黒髪ショートカット王子様系幼馴染のオレへの執着が怖……かった!

栗井無牌太郎

第☁話 王子様と勉強会【前編】

『黒髪ショートカット王子様系幼馴染のオレへの執着が怖い!』

の後日談になります。

是非下記URLより本編をお読みになってから読んでいただければ嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16818622171057163221



 窓から入ってくる風に、少しだけ湿り気が混ざり始めた頃。早朝ではあるが、本日は薄曇りだ。雨も降るかもしれない。


 出かけるには憂鬱な天気だが、今日のオレにはあんまり関係がなかった。


 初夏も終わりかけ、入学当初の浮ついていた空気もすっかり消え去り学園生活も落ち着き始めた頃だ。

 

 まぁ、オレは……オレと王子様は落ち着くどころか、さらなる浮つき要素というか桃色空気というか、人生を左右する出来事があったわけだが。


 王子様に言わせると、


「遅いか早いかの違いしかないよ。いずれおきた確定事項だ!」


 とのことだ。


 オレと王子様が付き合い始めて数週間。


 クラスの連中は落ち着き始めたが、まだ学園内では噂が噂を呼び、あることないこと飛び交っていた。だが、オレも王子様ももう気にするのをやめていた。


 王子様はともかくオレの身がもたん。


 オレは生まれてこの方、何かの中心になるようなことなどなかったし、人の注視を受けるような立場になったこともないのだ。


 いくらオレが王子様にしか興味がないとはいえ、好奇の視線とか敵意とかにずっとさらされていたら気疲れもする。


 王子様は注目に慣れているのか、それほど苦ではなさそうなのがなんとも……


 それどころか王子様は喜々として周りに見せつけるように振る舞うのだから、オレの気疲れも増そうというものだ。


 昼飯のときに「あーん」とか普通にやってくる。


 オレにも、まんざらでもないという思いはあるのは確かだが、さすがに教室でやるのはハードルが高すぎるわい!


 今日は休日だし、場所は王子様の部屋なので多少のことなら構わんのだが。


 そうも言っていられない事情がある。なぜなら課題をこなさなければならないのだ。


 オレと王子様は小洒落た白いローテーブルにノートを広げて課題をこなしていた。


 数学、物理、そして英語。


 科目数が多いし、各科目には量もそれなりにある。


 二時間ほど集中してこなしていたが、だんだんと気持ちが散漫になってきた。


 そろそろ休憩をいれてもいいかもしれない。


「なんか湿っぽいな」


「ああ、そろそろ梅雨入りだろうからね。

 エアコンつけるかい?」


「いや、そこまでじゃない」


「ふむ」


 王子様は少しだけ考え込んでから、ほがらかな笑顔を浮かべた。


「なるほど、湿気でしっとりと汗ばんだ肌で密着するというのも、それはそれで良いかもしれないね。

 ねっとりべったり汗だくえっちってわけだ!」


「違うわっ!」


 今日はセッ……それが目的ではないのだ!


 まずは溜まってしまった課題をきっちり終わらせなければならない。


「溜まってしまったモノも出した方がよくないかい?」


「う……」


 薄く笑う王子様の艶やかな唇から目を離せない。


 いつかのタンクトップではないが、Tシャツに薄手のカーディガン、生足全開のショートパンツ。


 王子様はクッションをお腹のあたりに抱えながら勉強をしているんだが、胸が強調されてしまって、オレとしては目のやり場に困る。


 そんなつもりはないのかもしれないが、オレを誘惑しているようにしか思えないのだ。


 王子様からの軽いお誘いにぐらりと負けそうになるが、今日はさすがにまずい。


 オレの葛藤を察したのか王子様の方から切り出してきた。


「ふふ、わかっているよ。

 今日は課題と復習をしないといけないよね。

 ボクはともかくキミを落第させるわけにはいかない」


 オマエなら復習なんてやらなくてもテストは楽勝だろうが、こっちはそうもいかないのだ。


 流石にこの数週間、王子様とは、その、なんだ……致しすぎてしまった。


 課題なんてそっちのけ。頭の片隅に登ることもなかったほどだ。


 覚えたては猿になる、なんて聞いたことはあったが、まさかオレと王子様にも当てはまるとは……


 一緒に登校するようになったのも影響が大きいかもしれない。


 嬉し恥ずかし、手を繋ぐのにも恐る恐る緊張して……なんてことは一切なく、オレの腕をきっちりと掴まえ、あまつさえ王子様の大きな胸の谷間にすっぽりと収まるように腕を組んで、さらにオレの肩に頭を乗せてくる。


