第14話:探索と迷走と誤解と
夜明け前、空が薄紫色に染まる頃、島の西側探索隊は集合していた。レオン、ラティア、フローラ、技術班のエリオットと北沢、そして神代遼とセリア・フィーン。彼らは一日の探索に必要な水や食料、応急処置キットを準備している。
「みんな揃ったな」
レオンが全員を見渡した。朝の冷気が彼らの息を白く浮かび上がらせる。西側は未踏の地であり、何があるか分からない。レオンの表情には期待と緊張が混ざり合っていた。
「安全のためにペアを組みましょう」
セリアが提案した。彼女の声は朝の静けさの中、優雅に響いた。
「そうですね。男女ペアなら、お互いの得意分野を活かせるはず」
彼女の提案には、明らかにカップリングを意識した意図があった。遼の腕輪が小さく震えたのは言うまでもない。
「いや、むしろ性別よりスキルでペアを組むべきだ」
遼は即座に対抗した。彼の中に浮かんだのは、男女が分かれるようなペアリングだった。
「二人とも落ち着けよ」
レオンが仲裁に入った。彼はペアを指示した。「遼と北沢、ラティアとフローラ、セリアとエリオット、俺は単独で前方を偵察する」
結局、折衷案的な組み合わせになった。遼は少し安堵しつつも、セリアのペアに注意を払わざるを得なかった。エリオットは技術班の生徒だが、内気な性格で女子と話すのも得意ではない。そんな彼とセリアがペアになれば、何かが起きる可能性は高い。
「出発するぞ。日没までには戻れるように」
レオンの号令で、探索隊は動き出した。西側へと続く森の小道は、ところどころ茂みに覆われていて進みにくい。レオンが先頭で道を切り開き、各ペアが間隔を空けて続く。
「セリアさん、変わった方ですね」
遼の後ろを歩く北沢がこっそり言った。
「どういう意味だ?」
「昨日から男子たちの間で話題になってるんですよ。あんなに優雅で聡明な女の子、今まで見たことないって」
北沢の言葉に、遼は苦笑いを浮かべた。セリアの影響力は、既に島全体に広がりつつあるようだ。
森の奥に進むにつれ、植生が少しずつ変化していく。今まで見たことのない種類の植物が現れ始めた。フローラが熱心にメモを取りながら、新しい薬草の可能性を探っている。
「神代さん、ちょっといいですか?」
突然、フローラが遼を呼んだ。彼女は珍しい植物を見つけ、興奮した様子で男子生徒と顔を近づけて観察していた——明らかなフラグの予感だ。
「どうしたんだ?」
遼は二人に近づき、さりげなく間に入った。
「この植物、見てください。葉脈の模様が特殊で……」
フローラは熱心に説明するが、遼は植物よりも、彼女と男子生徒の距離感が縮まることを警戒していた。
「そんな植物は危険かもしれないな。むやみに触らない方がいい」
遼は少し大げさに心配する素振りを見せた。
「神代さん、随分と心配性ですね」
振り返ると、セリアが微笑みながら立っていた。その表情には、遼の行動を見抜いたような皮肉めいた色が滲んでいる。
「ただの注意だよ。未知の植物は危険な場合もあるから」
遼は平静を装いながら答えた。二人の視線が交わる瞬間、微かな火花が散ったように感じた。
探索は続き、一行は西側の深い森を進んでいった。島は予想以上に広く、思ったより探索に時間がかかる。レオンのメモによれば、今まで来た場所より遥かに奥まで来ているようだ。
正午近く、一行は小休止をとることにした。木陰で水を飲み、携帯食を食べながら、これまでの発見を共有する。西側には小さな淡水湖があり、新たな水源として期待できること。いくつかの果樹林があり、食料の可能性があること。そして、動物の痕跡も見つかったことなど。
「そういえば、こんな実を見つけました」
フローラが小さな赤い実を取り出した。艶やかな色合いと、どこか甘い香りを放っている。
「食べられるでしょうか? この香りからすると……」
「慎重に調べた方がいいな」
レオンが警告したが、フローラの目には好奇心が輝いていた。
「少し試してみましょう。私が先に」
セリアが提案し、実を一つ手に取った。彼女は慎重に匂いを嗅ぎ、表面を観察してから、小さく一口かじった。
「甘くて……少し酸味もあります。悪くな……」
言葉の途中で、セリアの表情が曇った。彼女は顔色を急に失い、よろめいた。
「セリアさん!?」
フローラが慌てて支えようとしたが、セリアはすでに意識を失いかけていた。彼女の体を遼とレオンで受け止め、急いで日陰に寝かせる。
「どうしたんだ?」
「実が毒を持っていたのかも……」
