It Was a Good Day

川上いむれ

第1話

 私はビルの2階から出て、外付けの階段を降りて街路に出た。またも空振りだ。私は3日前にとある女性から行方不明となった夫の行方を捜す依頼を受けていた。クイーンズとブルックリンの安ホテルやモーテルを渡り歩いてその男が逗留していないか探し回ったが、どこにもいなかった。

 私はニューヨーク市クイーンズ区に事務所を置いている私立探偵だ。南側サウスサイドに比べて多少「お行儀のいい」北側に私の事務所はある。日雇い労働者から裕福な紳士まで依頼者の階級は多岐にわたる。


 私はあきらめて事務所に戻ることにした。どうせ件の夫はハワイにでも高飛びしているに違いない。珍しくもない「事件」だ。今度からは離婚問題は取り扱わないようにしよう。事務所のドアに貼り紙をしておかなければ…。

 雑居ビルの4階に私の事務所はある。郵便受けを確認し、中身を全てゴミ箱に放り込む。さて、依頼者から受け取った前金は返す必要があるな。成功しなかった依頼でカネを貰うわけにもいかない。


 ドアを開けた時、待ち合い室に誰かがいるのに気づいた。派手な格子縞のスーツを着た40代とおぼしき男だ。やれやれ、また次の依頼者だ。

「君が、ここの探偵かね?ずいぶん若く見えるな」

「皆さんそうおっしゃいますよ。どうぞ中にお入りください」


 私は彼を事務所の応接部屋に案内した。

「飲み物はいかがですか?といってもコーヒーしかありませんが」

「酒は置いていないのか?」

 やれやれ、私は仕事中はでいる主義だ。

「酒はありません。昼間から飲んだくれている私立探偵なんてくだらない推理小説と映画の中にしかいませんよ」

 くっくっくと笑う依頼者。私の口ぶりが気に入ったようだ。

「ならコーヒーをいただこうか。ずいぶんはっきりと物を言うんだな、君は」

 私は彼の前にソーサーとコーヒーカップを置く。カップを口元に運び一口飲む男。そしてカップをソーサーに戻す。

「さて、さっそくだが仕事の話に入らせていただこうか…。その前に私は君をなんと呼べばいい?」

「ジェームズ・ブラックハウンド。JBとお呼びください」


 男はトム・ハワードと名乗った。ポケットから1枚の写真取り出して私のところにスライドさせる。

「君はAR・ジョーンズという名前を知っているかね?」

 写真にはひげ面の太った男が写っている。ある種の男たちに特有の険のある目が印象に残った。

「名前ぐらいは聞いたことがありますよ。フィラデルフィアを仕切っているならず者でしょう」

「その通りだ。この男がジョーンズだよ。奴は最近FBIに身柄を挙げられた。保釈を拒否されて今も監獄の中だ」

 声を潜める男。まるでそのジョーンズや連邦警察の連中がこの部屋にいるかのように。

「ところで君は奴をならず者と言ったが、そんな程度のものじゃない。奴は正真正銘の麻薬王だった。山のようにクラックとコカインを東部にバラまいていやがったんだ」

「それで?」

「奴は1千万ドルとも言われる財産を築いた。ところが、だ。FBIが奴を捕らえた時、奴の手元と身の回りにはその三分の一の金しかなかった。」

「やっかいな話になっていきそうですね」

 ハワードはうなずいた。

「ここでもう一人の男が絡んでくるわけだ。」

 彼はそう言ってもう一枚の写真を取り出し私の方によこした。そこには髪を短く刈り上げた浅黒い肌の男が写っていた。歳はまだ若い。

「こいつがこの物語の重要人物だ。本名は知らないが裏社会での通り名は『ノー・シュガー』だ。こいつがジョーンズの財産の内200万ドルを持ち逃げしたとは見ている」

「お話はだいたい分かりました。つまり…」

「そうだ、私はきみにこの男と200万ドルの行方を追ってもらいたい」

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