第6話:イケメン爆誕、フラグ量産中
朝靄の中、地面を揺らす足音が響いた。
神代遼はテントから顔を出し、その音の正体を探った。キャンプの外周を走る一人の男子生徒。金髪を朝日に輝かせ、整った顔立ちが汗に濡れている。白い制服の上着を脱ぎ、シャツ一枚になった姿は、まるで彫刻のように完璧な筋肉の輪郭を浮かび上がらせていた。
「あれは……レオンか」
レオン・クラーヴィス。学園内では騎士候補生として名高い存在だ。遼とは顔見知り程度だったが、その卓越した技量と紳士的な振る舞いで女子生徒から圧倒的な人気を誇っていた。
遼が見つめる中、レオンのジョギングに気づいた女子生徒たちが次々と姿を現し始めた。
「レオン先輩、おはようございます!」
「朝から鍛錬なんて、さすがですね!」
声をかける女子生徒たちに、レオンは爽やかな笑顔で応えた。
「君たちも元気そうで何よりだ。この状況でも明るい気持ちを保つことが大切だからね」
その言葉に女子たちの瞳がキラキラと輝いた。遼の腕輪が震え、ディスプレイが明滅する。
「フラグ検知:複数」
『あらあら、もう朝からフラグの嵐ね』
アフロネアの声が頭の中で甘く響く。
「どうすればいいんだ?」
『これは選択ね。どのフラグを折るか——』
遼は腕輪を見つめた。現在「2」というポイント。前日の温泉ギフトでほとんど使い切ってしまった。このままでは再びギフトを使うこともできなくなる。
深呼吸した遼は、テントから出て、レオンの方へと歩み寄った。
「おはよう、レオン」
遼の声に、レオンは走るのを止め、振り返った。
「ああ、神代じゃないか。おはよう」
爽やかな笑顔。完璧すぎるほどの表情に、遼は一瞬たじろいだ。しかし、目的を思い出し、自然な笑顔を浮かべる。
「朝から元気だね。ところで、ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」
女子生徒たちの視線が気になったが、遼は構わず話を続けた。
「なんだい?」
「実は、川の上流で変わった地形を見つけてね。一緒に確認してほしいんだ」
レオンは少し首を傾げたが、すぐに明るい表情で頷いた。
「構わないよ。少し水分補給してから行こうか」
女子生徒たちは残念そうな表情を浮かべたが、遼とレオンが立ち去る姿を見送った。
二人だけになった森の小道で、遼は戦略を練っていた。レオン自身のフラグを折るのではなく、彼を取り巻く女子生徒たちのフラグを効率的に折るには、彼とある程度の距離感を保つべきだろう。
「それで、どんな地形なんだ?」
レオンの問いに、遼は適当に答えた。
「ああ、川の流れが不自然に曲がっていてね。もしかしたら水源があるかもしれないと思って」
嘘の理由をつけながら、遼はレオンの様子を観察していた。近くで見ると、彼は本当に完璧な存在に見えた。整った顔立ち、引き締まった体格、そして何より、その瞳に宿る誠実さ。これが「モテる男」の条件なのだろうか——遼は複雑な気持ちで考えていた。
「神代は冷静だな」
突然、レオンが口を開いた。
「え?」
「この状況で。皆、不安で落ち着かないのに、君はいつも冷静に行動している」
その言葉に、遼は戸惑った。冷静なのではない。単に、この状況の真実を知っているだけだ。それでも、素直に感謝の言葉を返した。
「ありがとう。でも、君こそ皆の模範になってるよね」
レオンは少し照れたように首を振った。
「そんなことはないさ。ただ、こういう時こそ騎士としての心構えが試されると思ってね」
その言葉には、どこか寂しさも含まれているようだった。
二人の会話が続く中、不意に声が聞こえてきた。
「レオン先輩! こんなところにいたんですね!」
振り返ると、三人の女子生徒が小走りで近づいてきた。彼女たちの表情には明らかな安堵と喜びが浮かんでいる。
