第13話:新たな使い、静かな挑戦状

 朝の陽射しが強まる中、神代遼とセリア・フィーンはキャンプへと足を踏み入れた。すでに生徒たちは朝の作業に取り掛かり、いつもの活気ある様子だったが、銀髪の少女の姿に気づくと、次々と視線が集まってきた。


「おはよう、神代!」


 レオンが手を振りながら近づいてきた。彼は一瞬セリアの姿に驚きを見せたが、すぐに笑顔を取り戻した。「こちらは?」


「セリア・フィーン」と遼は紹介した。「今朝、浜辺に漂着していたんだ」


 セリアは優雅に一礼した。「はじめまして。遭難してしまい、この島に流れ着きました。お世話になります」


 彼女の穏やかな物腰に、周囲の生徒たちの表情は徐々に和らいでいった。レオンは頷き、キャンプを取り仕切る立場として務まるように、セリアを歓迎する言葉を述べた。


「ようこそ、セリア。私たちも島に漂着した者同士だ。力を合わせて生きていこう」


 その言葉に、セリアは微笑んだ。「ありがとうございます。少しでもお役に立てるよう努めます」


「島にはときどき漂流者が流れ着く。前にも誰かいたはずだ」


 レオンの言葉に、遼は驚いた。彼の記憶が正確ならば、これまで島に他の漂流者が流れ着いたことはなかったはずだ。しかし、他の生徒たちは首をかしげるだけで、誰も明確な記憶を持っていないようだった。


 遼はアフロネアに尋ねた。『記憶操作した?』


『それはユーノスの仕業でしょ』


 アフロネアの声には明らかな不機嫌さがあった。遼は溜息をつきながら、もう一度セリアに目を向けた。彼女は既に生徒たちに囲まれ、質問に答えていた。


 「どこから来たの?」

 「どうやって海を渡ったの?」

 「家族は?」


 質問が飛び交う中、セリアは混乱した様子もなく、穏やかに応えていた。答えの内容は曖昧だったが、その聡明な雰囲気と優雅な物腰に、誰も深く追及しようとはしなかった。


 フローラが前に出て、セリアに微笑みかけた。「私はフローラです。医療担当をしています。体調が優れないところはありませんか?」


 セリアは首を振った。「大丈夫です、ありがとう。少し疲れてはいますが……」


「それなら休んだ方がいいわ。私たちの小屋で横になるといいわ」


 フローラの提案に、セリアは感謝の言葉を返した。そして、二人が離れようとしたとき、彼女は森の植物について質問を始めた。


「島に生えている薬草について教えていただけませんか? 私も少し植物の知識があるので」


 その言葉に、フローラの目が輝いた。「本当ですか? ぜひ教えてください!」


 二人は植物の話に花を咲かせながら歩き去った。遼はその様子を見守りながら、セリアの適応の早さに感心していた。わずか数分で、彼女は自然とキャンプの一員として受け入れられつつあった。


『あの子は厄介よ。フラグを立てる才能があるわ』


 アフロネアの警告に、遼は頷いた。確かにセリアには人を惹きつける不思議な魅力があった。彼女の周りには既に小さなフラグが立ち始めているのが見えるようだった。


「神代、朝食の準備を手伝ってくれ」


 ラティアの声に振り返ると、彼女はエプロン姿で立っていた。遼は頷き、調理場へと向かった。


 朝食の準備は、いつもより賑やかだった。新しい仲間の到来で、生徒たちの会話は弾んでいる。調理場では、ラティアが手際よく野菜を切り分け、鍋をかき混ぜていた。


「あの子、どう思う?」


 突然のラティアの質問に、遼は少し戸惑った。「セリア? まだよく知らないけど……穏やかな人みたいだ」


「そう」とラティアは言い、鍋に目を向けたまま続けた。「なんだか不思議な感じがするわ」


 遼は黙って野菜を切り続けた。ラティアの直感は鋭い。セリアの存在が、キャンプにどんな影響を与えるか、彼も気になっていた。


 朝食の時間、セリアはフローラやカルナ先生と一緒に座り、穏やかに会話していた。彼女は時折、薬草や料理の知識を披露し、周囲の関心を集めていた。


 「この葉を煎じると、疲労回復に効くんですよ」

 「島の果実と塩を組み合わせると、風味が増しますね」


 その教養の深さに、生徒たちは感心した様子だった。特に女子生徒たちは、セリアの優雅さに魅了されている様子が見て取れた。


 男子生徒たちも例外ではなかった。彼らはセリアの一挙一動に気を取られ、普段より丁寧な言葉遣いや振る舞いを見せていた。


 遼の腕輪が微かに震え始めた。フラグの存在を示す警告だ。周囲を見回すと、確かに小さなフラグが次々と立ち始めていた。セリアの魅力が、島の生徒たちの心に少しずつ影響を与えているようだった。


