転生女中(メイド)は主を全力で支えたい!!
むろむ.
第1話 お前は私をフッたはずだろう!?
(ゴールデンウィーク明けの仕事、マジでダルかった。)
田中葵は、勤め先の縫製工場から駅への道を歩いていた。
アイロンを持ち続けていた右手が重い。
二時間以上残業して、今は七時半過ぎ。
祝日前後は、これがいつもだ。
昼間は夏のような暑さだったが、日が暮れた今は少し寒いくらいだ。
もっと厚着でも良かったかもしれない、と葵は思った。
高校を卒業して五年目。
今、二十二歳。
仕事は慣れた。
しかし、やりがいは無い。
昭和から続く、洋服を作る工場。
外国製の安い服が店に溢れるこの時代に、よく生き残っているとは思う。
だが、葵の他は三十歳を超えた既婚女性ばかりで話は合わないし、給料は安い。
貯金もあまり無く、節約の為二年前の成人式も不参加。
(着物やスーツを用意するより、職場に着ていく服が欲しいよ……
会いたい友達も居ないし。
仲良かった子は、別の市の出身だから会場が違うもんな。)
ちょっと高い服を作っている自分が、安物すら滅多に買えない皮肉な状況。
葵は子供の頃想像していた綺麗なお姉さんではなく、地味で野暮ったい女になった。
最低賃金に毛が生えたような給料から家賃、光熱費、食費を出す。
好きだった、漫画やラノベは就職してから買ってない。
無料アプリで見るだけだ。
だが、やはり紙の本が恋しい。
『は?
働けるだけいいじゃん。
あんたの話聞いてると、給料安いけど、その分大変な仕事じゃないみたいだし。』
就職したばかりの頃、友人に愚痴ったらそんな答えが返ってきた。
彼女とは、あれ以来連絡を取っていない。
(そういや、あの子はソフトボール部のレギュラーだったな。
基礎体力が、違うんだろうな。)
学生達の帰宅時間が過ぎた田舎は、歩いている人がほとんど居ない。
住人が少ないだけではない、大人は車で移動するからだ。
娯楽施設は郊外だし、駅前の古い町並みの中歩いているのは、葵だけだった。
駅前の歩道橋を見上げ、葵はブルッと身震いした。
母からの電話のせいだ。
『あんたがよく使う駅前の歩道橋、昔強姦魔がでたらしいわよ。
犯人?
捕まったわよ。
でもねぇ、あそこ夜になると人通り無くなるから、街灯は増えて明るくなったけどね。
周りの店から見えない死角なんですって!』
怖がらせるだけ怖がらせておいて、カラカラと笑って母は電話を切った。
(昔からそういう所あるんだよな。
思った事を考えなく言っちゃうっていうか……)
実家と職場の距離は、車で一時間程度。
この辺りの常識なら、実家暮らしでもおかしくない距離だ。
でも、過干渉気味の両親から離れたくて『冬道の運転が怖い』と言って、就職から半年後に家を出た。
歩道橋を見上げながら、『落ち着け』と自分に言い聞かせて階段に足を乗せる。
誰も居ない、何も無い。
LEDの街灯が放つ白い光で、とても明るい。
なのに人が居ないのは、どこか不気味だ。
駅に行くには、ここを渡らなきゃ。
葵は、自分に言い聞かせる。
無事に登りきり、ホッとする。
早足で渡り、後は下りるだけ……
「すみません。」
後ろから声がして、葵は飛び上がらんばかりに驚いた。
近くまでに人が来た事に、全く気がつかなかった。
振り返ると、左の脇腹に何か当たった。
黒いフードの男に見覚えがあった。
男性にしては、低い背。
口元のホクロ。
嗅ぎ覚えのある香水の匂い。
半年前に別れた元彼が、葵の腕を掴んでいた。
脇腹が熱い。
離れようと後ずさったそこは、階段で……
景色がグルンと回った。
足を踏み外し、葵は背中を階段に打ちつけながら落ちた。
「……っ!
……あぅっ!!」
苦しかった。
泣きたくないのに涙が出てくる。
アイツが近づいてきた。
フードを上げて、葵を見る。
間違いなかった、元彼だ。
「……ザマァ。」
(どういう事?
他に好きな人がいるって、別れたんじゃない。
表情がくるくる変わる可愛い彼女ができたんじゃなかったの!?
