第☁話 王子様と勉強会【中編】
気を取り直して課題を片付け、さらにここ数週間で遅れてしまった分の復習をこなしていると、オレはなんとなく背中に視線を感じて振り向いた。
「……?」
「どうしたんだい?」
「いや、なんでもない」
集中力が切れてきたのか? それとも苦手な英語をやっているから逃避したくなった?
王子様のベッドの方から、何か視線を感じた。
「……そこ、スペルが間違っているよ」
「む、ホントだ。さんきゅ」
王子様に指摘されて、単語を書き直して改めてテキストに向き合う。
まぁ、いっか。
王子様は疾っくのとうに課題なんぞ終わらせて、随分前から何をするでもなくオレを眺めていた。その視線からは湿ったものを感じずにはいられないが今更だろう。
とはいえ、さっきからオレが行き詰るとアドバイスしたり、ミスを指摘してくれるのでとてもありがたい。
……まぁ、王子様に見られるのには慣れている。今は好きなようにさせておこう。
そも、王子様には復習なんて必要ない。オレに付き合ってくれているだけだ。責任の一端は自分にある、とか考えているのかもしれない。それに関しては、己を律せなかったオレの責任の方が大きいんだろうが、王子様の誘惑の仕方がえげつなかったのは事実だ。
学園にいる間は放課後への準備と言わんばかりの攻勢だ。
十代の青い性欲を刺激するなんてのは、パンチラ一つで事足りるのに、王子様からの誘惑はその程度の枠には収まらない。
毎日のパンツ報告は相変わらず。
……朝、オレの部屋で報告してくるものだから、人目もないし、正面からスカートの端を咥えて……なんてされたら、暴走するのも無理からぬことだろう。
学園では人気のない所に行きたがる。
周りの視線がないところでキスをねだる。
胸を押し付けてくる。
首筋を舐める。
耳を甘噛みする。
お互いの家の前で別れようとすると、服を掴んで離さない。
などなど、直接攻撃と近接攻撃が多すぎなのだ。
これでは流石に授業に集中できるはずもなく。
ともかく今は、四苦八苦しながらテキストを復習する。大きく遅れたわけではないので、なんとかなりそうだ。王子様の助力もでかい。
この分なら今日中には遅れた分は取り戻せそうか?
その後も黙々とテキストを進める。王子様の取ったノートも見せてもらっているのだが、テキストでオレが躓いたところには必ず注釈が付いていて、オレが理解できるように解説が入っている。
コイツはどこまで先読みしているんだ?
「キミは語学が苦手だからね。
詰まりそうなポイントは補足してある。
まぁ、キミが英語圏の人間に話しかけられてもボクが通訳するから問題ないよ」
「海外旅行にはあんまり興味はないが、成績は落としたくない」
「よい心がけだね」
王子様に成績で勝てないのは別に良いんだが、あんまりにも差があるのもカレシとしてどうかと思う。
まぁ、ケチなプライドだがオレにとっては大切なことだ。
「このペースなら夕方を待たずに終わりそうだね」
「そうな。ホントに助かった。
オマエのおかげだ。
今度、なんか奢らせてくれ」
「最近奢ってもらってばかりだからね。
別にいいんだけど……
それにキミと一緒にいる時間はご褒美みたいなものさ!」
それだけ借りがあるし、ご褒美と言われても四六時中一緒にいるのでいまいち感謝を伝えきれてないように思う。
「うーん、それじゃあ、さっさと復習なんて終わらせてくれよ。
……その、そうしたら、ね?」
「お、おう!」
王子様の瞳が潤んでいるように見えたのは気のせいじゃないだろう。
今日は課題と復習を優先するというだけで、そのつもりがなかったかと言えば……
いやいや、もちろん課題も復習も終わらなければ、するつもりなんてなかったぞ。
ただ、心持ち一生懸命課題に取り組んだし、普段よりも集中力は格段に高かったし、明らかに効率よく復習に打ち込んだ自覚はある。
そのあたりは王子様も見ていて感じたのか、ちょっかいはいつもより少なめだった(ないとは言っていない)
そこからの集中力はかつてないほど高まった。
王子様もオレへの悪戯は控えて、ミスの指摘や助言のみ。あとは湿りきった視線でオレの姿を眺めていただけだった。
昼飯の時間すら惜しんで、王子様の用意したサンドイッチを食べさせてもらいつつ、目標に向かって邁進する。
「はい、あーん」
「あーん」
「美味しいかい?」
「美味い」
「はい、次はオレンジジュースだ」
「んー」
……王子様に物を食べさせてもらうことに最早抵抗すら感じない。
王子様は何やら陶酔した目をしていたが、オレには気にしている暇はなかった
まるで目の前にぶら下げられた人参に向かって走るマヌケな競走馬のようだ。
ひたすらテキストに向かい合い、ようやくゴールが見えてきた。
「うん、満点だ!
