第9話 われおもうがゆえにわれあるのか
帰宅し、たった一週間とはいえ久しく触っていなかった気がする、ゼノステイツVR4を手に取る。そして、ベッドに寝っ転がると、起動。
『最新のAIによる性格分析に応じたジョブ判断を行う古き良き最新のVRMMORPG〈ミラーフロンティア:インフィニティワールド〉へようこそ!』
なんだか、懐かしいと思った。前回のログアウト地点は、当然王宮。〈バンダースナッチ〉は予告から十日後出現するというのだから、あと三日で出てくるはずだ。そんな、滅亡直前の王都とは、どんなものだろうか。
視界が歪み、収縮し、王宮に写った。次々と出現するログインボーナスの通知をどけて、窓に駆け寄る。
――けれど王都の空は、予想に反して晴れていた。
「あれ?」
そして、大地には――人がいた。
たくさんの人がいた。
王国の兵士、商人、旅人、鍛冶屋、行政官、そして冒険者たち。NPCではない、生きたプレイヤーたちが、王都にいる。
続いて、ログインした窓から身を乗り出した瞬間、画面の下に次々とメッセージが流れ始めた。
『おかえり、国王!』
『また暴君戻ってきたw』
『イベントのときの采配、運営AIより良かったっぽい。あれ好きだったわ』
チャットウィンドウが埋まっていく。トーシキは眩しさに目を細めた。ディスプレイ越しに、彼を見つめる人々の姿は見えない。だが、言葉の一つ一つが、熱を持っていた。なんて思ってしまった。
『なに、病気だったの? このタイミングで?』
『逃げたんじゃないんかい』
『死にに来たのか?』
全身が震えていた。恐怖なのか、困惑なのか。ウィンドウを埋め尽くす文字の山に押されるように後退し、トーシキは玉座に腰を下ろす。あの、肌寒いほど空っぽだった椅子に。そして初めて、少しだけ、そこが温かいような気がした。
『待ってたよ!』
『やべえのでるらしいけどどうすんの』
『一応、装備は整えたけど』
どうせ、AIに言わされているんだろう。
AIの言うとおりに、ゲームを進行しているだけだろう。
でも、それは自分も一緒で、それが嫌だと思ったからゲームをやめた。
--そして、自分の意志で、今、なんとなくログインした。
『緊急ミッション:〈バンダースナッチ〉が出現します!』
今、この国は滅びかけている。運営の都合で。それはみんなもわかっているだろうに、じゃあ、なんでここにいる。わからなかった。
『やっと、戻ってきたんだ。早くゲームしよう!』
『早く遊びたいんだが』
『また楽しませてくれるんだろうな』
「……」
見ず知らずの誰かの言葉。ログが一瞬で押し流されてしまったため、気のせいともとれる。
ただ、トーシキは、ヘッドセットの奥で目を閉じた。思わず笑みがこぼれる。悔しさも、悲しさも、今は不思議と苦くなかった。
「うーん、まあいっか……ゲームか」
勿論、腔井トーシキに、政治の知識も経験もない。結局MMORPGの機微なんて知らん。
--そしてそれは多分、みんなもそうなんだろう。
『なあ、トーシキ、ゲームしないか?』
誘ってくれた友人の言葉。なんとなく、いろんなことをまじめに考えすぎたり、勝手にショックを受けていただけだと思った。
『そうそう! 町も全体的に活気づいているし、フィールドでも借りしてる人よく見るようになったし、楽しいよ!』
そうだ。たとえAI頼りでも、楽しかったことに嘘はない。それに、おれはモンスターを結局、一度も倒してはいないのだ。
「なあ〈ノッカー〉」
顔を上げ、ライトロールはいう。
「おれは、〈バンダースナッチ〉を倒したい。どうすればいい」
一週間ぶりに、〈ノッカー〉が反応する。
『承知しました、ライトロール。対〈バンダースナッチ〉討伐作戦を検討してみましょう』
相も変らぬ無感情な声で、〈ノッカー〉が応じた。
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