 学校が近くなると開放してくれるのがせめてもの救いだ。


 王子様、曰く、


「まだ、教師に目をつけられるわけにはいかないからね。

 しょうがないから我慢するよ。

 もう少しだけ待ってくれ。

 五月蝿い教師を黙らせる方法は目星がついている」


 オレは何も言えず、ただ絶句するしかなかった。


 まぁ、それは一旦棚上げしておくが、兎にも角にもオレと王子様の生活が、青少年には相応しくない――ある意味、青少年らしく乱れてしまったのだ。


 幼馴染に起こしてもらって朝から……なんて夢のようなシチュエーションもあったりした。


 仕事人間な親は、オレのことなどほったらかしで朝早くから出勤してしまう。王子様は一体どうやってオレの家に入ったのか?


 合鍵を渡した覚えはないんだが、王子様の行動力からしたら今更些細なことだろう。


 ちなみに王子様の家への出入りは、鍵、カードキー、暗証番号、顔認証、虹彩認証、指紋認証、スマホアプリでの解錠となんでもござれで、オレの顔と虹彩と指紋は登録済みだった。


 リボン付きで鍵とカードキーをプレゼントされ、暗証番号も教えてもらった。


「鍵は予備として部屋の引き出しにでもしまっておくといいよ。

 カードキーは財布にでも入れておいてくれ。

 普段は顔認証でも指紋認証でも解錠できるようにしておくから便利だ!

 あぁ、来るときは自由に入ってくれて構わない。

 でも、帰るときはボクにさよならのちゅーをしてくれないと開かないかもしれないね」


 いたずらっぽく言っていたんだが、ホントに開かなかった。


 通りゃんせか!


 他にも、放課後といえば王子様への告白タイムがあったりで帰宅までに時間がかかってしまっていたのだが、付き合い始めてからは、そのあたりは上手いこと時短させて、さっさと一緒に帰宅してそのままオレの部屋で……なんて当たり前になってしまった。


 そんな感じで数週間。


 やっつけ仕事で課題をこなし、授業の理解度が若干下がったことを自覚したところで、オレ自身ヤバいと感じて王子様に一旦ストップを掛けた。


 王子様の反応が予測不能で怖かったのは内緒だ。


 しかし、王子様も不満を表すことなく、課題をきっちり片付け遅れた分の学習範囲は教えよう、ということでこの度の休日は、遊びに行くこともなく、1日中致すこともなく、課題と復習のための勉強会を開くことになったのだ。


 とはいえ、集中力が切れてしまった。


 オレはシャープペンを置いて、そのまま後ろに倒れ込んだ。柔らかなラグが背中を受け止めてくれるが、湿気のせいで若干鬱陶しい。


「膝枕をしてあげようか?」


「小休止だからいらん」


 でないと、むらむらしちゃうからな!


 オレはスマホを操作してタイマーを設定する。時間は20分だ。


「むぅ……」


 王子様は不満そうではあるが、無理矢理な行動に出ることはなかった。


「じゃあ、コーヒーを淹れてきてあげよう」


「頼む。いつもどおり……」


「ふふ、わかってるよ。ブラックだね」


 オレが最後まで言い終わる前に察して、王子様は立ち上がる。


「ついでになにかお茶請けも持ってこよう」


 と、言ってドアを開けて部屋から出ていった。


「ああ、そうだ。

 ボクのパンツはクローゼットの引き出しの上から二段目だ。

 ブラはその下。

 ここで使うなり持って帰って使うなりしてくれて構わない」


「オレが構うわッ!」


 入口から顔だけ出して、いらん事を言ってから今度こそ階下へ降りていった。


 正直興味津々だし、どんなモノを持っているのか気にはなる。


 それに、ここ三日ほどオレの波動砲エネルギーは充填されているので、悶々とはしているのだ。


 実に久々の充填期間である。


 しかし、どこにどんなものが仕掛けられているかわからんしな、この部屋。


 オレの部屋にこっそりと仕掛けられていた監視カメラを思い出して、オレは下着を物色したい気持ちをぐっと堪えた。

 

 そもそも冷静に考えたら、いくら付き合っているとはいえ、カノジョの下着を物色するとかありえないのでは?


