謎の病気に罹っている話

緋雪

第1話 謎の痛み

「『線維筋痛症せんいきんつうしょう』って定義がそもそも曖昧っていうかね……」

 麻酔科、ペインクリニックの先生は言った。

「あらゆる検査をしても異常な数値が出てこない、いわば、謎の痛みが続く病気は、もう『線維筋痛症』だよね、みたいな扱いをする医者も少なくなくて」

「じゃあ、私の病気は何なんですか?」

「うーん、検査結果や生育歴、生活環境や症状から考えて、やっぱり『線維筋痛症』ということになるだろうね」


 私はため息をついた。やはり他の病気の可能性はないらしい。


「腰部硬膜外ブロックと星状神経節ブロック左側やるから、処置室ね」

 この先生は物凄く腕のいい麻酔科医で、普通、レントゲンを通しながらやる硬膜外ブロック注射を、指先の感覚だけで射つことができる(市内では)唯一の麻酔科医だ。


 脊髄を包んでいる膜を硬膜こうまくといい、硬膜の外側の空間を硬膜外腔こうまくがいくうという。硬膜外腔に注射で神経を麻酔する薬(局所麻酔薬)を注入すると、脊髄神経に麻酔がかかり、痛みの感覚を脳に伝達する神経の動きがブロックされる。これが硬膜外ブロック注射だ。

 これを、腰から射つ。1mmくらいの針で8cmくらい入れるそうだ(私の場合。8cmは肉のせいかも・笑)。背中だし見えないから、特に怖くはない。針がこの辺を通ってるな、とか、麻酔がこう流れてるなとかはわかるが。

 これは、特に下半身の痛みに効くとのこと。


 一方、星状神経節ブロック注射は、首から射つ注射だ。これは、特に上半身の痛みに効くが、腰部硬膜外ブロックを射っているときに、左右同時に射つことはできない。全身に麻酔がかかってしまう状態になるからだ。


 30分ほど処置室のベッドで休んでから帰宅する。

 麻酔のせいで、頭も含め全身がボーッとするので、運転はできない。バスで片道50分かけての通院だ。


 ここまでしても、麻酔の効き目は2〜3日で消えてしまう。そして、徐々に元の痛みが戻ってくるのだ。

 そして、アンラッキーなことに、その先生は定年を迎え、東京に帰ってしまった。



 転院し、今のクリニックでは、主に薬物療法だ。


 帯状疱疹後神経痛にも使われる、神経障害性疼痛に効くプレガバリン(リリカ)と、弱オピオイド鎮痛薬のトラマドール(トラマール)を併用。

 市販のロキソプロフェン(ロキソニン)やジクロフェナク(ボルタレン)、イブプロフェン(イブ)のようなNSAIDsと呼ばれる類の鎮痛剤は全く効かない。

 トラマドールは、麻薬指定はされていないが、弱い依存性はある。モルヒネの約1/10ほどの効き目を持ち、初期の癌疼痛などにも使われる薬だ。


 そこまでの治療をしていても、痛い。


 激しい痛みが主訴の、謎の病気。「線維筋痛症」。




 病名にたどり着いたのが10年近く前だった。


 この症状が気のせいや怠けなどではないことを証明するため、自分が世間の目に負けないためだった。「病名」を求めて、似た症状の病気を、散々散々調べた。しかし、調べても調べてもわからないのだ。

 双極性障害を持つ私は、精神科の主治医に尋ねた。彼は、「身体性表現障害しんたいせいひょうげんしょうがいでしょう」と、軽い口調で答えた。つまり、「精神的な病気です」と。そのうち治るとでも言いたげな口調で、何の対処もしてくれることはなかった。


「慢性疲労症候群」、これが一番近い症状だったが、慢性疲労症候群は、痛みを伴うことはない。それに近い病気を調べている時、「線維筋痛症」という病気に行き当たる。症状もまったく同じ。検査方法を自分で試すと、まさに、そこに書かれている通りの結果が出た。

 私は、その病名をひっさげ、精神科の先生の所へ。

「これじゃないかと思うんですけど」

 と必死で説明する私に対して、彼が答えた言葉。

「私、『線維筋痛症』は詳しくないんでねえ」

 ぶっ殺す。……と思った。

 調べてみましょうの一言もないのだ、こいつは。


 自力でペインクリニックを探した。そして、クズ医者に、

「ここに行きます。紹介状書いて下さい」

 と依頼。クズでも給料泥棒でも使えるところは使ってやる。


 そして、やっと、ペインクリニックに通うことになったのだった。

(精神科は、後に転院し、今はいい先生に診てもらっている)

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