フローラは慌てて応急処置キットを開き、セリアの様子を確認した。脈は安定しているものの、顔色は悪く、明らかに体調不良だ。
「何か薬草は?」
「持ってるけど、これがどういう症状なのか分からないと……」
フローラは戸惑い、持参した薬草を探ったが、効果的なものが見つからない様子だ。
「キャンプまで戻るしかない」
レオンが判断した。しかし、問題が一つあった。
「でも、どう戻ればいいんだ?」
北沢が心配そうに周囲を見回した。森の中で方向感覚を失い、来た道が分からなくなっていたのだ。
レオンは地図を確認し、悩ましげな表情を浮かべた。
「来た道を正確に戻れる自信がない。道が複雑すぎる」
「どうする?」
緊張が一行に広がった。意識朦朧としたセリアを抱え、迷子になった状態。最悪の状況だった。
『ユーノスの使いなんて知らないわよ。勝手にして』
アフロネアの声が遼の頭の中で冷たく響いた。彼女は明らかにセリアを助ける気がない。
「勝手にしろって言われても……」
遼は小声で呟き、状況を考えた。セリアは敵対する立場だが、放っておくわけにはいかない。
「みんなを先に帰す。俺がセリアを担いで戻る」
遼の提案に、みんなが驚いた表情を見せた。
「でも……」
ラティアが心配そうに言った。
「大丈夫、俺は道を覚えてる」
遼は自信満々に言ったが、実際はそんな自信はなかった。ただ、全員で迷うよりも、分かれた方が良いと判断しただけだ。
レオンは少し考えた後、頷いた。
「分かった。俺たちは別ルートで戻る。日没までに戻れなかったら、救助隊を出す」
そうして、一行は二手に分かれることになった。遼はセリアを背負い、他のメンバーは別の道で急いでキャンプへと向かった。
『本当に大丈夫なの?』
アフロネアの声が、予想外に心配そうに響いた。
「なんだよ、急に心配してくれるのか」
『心配なんかしてないわよ! ただの使いが一人減っても構わないけど、あなたまで迷子になったら困るでしょ』
女神の言葉には、いつものツンデレ風の調子があった。遼は小さく笑いながら、セリアを背負い続けた。
しかし、予想通り道に迷い始めていた。森の中は木々が似たような風景を作り出し、方向感覚を狂わせる。加えて、突然の雨が降り始め、視界も悪くなった。
「最悪だな……」
遼は雨宿りできる場所を探し、辺りを見回した。幸い、近くに小さな岩の洞窟が見つかり、そこにセリアを寝かせることができた。
洞窟の中は乾いていて、一時的な避難所としては十分だった。遼はセリアを優しく寝かせ、持っていた水筒で彼女の唇を湿らせた。
『あの子、大丈夫そう?』
アフロネアの声には、わずかな心配が滲んでいた。
「分からないよ。でも脈は安定してるし、呼吸も正常だ」
遼はセリアの額に手を当て、体温を確認した。熱はないようだが、顔色はまだ優れない。
「私を……助けてくれたんですね」
突然、セリアが弱々しい声で話した。彼女はゆっくりと目を開け、遼を見上げた。
「目が覚めたか。良かった」
「敵対する使いなのに……どうして?」
セリアの問いに、遼は肩をすくめた。
「使いだろうがなんだろうが、困ってる人は助ける。それだけだ」
遼の素っ気ない返答に、セリアは微かに微笑んだ。
「神代さんは優しい人ですね。なぜ恋愛フラグを折るような役目を……」
「選択肢がなかったんだよ。アフロネアに強制的に……」
遼は言いかけて、ふと自分が話していることに気づいた。しかし、セリアは既に再び意識を失っているようだった。
窓の外では雨が激しさを増し、夜が近づいていた。遼はセリアの様子を見守りながら、どうすれば良いか考え続けた。彼らはまだ森の奥深くにいて、キャンプへの道も分からない。加えて、セリアの容態も安定しているとは言えない。
『どうするつもり?』
アフロネアの声に、遼は溜息をついた。
「雨が止むまで待つしかない。それから……何とかキャンプへの道を探す」
『あなたって本当に……』
女神の声には、呆れと共に、微かな感心も混じっているようだった。
「何だよ」
『何でもないわ』
洞窟の奥から、小さな水滴が落ちる音だけが響く。遼はセリアの横に座り、雨が止むのを待つことにした。彼女の寝顔を見つめながら、この不思議な少女の正体と、彼女が持つ使命について考え続けた。
敵か味方か、それとも——。答えは雨の夜の中に溶け込み、見えなくなっていった。
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