか。
「きみはもう少し、女の子の気持ちを考えることに時間を割くことを勧めるよ。そうすれば今よりも充実したスクールライフ送れるはずだ」
「むしろ昨日までより下があるなんて、俺は思ってもみなかったけどな」
「さっきはああ言ったけど、実際のところテロリストの噂なんて大したことはないよ。爆発が原因じゃないってのは現場を見ればすぐに分かることだし。きみが時の人だからこそ騒ぎになってるだけで、他の生徒なら英雄だろうさ。だから風化するのもあっという間だろうさ」
二発目が無ければね。と、紅橋先生はさらりと恐ろしい事を言ってのけた。
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