『見なさい、あの子が何をしているか』


 アフロネアの声に、遼は食事をしながらセリアを観察した。彼女は特別な術を使っているわけではない。ただ自然に振る舞い、他者を尊重し、時に微笑むだけで、周囲の空気を和らげていた。それでも、その結果としてフラグが立つのなら、彼女は確かに「使い」としての役目を果たしていると言えるだろう。


 食事が終わり、生徒たちが次の作業に向かう中、遼とセリアは食器洗いを担当することになった。二人きりになった瞬間、セリアの表情が少し引き締まった。


「神代さん」


「なんだ?」


「私はあなたと敵対するつもりはありません」とセリアは静かに言った。「でも、使命は果たさなければなりません」


 遼は黙って頷いた。「俺もポイントのために頑張るだけだ」


 二人の間に奇妙な相互理解が生まれた。敵対する立場でありながら、同じ境遇を共有する者同士の連帯感。それは複雑な感情だった。


「セリアさん」


 フローラの声が聞こえ、彼女は振り返った。フローラは笑顔で手を振っていた。


「薬草採集を手伝ってもらえませんか?」


 セリアは優雅に微笑んだ。「もちろん、喜んで」


 彼女が去った後、遼は一人で残りの食器を洗いながら考え込んだ。セリアの存在は、彼の「フラグを折る」任務を複雑にするだろう。彼女が立てるフラグを、彼が折る。その繰り返しになるのか。


 午後、遼はレオンと共に小屋の修繕作業をしていた。レオンは時折、セリアのことを話題にした。


「不思議な子だな、あの子は」


「どういう意味で?」


「何も覚えていないと言うが、知識は豊富だし、適応も早い。それに……」


 レオンは言葉を切り、遼を見つめた。「何か特別な雰囲気がある」


 遼は黙って木材を手渡した。レオンの感覚は鋭い。彼は何か感じ取っているのかもしれない。


 作業の合間、遼は浜辺を見た。そこでセリアが、いくつかの座席を調整している様子が見えた。彼女はさりげなく、フローラとある男子生徒を隣同士に座らせようとしていた。


『フラグ警戒レベル5』


 腕輪の警告に、遼は作業を中断した。「水を取ってくる」


 浜辺に向かい、遼はセリアの計画を妨げるため、意図的に二人の間に割り込んだ。「お二人とも、水はどうですか?」


 遼の介入に、セリアは微かに微笑んだ。彼女の目には、勝負を楽しむような輝きがあった。


 夕食の準備が進む中、レオンが皆の前で提案した。「明日、島の西側を探索したい。まだ調査していない場所がある」


 生徒たちは賛同の声を上げ、探索隊の編成が始まった。


「私も行きます」


 セリアの申し出に、レオンは頷いた。「ありがとう。君の知識も役立つかもしれない」


 遼の腕輪が警告音を発した。『フラグ警戒レベル7!』


 明日の探索には、多くのフラグが立つ可能性があるようだ。遼は渋々、参加を決めた。


「俺も行くよ」


 レオンは笑顔で頷き、探索隊は決まった——レオン、ラティア、フローラ、技術班の男子生徒二名、そして遼とセリア。明日はこのメンバーで島の西側を調査することになる。


 夜、それぞれが寝床に就く頃、遼は一人で浜辺に立っていた。星空の下、彼は明日の戦略を考えていた。


『神代、明日はしっかり働きなさいよ』


 アフロネアの声が響いた。


『あの子にポイントで負けたら承知しないわよ』


「わかってるって」


 遼は苦笑しながら応えた。しかし心の中では疑問を持っていた。二人の使いの対決。それは単なる女神の意地の張り合いなのか、それとも何か深い意味があるのか。


 星空を見上げながら、遼はセリアの存在意義について考えを巡らせた。彼女は敵なのか、それとも同じ運命を背負った仲間なのか。


 振り返ると、彼女の姿が女子たちの小屋の前に見えた。セリアは月光に照らされ、静かに天を仰いでいた。


「ユーノス様、私は任務を果たします。この島の恋を実らせ、魂を救います」


 彼女の小さな祈りが、夜風に乗って聞こえてきた。その真摯な様子に、遼は少し胸が締め付けられる思いがした。


 二人の使いの静かな対決は、明日から本格的に始まる。島の運命が、新たな段階へと進もうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る