星を待つ街。

パ・ラー・アブラハティ

流星群

 星、空に浮かぶ天然の街灯。雲の合間から漏れた優しい光は、暗くなった街並みを照らす。


 少し声を出すだけで星までに届きそうな静寂は砂利を踏む音だけを奏でる。 寝静まった街を私は一人で歩いていた。


 生温い風が頬を撫でると、君の優しさを思いだす。空を見ると、ポツンと浮かぶ満月が目を貫く。


 思えば、この季節になるといつもここに来ている気がする。きっと、ありはしない事象が起きてくれないかと心の底で願っているからだろう。


 神様に願った回数も、枕を濡らした回数も、それらは全てはありはしないことを願ったことの回数で、両手で数えることが出来る数字はとっくの昔に通り過ぎていた。それでも、心に残るわだかまりと未練は絶えることはなく、ずっとそこに残っている。


 星が近くにある存在に見えて、実は遠くにあって手では届かない存在のように、君の存在も私にとっては近くにあるのに、手では届かない存在となってしまった。


 もしもがあれば君に言いたい言葉が一つだけあるんだ。


 思いに耽っていると足元に謎の物体が転がってきて、コツンと指先に当たる。手に取ってみるとカメラの望遠レンズだった。


 ここに人がいるのは珍しい、と思いながら持ち主を探していると、私の目に映るのは有り得ない存在であった。


「あ、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに私に謝る少女に心が激しく動悸する。冷静を装いながらカメラの望遠レンズを渡す。


「大丈夫ですよ、これどうぞ」


 月明かりに照らされる少女の姿は、私の脳裏に焼き付いている君に重なる。すらっとしている鼻筋に、ほんの少しだけふっくらとしている頬。誰かを責めようとしない優しい瞳。


 あまりにも似すぎている。ずっと会いたいと、一目見たいと願っていた姿に酷似しすぎている。でも、そんなわけはない。君はもう存在していないのだから。きっと、そうきっと他人の空似だろう。


 頭ではそう思うけど、心は乖離する。震える手に熱くなる目頭、塞き止められないしずく。


「あ、え、だ、大丈夫ですか?」


 少女は情けない姿を見せる私にそっとハンカチを渡してくれる。この温もりを、優しさを私は知っている。


「あぁ、いや大丈夫だよ。情けない姿を見せたね」


「いえ。あ、カメラのレンズありがとうございます。これが無いと星が綺麗に撮れなくて」


「……星、綺麗ですよね。ここ」


「はい、ここは綺麗に星が見えて最高の場所です。なんていうか、天然のプラネタリウムみたいな?」


 少女が何気なく漂わせる言葉。重なる在りし日の君の姿。


 私と君が出会った時、君も似たようなことを言っていた。


『ここは綺麗に星が見れて、私の好きな場所なんですよ。なんていうか、天然のプラネタリウム?』


 脳の図書に保管されていた君の声が再生される。随分と昔に古ぼけて思い出せなかった声が鮮明に体を駆け巡る。


「天然のプラネタリウム……そうか。君もここをそう思っているんだね」


「えっと、貴方も星が好きで?」


「私がというよりかは、私の好きだった人が星が好きでね。よく着いてきて一緒に星を見ていた。それに感化されて、少しだけ勉強したりもしたけど今はもう忘れてしまったよ」


 私は星が好きではなかったが君に会いたいから、一緒にいたいからという理由だけで星を見に来ていた。


 でも、君がいつも楽しそうに星の話をするから少しだけ勉強をした。そんなにも夢中になっている正体を知りたかったから。君の話についていきたかったから。けど、君が星になってしまったから私は筆を置いた。段ボールに本を詰めて、奥の奥にしまって。


 けど、いま私の奥に仕舞われていた感情が息吹をあげて、過去を掘り起こす。


「今その人は?」


「星になってしまったよ。星を見に行こうと伝える前に、自分が星になることは無かったのにね……」


 私は軽く笑いながら少女の問いに答える。


「あ、ごめんなさい。そうとは知らずに私」


「いや、こちらこそ気を遣わせるようなこと言って申し訳ない。知らないことを配慮するなんて無理なんだから気にしないでくれ」


 しばしの沈黙が少女と私の間に流れる。さぁぁっ、と草を揺らす風が静かに吹く。宙に浮かぶ星はずっと輝いている。雲がほんの少し月を覆い隠す。私は夜も深まってきたから、そろそろお暇しようかと立ち上がる。


「じゃあ、私はこれで。君も早く帰った方がいい、親御さんが心配するだろう」


「……そうですね。もう少しだけ、あとほんの少しだけここに残ります。あの、会えて、良かったです」


「そう、あまり遅くならないようにね。じゃあ、また」


 私は少女にそう言い残して、あの場所を去った。


 しかし、本当に不思議な体験だった。あれ程までに君に似ている人がこの世界に存在していたとは。だが、私が待ち望んでいる君は居ないのだから、幻想に囚われすぎて見た幻覚だとでも思おう。


「……今日は月が目に染みるな」


 私はいつまでも君という星をこの街で待つ。来ることがないと分かっていても。

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星を待つ街。 パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482

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