これなら問題ないね。
おつかれさま」
「ああ、さんきゅ。
……疲れた」
オレはテーブルに突っ伏す。
最後に王子様が用意してくれていた小テストを行なって、本日の勉強会は終了した。
時刻は3時ジャスト。
予定よりも3時間くらい短縮できたな。夕食前に終われば御の字だと思っていたのに。
「ふふ、すごい集中力だったね」
「ああ、我ながらよくやった」
「うん、ボクがシャツを捲ってブラジャーを見せていたのに、まったく気がついてくれなかったよ」
「マジで!?」
それは惜しいことをした……じゃなくて、コイツは人が真面目に勉強してるのに何をしているんだよ!
「うん。
でも、これから見られるよ?」
「あ、う、お、おう!」
王子様がオレの隣にすり寄ってきた。
いつものようにオレの首筋に顔を近づけて、すんすんとにおいを確認する。
「……はぁ、三日ぶりだ」
鼻先をこすり付けんばかりだが、学園でもどこでもことあるごとに匂いは確認してなかったか?
オレはオレで突然のことに緊張してきた。未だに慣れない。近づいてきた王子様を急に意識してしまい心臓が高鳴る。
ふわりと、王子様の甘い体臭を感じて顔面が熱くなる。
「ずっと我慢してたから、すごく……すごく良い」
ああ、三日ぶりってそっちのことか。
「このまま……いいか?」
「もちろんだ。
夕餉までに5、6回はできるかな?」
無茶言うな!
「まぁ、急く必要はないか。
勉強会を土曜日に設定したのは、つまりそういうことだろう?」
「……」
次の日が休みなら、いろいろと安心だ。
オレは王子様のきれいな額に唇を付ける。
それが合図になったかのように、王子様がオレの首筋から顔を離して、上目遣いで覗き込んできた。
そして、そのままオレと王子様の顔は近づいていき――
「……っ」
「……ん? どうしたんだい?」
思わず身を固くしてしまった。
なんだ?
また、ベッドの方から視線を感じたんだが……
ちらりと背後を確認するが、当たり前だが誰もいない。
「隠しカメラとかある?」
「いや、この部屋にはない」
この部屋ではない部屋には隠しカメラがあるという意味でいいんだろうか。
「キミはいったいボクをなんだと思っているんだい?」
王子様はほっぺたを膨らませて不満を伝えてくる。可愛い仕草ではあるが、前科のあるヤツが言っても説得力はないぞ。
まだ、オレの部屋のカメラ、外せてないし。
「まったく、キミとのハメ撮りを撮影するんなら、隠しカメラを使うわけないだろう。
最低でも8Kカメラが必要だね。
マイクや照明などの機材も大事だ!」
「言い方!」
あとそういう意味じゃねぇよ!
「む?
……あぁ、なるほど。
スマホでの撮影の方がリアル感があって良いということかな?
なかなかマニアックだ」
「ちがうわっ!」
このままでは話が進まない。
せっかくいい雰囲気になりかけたが、気になるものはしょうがない。
大体何が原因かも見当がついている。
オレはいったん王子様から離れて、ベッドへ向かった。
「うん?
確かにベッドでも良いけど、流れを断ち切るほどのことでは……」
王子様が不思議そうについてくる。オレはベッドに片膝をついて問題のブツを取り上げた。
「あぁ、なるほど。
そのヌイグルミが気になっていたわけか」
「なんかやたらと視線を感じる」
「うーん、特に何の仕掛けもない、普通のヌイグルミなんだけど……
ヌイグルミに慣れてない人だとそんなものなのかな?」
オレはベッドに座りなおし、持っていたヌイグルミをまじまじと観察してみた。
おそらく手作り。器用なもんだ。目立った汚れなどはないが、それなりに経年劣化のようなものは見ることができる。
まぁ、付喪神になるにはまだまだ新しい。
王子様もオレに習って隣に座る。距離が近いのは言わずもがな。王子様の肩が触れ、高めの体温がオレへと伝わってくる。
オレのふとももに手を添えて優しく撫で、さらに足まで絡ませて限界まで密着する面積を増やしてきた。
「もちろん、キミが察した通り、それはキミを模してボクが自作した物だよ。
まだ、キミとボクが結ばれる前に、寂しいときには抱いて眠ったりもした」
王子様の情念でも宿ってしまったのかな?
でもまぁ、オレのカタチをしたヌイグルミを抱いて寝る王子様を想像してみれば、なかなか萌える絵面かもしれない。
そういえば、王子様は寝る時どんな格好してるんだろう?
パジャマ? 今みたいなTシャツに短パン? ネグリジェとか?
「そのヌイグルミはキミに待たされた間、ボクの無聊を慰めてくれたんだ。
ちなみに初代は八年前に作ったものだから、これで4代目だ」
「……ちなみに引退した3体のヌイグルミは?」
「もちろん有名な神社でお焚き上げしてもらったよ?」
え? オレのヌイグルミが燃やされたの!?
「そうだ!
ちょうどいいからそのヌイグルミにキミの匂いを擦り付けておいてくれないか?
しばらく貸し出すから毎晩抱っこして寝てあげてくれ!」
「やだよ!」
オレみたいな男がヌイグルミを抱いて寝る絵面とかきつすぎるわ!
……まぁ、王子様の匂いが染み付いたヌイグルミが枕元にあるのは良いかもしれないな。
「なにか今良からぬことを想像しなかったかい?」
「そんなことないぞ」
「まぁ、言われてみれば確かにもう必要ないよね?
