マッドマンズ・クエスト

@IDnankaneeyo

第一話

 この世界には「クエスト」というものがある。

 簡単に言えば、依頼を遂行することで報酬を受け取る仕組みだ。依頼は危険な魔物の討伐から庭の草むしりまで様々で、難易度が高くなるにつれて報酬も高くなる。クエスト報酬で生計を立てる者のことを「クエストハンター」と呼ぶが、高難易度のクエストを請け負う熟達したクエストハンターは一般的な市民の何十倍もの収入と名声を得ることができる。ゆえに、一流のクエストハンターを目指して、あるいは一攫千金を狙ってクエストの世界に足を踏み入れる者は多い。

 だが、クエストはもともと個人的な依頼が発展してできた仕組みで、法整備や規制などはほとんどされていない。各地にある「クエストイン」と呼ばれる酒場が依頼者とハンターを仲介しているが、依頼者とハンターの間で起きた争いは当事者間で解決せねばならないし、クエスト中にハンターが重傷を負ったり死亡したりしてもハンターの自己責任になる。クエストの内容にも規制がほとんどなく、売春行為や殺人、窃盗など犯罪行為の依頼でなければ基本なんでもありだ。しかしその程度のルールすら守られないことがしばしばあり、そのような違法なクエストは通称「闇クエスト」と呼ばれる。

 闇クエストは普通のクエストに偽装されていることが多いが、闇クエストかどうか見分ける方法がハンター間で共有されているので、まともなクエストハンターであれば引っかかることはない。闇クエストに応募するのは、悪人か、新人ハンターか、愚か者かのどれかである。

 そしてエルフの女アミットは愚か者だった。魔術研究所の元職員なので勉強はできた。だがギャンブルで多額の借金を作り、首が回らなくなった挙句に研究所の機密を盗んで売り飛ばしたことで懲戒解雇となった。そして今はクエストハンターとして、ギャンブルで作った多額の借金を返済しながらなんとか生き延びていたのだが、ある日「低難易度で高報酬」という甘い言葉に釣られてある怪しいクエストに応募した。それが人間を討伐するクエストだと分かったのは、他の応募者とパーティを組まされて、鬱蒼とした森の中に送られた後だった。


「討伐対象はある男一人だ。汚い服と伸びた黒髪が特徴で見ればすぐにわかる。手段は選ばない。使えるものはなんでも使え。ただし仲間割れと、油断だけはするな。これまでお前らのようなハンターを10人ほど送ったが帰ってきたやつはいない」


 指示役の男が淡々と説明した。

 集められたハンターはアミットを含めて女2人、男4人の計6人だった。その内、短剣を2本持っている妙に露出度の高い女と、襟にファーがついた黒いコートを着た男の2人は恋人同士のようで、指示役の説明を聞きながらずっと体を密着させて何かぶつぶつと話していた。残りの男3人は大きな斧を二つ持った大男、おそらく魔術師、そしてアミットのように怯えている小柄な男だった。この面子を見るとおそらく自分は回復役で比較的安全だろうとアミットは安堵した。

 すると、小柄な男が少しずつバレないように後ずさりを始めた。そしてさっと踵を返して突然逃げ出した。


「アレを捕まえた奴は報酬2割増しだ」


 指示役がそう言うと、魔術師が胸のポケットから30センチくらいの杖を引き抜いて逃げる男に向かって振った。すると男の足が本人の意思に反して後ろ向きに歩き始めた。男は自分の足を両手で掴んで必死に前に動かそうとするが、無情にも男の体は元いた場所に近づいてきていた。あと数歩のところで大男が小柄な男を上から掴み上げ、指示役の前に放り投げた。


「待って! 降りさせてく」


 指示役は小柄な男の言葉を聞かず、彼の首元に剣を突き刺した。血が吹き出し、小柄な男はその場で痙攣した。アミットはそれを見て、喉に胃液が上がってくる感覚を覚えて口を手で押さえた。


「こいつ以外にも逃げる奴が出たらその場で殺せ。首でも耳でも証拠を持ってくれば報酬を増やしてやる。ただし討伐対象を殺さなければ、いくら裏切り者を殺したとしても報酬は無しだ。いいな? 行け」


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