愛情表現の乏しいお前とは全然違う、って自慢してたじゃない!)
葵の頭の中は、疑問と憤りでいっぱいになった。
しかし、声が上手く出ない。
動けない葵を置いて、元彼は居なくなった。
脇腹に触れてみると手に血がベッタリ付いた。
頭、こっちも血が出てるんだろう。
手がもう動かない。
煌々と灯るLEDライトを見つめる。
視界がぼやけてきた。
(誰か……
助けて……)
(……未だに分からない、何故アイツは私を殺したのか?
フラレた恨みなら分かるけど、フッたのはあっちだ。)
葵が異世界に転生して、七年。
今、前世の死と同じ位のピンチに見舞われていた。
いいや、今世はずっとピンチだった。
先ず、生まれた先が昔の日本みたいな国の貧しい農家の娘。
しかも兄弟がいっぱいいた。
食べる物は、役に立つ者に優先的に与えられる。
父、母、兄達、姉、次が葵。
年の近い兄や弟は、葵の食べ物を狙う。
油断できない。
弟は、妹の食べ物も取ろうとする。
取られた時は、葵の分を分け与えた。
両親は、葵を気味悪く思っていた。
脱いだ
家に入る前に、着物に付いた汚れを払う。
晴れた日に、布団を干す。
教えてもいないのにそんな事する葵が、妖怪か何かに見えていたようだ。
(だって、布団が固いし砂だらけでザラザラするんだもん。)
前世ではマメに掃除するタイプではなかったが、不潔さに耐えられずやってしまった。
栄養不足の小さな体では布団を縁側に運ぶのが精一杯だし、兄弟に邪魔されながらだが寝心地はマシになった。
三人で一つの布団は、やっぱり狭かったが……
両親には、遊んでないで草鞋の編み方を覚えろ、と怒られた。
人買いが村に来た時に、両親が葵を選んだのは年齢が丁度良かったから、だけじゃないだろう。
売られたのは、葵を含め五人。
六歳から十歳の女の子達。
居なくなってもあまり困らない、そして人買いの言う事を聞く分別のある子達だ。
一緒に荷車に乗せられた。
近くの街に買い手がいるという。
『安心しろ、子守や女中の仕事だ。
年季が明ければ、嫁ぎ先も世話してもらえる。』
そう言っていたが、本当かは分からないし、もう関係ない。
高熱を出した葵は、途中の森に置いていかれたからだ。
狼の出る深い森に、一人ぼっちだ。
木の根元に座り込んだまま、動けずにいる。
置いてかれたのは日没頃だが、辺りはもう暗い。
他の女の子は葵が置いていかれる事にショックを受けていたようだが、何も言わなかった。
言える立場ではない事を知っているのだ。
(そういや、私の名前『そら』だったんだ。
売られる時初めて知ったよ。
大抵『おい』で、名前で呼ばれなかったし。)
『はな』『そら』『うみ』が姉妹の名。
姉が『はな』と呼ばれていたから、『そら』か『うみ』だろうとは思ってたが、どっちか分からなかった。
そういえば、妹が生まれる前に亡くなった姉が『うみ』だったから、今度生まれる妹は『そら』だろう。
息子は一太、二太、三太で分かりやすかった。
(どうでもいいや、もう帰らないんだし。
それより水が飲みたい。)
喉がカラカラだった。
熱のせいだろう、寒気もする。
どこかに川でもないものか?
視線を周囲に巡らせると、気付きたくないものに気付いてしまった。
(狼だ……)
茂みから、こちらをうかがう目が二つ。
(私を食べる気か。
あっちでは元彼、こっちでは狼。
私、前前世で殺人鬼か何かで、今因果が巡ってるのかな?)
もう葵には、立ち上がる気力も体力も無い。
(今度こそ恋がしたかったんだけどな。
前世では、相手から告られてとりあえず付き合って、すぐに別れてだったから。
こちらから好きになって、告ってみたかった。)
いや、と葵は思い直す。
想いを告げなくてもいい。
誰かを好きになってみたかった。
姿を見るだけ、声を聞くだけで幸せになる少女漫画みたいなときめきを味わってみたかった。
狼が動いた。
音もなく飛びかかってくる。
(……終わった。)
突然、強い風が吹いた。
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