だって、もしもボクが一人で寝るのが寂しいと言ったらキミが駆けつけてくれるだろう?」
悪戯っぽく笑いながら王子様は問いかけてくるが、おそらく本気だ。
オレが行くのを渋ったら、王子様から乗り込んできそう。
「オレとオマエの親が居ないときならな」
「うん!
そのあたりが妥協点かな?
本当は毎日でも同衾したいんだけど……」
学生のうちは節度を保つための線引きも大事だ。
だいぶ甘い線引きだし、時と場合によっては曖昧になりそう。
それでも何か決めておかないと、オレと王子様では際限がなくなってしまう。
まだ付き合い始めたばかりであったし、王子様には悲願の達成であったし、オレにとっては自分の気持ちに素直になれたわけだし、歯止めが効かなくなってしまったのは仕方がなかったことと言える。
しかし、いくらなんでも辺り構わず、委細問わず、手当たり次第、無分別かつ好き放題にイチャつきすぎた。
王子様は人の目を気にすることなく、むしろ目立つように立ち回ってオレが困っているのを楽しんでいる節があったし、オレはオレで二人きりになると王子様の望むままに、さらに楽しまれた分やり返してしまう……という感じでお互いの行動でエスカレートしてしまったのだ。
その結果に歯止めを掛けるために行ったのが、今日の勉強会なのだ。
王子様がオレからヌイグルミを取り上げて、わざわざ壁側を向かせて置いた。
「さぁ、これで憂いもなくなっただろう?」
「そうだな。なんか神経質になってたかも」
「どうしたんだろうね?
溜めすぎかな?
キミの性欲管理をすると言っていた手前申し訳なく思うよ?」
「え!? アレって本気だったのっ?」
「当たり前だろう?
浮気なんてする気が起きないように常に性欲はボクの制御下に置いておかないといけない」
浮気なんてする気はさらさらないが……オマエが言う浮気って、AV見ただけで浮気認定だろ? ちょっと厳しすぎない?
「む、不満があるなら言ってくれよ。
ボクはキミの彼女としてカレシの欲求不満を解消する義務があると思っているんだ。
……ア、アブノーマルなプレイも視野に入れよう!」
「ま、まだ早いからっ!」
「……まだ?」
「あ……いや、その……」
しまった! 本音が漏れてしまった。
それはともかく、ただ禁止されているという事実が……
率先して見る気はもうないけど。
「だったら問題ないね。
でもまぁ、そうだね……
ボクと一緒に鑑賞するんだったら許してあげよう。
いろんなプレイを知る機会も必要かもしれない」
「それはなかなか……」
カノジョと一緒にAV鑑賞か。なかなか良い……かも?
「あぁ、でもたたせたらボクは何をするかわからないよ?」
こ、怖すぎる。
ホントに何をするか判らないところが恐ろしい。薬くらい普通に盛ってくるし(前科アリ)
「た、たってしまったとしても、それはオマエと一緒にすることを想像してしまっただけだから」
「ふふ、うまい言い訳だね?
そんなこと言われてしまったらボクとしては見逃すしかないかな?」
おお、これはなかなか良い感じに躱せたんじゃないか? コンテンツの所持さえ認めさせてしまえば、あとはどうとでも……
「……なにか
「ソンナコトナイゾ」
王子様はオレの耳裏あたりに顔を寄せて、すんすんと匂いを確認した。
「嘘は言っていないようだけど……えっちなコンテンツはボクが管理するからね?
あぁ、もちろん選ぶのはキミがしても構わないよ?
カレシの性癖を知る良い機会だね?
まぁ、だいたい把握しているけど、変化はあるかもしれない」
「あ、はい……」
に、匂いでも嘘を判別してる!?
くっ!? コイツに管理されてしまっては、自由な視聴できないじゃないか。オレのコレクションを押さえられてしまった弱みがなかなか挽回できない。
「まったく……
キミはいったいどんなアブノーマルなコンテンツをボクと一緒に見るつもりだい?
しかもあまつさえボクにそのプレイを強要するだなんて……」
「あ、ああ、アブノーマルじゃないし!」
「でも、キミの一番好きなジャンルはア……うわっ!?」
オレの性癖が開陳される前に、王子様を押し倒した。
クイーンサイズのベッドはスプリングも高級品のようだ。王子様の身体を柔らかく受け止める。
そのまま王子様の両手の手首を掴んで、身動きできないように押さえつける。
乱暴なようだがここ数週間で知った、これが王子様の好みだ。
「続き……しよう?
したい……」
少しばかり神経質になっていたオレのせいで、王子様を焦らしてしまった。
そのせいか、王子様の瞳が熱っぽく濡れていた。
控えめに言っても……エロすぎる。
「目がえっちになってるよ?」
「ああ、すげー興奮してるからな」
「うん、ボクも……」
王子様がしとやかに目を閉じて、オレを誘ってきた。
もう言葉はいらないな。
クイーンサイズのベッドがギシリと音を鳴らして、オレと王子様の唇は静かに重なった。
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