 でも、王子様なら高確率で喜びそうではある。そしてそれを見つけたら嬉しそうにからかってくるのだ。


 そういえば、王子様の部屋に入ったのは何年ぶりか。


 課題をどこでやろうかと、王子様に話していたら誘われたのだ。


 最初は躊躇していたのだが、王子様からじっと見つめられ、無言の圧力にオレが折れた。


 まぁ、よく考えなくても、オレと王子様はもう付き合っているのだ。


 カノジョの部屋に行くことくらい普通にあるだろう。しかも王子様とはそもそも幼馴染なのだ。数年ぶりに遊びに行くなんて気軽にやっていいことだ!


 オレは自分にそう言い聞かせて、納得させて、恐る恐る王子様の部屋を訪れたのだ。


 例の部屋のように壁一面にびっしりオレの写真とか貼ってあったらと思うと……


 実際、部屋を訪れてみたところ、至って普通の部屋というか王子様のイメージ通りの部屋というか、清潔感のある女の子らしい部屋だった。





 部屋の中を見てオレが思わず、ホッと安堵の息をついたところ、いつの間にか背後に回っていた王子様に肩を叩かれた。ビクっとなって振り向くと、オレへと綺麗に笑いかける王子様。


「さぁ、入ってくれよ。

 三年七ヶ月と三日ぶりだね?

 昔とは全然違うだろう?

 ちょっと恥ずかしいけど、初めて恋人を部屋に入れるってのはこんな感じなのかな?

 遠慮なんかしないで座ってくれないか?」


「お、おう」


 オレは王子様の言う通り遠慮なく座った。


 正座で。


 背筋をビシッと伸ばして。


「おやおや、どうしたんだい?

 緊張してしまっているのかな?

 ふふ、恋人になって初めてボクの部屋に入るんだ。それも仕方ないかもしれないね?

 でも、これからは昔のように、ちょくちょく遊びに来てくれるよね?

 いや……」


 数週間ぶりに王子様の黒々としていて、深く濃く、底なしに沈み込んだ瞳で見つめられた。


「入り浸ってくれるよね?」


「……はい」




 オレからの言質を取れたのが嬉しかったのか、王子様は不穏な気配を引っ込める。


 オレの隣に……隣と言うには近づきすぎなくらいの場所に座り、オレの正座した太ももに触れてきた。表情を見れば、ホントに嬉しそうだ。はしゃいでいるように見える。


 何年か前にオレが置いていった某四駆のおもちゃを見せてきたり、一緒に作ったプラモデルをまだ持っていたり、小学生のときの工作の時間にオレが作った紙粘土製の皿が出てきたり、捨てたはずの小学生の時の上履きを見せてきて、うっとりと思い出を語り始めたり……


 最後はともかく、子供の頃の思い出を話していたら、いつのまにか自然とリラックスできた。


 ……まぁ、王子様のこういう所も含めて好きなので、オレも大概だ。


 改めて、部屋の中を見回してみる。


 女子の部屋をじろじろ見るってのはあまり褒められた行為ではないかもしれないが、入り浸る許可まで出されてしまったのだから、構わないだろう。


 家自体が大きいので王子様の部屋もけっこう広い。京間で8畳くらいだろうか。


 オレの部屋の1.5倍くらいありそうだ。


 家具は統一感があり、白を基調としている。勉強用の机、今使っているテーブル、椅子も白い。オレが寝っ転がっているラグカーペットは少しグレーがかった白。カーテンは薄いベージュだ。


 窓がでかい。日当たりも良さそうだ。なんというか窓自体すごいかっこいいのだ。フレームがスリムでスタイリッシュ。


 所々にある小物は可愛らしく部屋に彩りを与えているが、これは王子様の好みとはちょっとズレている気がする。女子っぽい部屋を演出する意図が透けて見えるぞ。


 王子様の部屋なら天蓋付きのベッドがあってもイメージとしてはそこまで外れていないと思うが、置いてあったのはシンプルなベッドだった。


 ただし、クイーンサイズ。


「……」


 よからぬことが脳内を過ぎってしまったが、慌ててかき消す。


 べ、別にこのベッドだったら広くて二人で寝ても……なんて思ってないぞ。


 それよりももっと気になることがあった。


 しかも二つ!