「あら、神代くんも一緒なの?」
女子の一人が遼に視線を向けた。その瞬間、腕輪が震えた。「フラグ検知」の表示。しかし、遼ではなく、レオンに向けられたフラグのようだ。
『チャンスよ! 複数のフラグが一度に立っている!』
アフロネアの声が急かす。遼は頭を巡らせた。どうすれば自然にフラグを折れるだろうか。
「実は、僕たち男子で作業の分担について話し合ってたんだ。レオンにリーダーになってもらおうとね」
遼が口にした言葉に、レオンは驚いたように遼を見た。そんな話はしていなかったからだ。しかし、遼は構わず続けた。
「そうだよね、レオン? 君が指揮を取れば、効率よく進むと思って」
言いながら、遼は目で合図を送った。レオンは一瞬困惑したように見えたが、すぐに状況を察したように頷いた。
「ああ、そうだな。でも、一人では無理だ。神代のサポートも必要だろう」
その一言で、女子生徒たちの表情が微妙に曇った。彼女たちはレオンと二人きりで話せると期待していたのだろう。
遼は満足げに頷き、さらに続けた。
「それと、レオンは毎朝特訓をしていてね。午前中はかなり忙しいんだ。だから、皆に伝えておいてくれるかな? 彼に用事があるなら、午後にしてほしいって」
女子生徒たちは明らかに残念そうな表情を浮かべたが、皆で頷いた。
「分かりました。私たち、伝えておきます」
彼女たちが去った後、レオンは不思議そうに遼を見た。
「なぜそんなことを?」
遼は肩をすくめた。
「君も少しは休息が必要だろう? 皆が頼りにしてるからこそ、疲れているはずだ」
その言葉に、レオンの表情が柔らかくなった。
「ありがとう、神代。確かに少し休みたかったんだ」
彼の微笑みには、素直な感謝が込められていた。腕輪が震え、「フラグ破壊成功:+4ポイント」の表示。ポイントは「6」に増えた。
『なるほど、直接フラグを折るのではなく、条件を変えることでも可能なのね』
アフロネアの声は感心したようだった。
「ああ、せっかくだから本当に水源を探してみようか」
遼の提案にレオンは頷き、二人は川沿いを進むことにした。会話をしながら歩く中で、遼はレオンの人柄に触れていった。彼は見た目の完璧さだけでなく、内面も誠実で思いやりに溢れていた。
そして何より、彼には「騎士としての誇り」があった。それは単なる建前ではなく、彼の行動原理そのものだった。
「神代は将来、何をしたいんだ?」
不意にレオンが問いかけた。遼は言葉に詰まった。この異世界で「将来」など考えたこともなかった。
「まだ、分からないよ。君は?」
「僕は騎士になる。それだけさ」
レオンの瞳は遠くを見つめ、その声には揺るぎない決意が込められていた。
「君は面白いな、神代」
「え?」
「皆が僕に好意を寄せる中、君だけは違う。友人として接してくれる」
それは皮肉にも真実だった。遼がレオンに対して恋愛感情を抱くはずがない。しかし、その「距離感」こそが、レオンにとっては新鮮だったのだろう。
そんな会話をしながら森を進むと、開けた場所に出た。そこには小さな滝があり、澄んだ水が流れ落ちていた。
「ここが水源か。確かに貴重な発見だね」
レオンが感心したように言った。遼も頷いた。この発見は、キャンプの生活にとって重要かもしれない。
二人が滝を観察していると、別の方向から女子生徒たちの声が聞こえてきた。
「あ、またレオン先輩がいる!」
「今度こそ話しかけよう!」
腕輪が再び震え、「フラグ検知:複数」の表示。
『またよ。彼の周りはフラグだらけね』
アフロネアの声が呆れたように響く。
遼は咄嗟の判断で、滝の岩場に足を滑らせるふりをした。
「うわっ!」
わざと転びながら、レオンの方へとよろめく。
「神代!」
レオンは咄嗟に遼を支えようとしたが、二人の体重で岩場のバランスが崩れ、そろって滝つぼに落ちてしまった。