 一つは枕。ハートマークの中に『YES!』と文字の入った定番のやつだ。これは狙ってやったんだろうが、普段からこれを使って寝てるのかは気になる。


 オレは起き上がり、その枕を手に取る。手触りは悪くない。柔らかい枕だがこのあたりは好みの範疇だろう。


 そして、オレはそのYES!枕を裏返した。


 そこには『OK!!』の文字。


 オレに逃げ道はないというのか。


 無言で枕を元の位置に戻して、オレは次に気になっていたYES!枕の隣においてあったヌイグルミを持ち上げた。


 ヌイグルミが枕元に置いてあるなんて可愛い所もあるじゃないか。


 ……と、思いたかったが、とてもじゃないがそんな考えには至らない。


 これがイヌとかクマとかのヌイグルミだったら、王子様の意外な一面にどきっとできたかもしれないが、そうはいかなかった。


 なんせ、そのヌイグルミ……というかデフォルメされた男の人型は、どんなに控えめに見てもオレの特徴を誇張して作ったオレをモデルにしたヌイグルミにしか見えなかった。


 目の部分は単なる模様のようなのでカメラ等が仕込まれていることもなさそうだ。重さも軽いし、中身も変に硬い部分などない。


 しかし、よくできている。縫製もしっかりしていて、生地の品質も高そうだ。


「……手作りっぽいな」


 大量生産品にはない、異常なこだわりが感じられた。


 このヌイグルミの腕を捻ったら、オレの腕に激痛が走るとかないよな?


 オレは恐る恐るヌイグルミの腕に力を籠めていき……


「ただいま。コーヒー淹れてきたよ」


「うおっ!?」


 いつの間にか王子様が戻ってきていた。


 びっくりしてヌイグルミを落としてしまった。


 頭から真っ逆さまに落下していくオレのヌイグルミ。


 一瞬の出来事ではあるが、オレにはスローモーションのように見えた。


 ベッドにバウンドして頭部がへこみ、大きく跳ね上がってから床に激突し、うつ伏せに倒れるヌイグルミ。


「……ふぅ」


 頭も首も痛くない。


 当たり前だ。ヌイグルミが落下した。それだけなのだ。オレに影響なんてあるはずがない。


 オレは落としてしまったヌイグルミを拾って、元の場所に戻した。


 何が嬉しいのか、そんなオレを王子様は机のプリント類を片付けながらにこやかに眺めていた。


「なんだ?」


「ん、別になんでもないさ。

 さぁ、おやつを食べよう」


 テーブルにはコーヒーカップが二つ。今日は珍しく王子様もブラックのようだ。


 お茶請けは某動物のビスケットだ。子供の頃よく食べたな。懐かしい。


「いただきます」


「はい、どうぞ」


 オレはテーブルの前にきちんと座り直して、早速コーヒーに口をつけた。


 美味い! コーヒーの香りも素晴らしい。


「すっげーいい香り。

 どこの?」


「うん、今日は久々に……本当に久々にキミがボクの部屋に来てくれたからね。

 奮発した。

 ブルーマウンテンだ。産地はジャマイカだね。

 説明の必要がないくらい王道のコーヒーだ」


「なるほど。

 初めて飲んだが、ホントに美味いな」


 コンビニコーヒーを美味いと言っていたが、これはレベルが違うな。もちろん値段も雲泥の差なんだろうが。苦みと酸味のバランスが絶妙だ。甘みも感じる。なめらかな口当たり、鼻に抜ける香りも軽やかで、飲み込んだあとのタンニンのエグみも一切残らない。