水しぶきを上げて二人が滝つぼから顔を出した時、女子生徒たちは驚いた表情で岸辺に立っていた。
「大丈夫ですか、レオン先輩!?」
彼女たちは心配そうに叫んだ。
びしょ濡れになったレオンは、金髪から水を滴らせながら苦笑いを浮かべた。
「大丈夫だよ。ただ、着替えが必要になったみたいだ」
その姿はあまりにも滑稽で、遼も思わず笑ってしまった。レオンも釣られて笑い、二人は水の中で笑い転げた。
その光景を見た女子生徒たちは、どこか複雑な表情を浮かべた。彼女たちが思い描いていた「完璧な騎士」のイメージとは少し異なる、等身大のレオンの姿。
腕輪が震え、「フラグ破壊成功:+5ポイント」と表示された。ポイントは「11」に増加した。
『なかなかやるじゃない。イメージを壊すことでもフラグは折れるのね』
アフロネアの声には感心と楽しさが混じっていた。
その後、二人はびしょ濡れの姿でキャンプに戻った。笑いながら肩を組み、まるで親友のように見えた。
それから数日間、遼とレオンは行動を共にすることが多くなった。水源の発見は皆に喜ばれ、二人は自然と「頼れるコンビ」として認識されるようになっていった。
毎朝の特訓にも遼が同行するようになり、女子生徒たちは以前ほど簡単にレオンに近づけなくなった。レオン自身も、遼との友情を楽しんでいるようだった。
「君のおかげで気が楽になったよ、神代」
ある日、レオンはそう打ち明けた。
「どういう意味だ?」
「常に皆の期待に応えなければならないというプレッシャーから少し解放された気がする」
レオンの言葉には、心からの感謝が込められていた。
腕輪が震えた。しかし今回は「フラグ検知」ではなく、「友情確立」という新しい表示だった。
『へえ、これは珍しいわね。恋愛フラグではなく、友情の絆が生まれたみたい』
アフロネアの声は少し驚いたようだった。
「友情も……フラグになるのか?」
『恋愛のフラグではないから、ポイントには関係ないわ。でも、興味深いことね』
遼は複雑な気持ちになった。これまで折ってきたフラグとは異なる、純粋な友情。それは女神の力でも簡単には折れないものなのだろうか。
キャンプでの生活が一週間を過ぎた頃、遼とレオンの関係はすっかり定着していた。二人でいることが多くなったおかげで、レオンを取り巻く女子生徒たちのフラグも自然と減少していった。
皮肉なことに、遼の「モテない努力」は、友情という予想外の形で実を結んでいた。
ある夕方、焚き火を囲んで座っていた時、レオンが静かに口を開いた。
「神代、君は不思議な人だ」
「どういう意味だ?」
「なんというか……全てを知っているように見える」
その言葉に、遼は息を呑んだ。レオンは何か感づいているのだろうか。
「気のせいだよ。僕だって皆と同じように不安なんだ」
レオンは遼の目をじっと見つめ、そして静かに頷いた。
「そうか。でも、君がいてくれて良かった」
その言葉に、遼は言葉を失った。嘘と真実が入り混じる状況の中で、この友情だけは本物だと感じていた。
『友情というのは面白いものね。恋愛とは違う形の絆——』
アフロネアの声には、どこか懐かしさが混じっていた。
その夜、テントに戻った遼は腕輪を見つめていた。ポイントは「11」。レオンとの交流のおかげで、女子生徒たちのフラグを効率的に折ることができていた。
しかし、心の中では矛盾する感情が渦巻いていた。友情を築きながら、その友を取り巻く恋愛の芽を摘んでいるという後ろめたさ。それでも、これが今の自分にできる最善の選択なのだろうか。
月明かりが照らすテントの中で、遼は静かに目を閉じた。明日もまた、フラグを折る日々が続く——そう思いながら。
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