「ふぅ……」


 あまりの美味さに思わずため息が漏れてしまった。


「ふふ、その様子だと気に入ったみたいだね。

 なによりだよ」


 王子様が嬉しそうに言った。頬杖をついている仕草がなんとも可愛い。


 ちょっとアンニュイな雰囲気を出しながら、王子様はビスケットを一つ取り上げた。


「はい、あーん」


「……」


 ここにはオレと王子様の二人だけだ。周りの目を気にする必要もないし、遠慮する必要もない。


 オレはゴクリと喉を鳴らしてから口を開いた。


「あーん」


 オレの口へとビスケットが入れられた。舌の上に乗せられるキリンさん。そしてこの風味はこだわりのチーズ味だな。


「……」

「……」


 おい、いい加減指を離せ。


 王子様はオレの口の中から指を抜こうとせず、キリンさんを摘んだままだ。


「ういおああえ(指を離せ)」


「ん? 何を言っているかわからないね?

 さぁ、遠慮なく食べてくれよ」


「あああ、ういおああえ!(だから、指を離せ!)」


 王子様は笑顔を浮かべたまま、一向に指を離そうとしない。このままじゃ指ごと食べることになってしまうぞ。


「そうだ、ボクの指ごと舐めしゃぶってくれればいいんだ。

 さぁ、早く!」


 わかってんじゃねぇか!


「おえおおおおおおうあ(オレの心を読むな)」


 まぁ、いい。望み通り指ごといただいてやろう。


 オレは舌を使ってビスケットを奪い、その流れで王子様の爪へと舌を這わせる。つるつるとした感触が舌先から伝わってくる。続いて指先から、あえて第2関節まで舐めてから、オレは王子様の指から口を離した。


 ふむ、なかなか美味い!


 そして、王子様はうっとりしすぎ!


「あぁ、あぁ、キミはなんて破廉恥なマネをするんだい?

 指だけだってのに、危うくボクは気をやってしまうところだったよ?」


 知らんわ! と言いたいところだが、王子様の顔はうっすらと桜色。明らかに劣情を催した表情だ。


「まったく、キミはえっち過ぎるね。これでは押し倒されても文句は言えないよ」


「言ってろ。オマエが悪い」


「うん、ボクのせいで構わない。

 だから……」


 オレと王子様の視線が交わる。眼の前のコイツのことしか考えられない。それは王子様も同じようだ。とろんとした目は、もうオレ以外見えていない。


 ゆっくりとオレと王子様の顔が近づいていき――





 PiPiPi! PiPiPi! PiPiPi!





 アラーム音に邪魔された。


 オレも王子様もビクッと身体を震わせて止まってしまう。


 20分前のオレ、邪魔すんじゃねぇよっ! いや、違うナイス判断だ! だがちょっと待てせっかく良い雰囲気だったのに! いやいや、今日の目的は課題と復習であって……


 甲高い音にオレの動悸は跳ね上がり、脳内はパニック状態だ。


 理性ではファインプレーと思いつつも、本能はふざけんなっ!と叫んでいた。


「まったくキミの生真面目さにも困ったものだよ」


 王子様も恨めしそうだ。何かを抑え込むように自分の肩を抱いていた。


「あ、う……その、なんだ……すまん」


「まぁ、キミは悪くないね。

 まったくもって遺憾ではあるが」


 押し切ればこのまま続きもイケちゃいそうだが、なんとか理性的な行動ができた。


「悪かったって。

 ただ今日は……」


「わかっているよ。

 何度も言うがキミを落第させるわけにはいかないからね。

 まぁ、せっかく淹れたコーヒーなんだ。

 これを飲み終わったら再開しよう。

 もちろん課題と復習のほうだ」


「りょ、了解だ」


「しょうがないから、今はこれで我慢しておくよ」


 と、王子様はビスケットを取って美味しそうに頬張った。


 先ほどオレが舐めていた指で。


 王子様は必要以上に自分の指を味わっているように見えるが、きっとゾウさんビスケットが美味しかったのだろう。


 オレもビスケットをお茶請けに残ったコーヒーをしっかりと味わった。


 ああ、コーヒーが美味しい。


 ……ちくしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る