第3話 島津洋子とアイーシャ
第三宇宙
第1章 セルン
島津洋子とアイーシャ
2008年9月16日(火)
私たちは、ホテルのカフェテリアで軽食を取った後、私、宮部さんと湯澤さんの三人は、ホテルの近くを散策した。CERNに併設するホテルだが、CERNのLHC自体、直径が8.6キロと山手線と同じ規模で周長は27キロもある。ホテルはLHCのはるか外側にあるので、CERNの主要部分を見ることができない。第一、地上部分の建物は、研究棟・メンテ棟で、主要部分は地下100メートルにあるのだ。
ホテル併設のレストランで、島津加速器開発主任研究員、ジャヤワルダナ加速器開発研究員と12時半にアポなので、遠出はできない。
それでも、メラン道路を渡ってLHC側にある有名な半球状の「Globe of Science and Innovation」をちょっとだけ見ることができた。CERNで実施されている重要な研究について訪問者に知らせるために設計されたビジターセンターだ。高さ27メートル、直径40メートルの木造建築物は、地球の象徴であり、もともとはスイスのヌーシャテルで開催されたExpo.02のために建てられた。記事にするのに後でまたこなくっちゃと私は思った。
しばらく散策して、ホテル併設のレストランに戻ってきた。12時20分。さすが、私たちは日本人だ。アポの10分前。入り口の前で島津さんとジャヤワルダナさんを待つ。
5分ぐらい待っていると、丈がショートの白衣を着た女性二人が通路を歩いてきた。片方は長身のアジア人。もう片方はブラウンの肌のたぶん南アジア人。二人とも黒い長髪で、すれ違えば振り向く美人だ。あ~、科学者で長身で美人。羨ましいなあ。
隣で湯澤さんが二人をジッと観察しているのが横目でチラリと見てわかった。昨日、KLMのCAの中野さんの連絡先を聞いていたのに、もう浮気してるわ。私も昨夜レストランで連絡先を聞かれたけど。女性対応となると宮部さんが前に出て、湯澤さんは後方に回る、って自分で言っているのに、前方に出るのは湯澤さんですよね?
宮部さんが英語で「ミズ・シマズ?ミズ・ジャヤワルダナ?私は宮部ですが?」と彼女らに聞いた。「宮部博士、日本語で結構ですよ。ジャヤワルダナ、アイーシャも日本語が話せますから。むしろ日本語のほうが内緒話ができて都合がいいわ」と島津さんが答えた。
みんなで自己紹介をした。面倒だから、ファーストネームで呼びましょう、とアイーシャが提案して、呼び方は名前、と決めた。私は、ネットで下調べをしていたので、ここにいるのが、みなさん37歳の独身というのを知っていた。私だけ、32歳なんだな。
だけど、高学歴の人はみんな独身主義なのかしら?湯澤さんはそうは見えないけれど。湯澤さんは「島津さんは氷のオンナですよ。厳しい海外の科学界で生き残ってきたのだから、プラグマティスト」なんて言っていたけど、そうは見えない。
昼食は簡単なスイス料理だった。郷土料理のラクレット。茹でた小さめのジャガイモの上に溶かしたチーズをかけて食べる。島津さんが、話してるとチーズが冷えて固まってしまうからね、早速食べましょうと言う。
うまい!ジャガイモの細切りをフライパンで炒めたレシュティ。アルプス風マカロニ。レマン湖で採れた白身の魚料理のフィレ・ド・ペルシュ。焼ソーセージのブラートヴルスト。お昼なのに島津さんが赤ワインをボトルで注文した。スイスだから、昼からでも飲むか!酔っ払って、太っちゃうわ。
食後のコーヒーを飲んでいると、島津さんが「明彦、私、あなたと会ったことある?」と顎に両手を添えて彼に聞いた。「いいえ、初めてです。学会か何かで見かけたんでしょう?」
「どこかで、出会ったような気がするのよね?」と宮部さんをジッと見て言う。野暮なナンパのセリフじゃない、と思っていたら、アイーシャも、「私も研一と初めて会ったような気がしないんだけど・・・デジャブなのかしら?」と言う。
「あら?アイーシャもそう?どこかで、若い頃、出会った気がして。別の宇宙だったりしてね」なんだろう?島津さんもジャヤワルダナさんもナンパ?まあ、彼らは同い年だから。私はのけものですね。
「じゃあ、アトラスを見に行きましょうか」とアイーシャが言った。
アトラス
2008年9月16日(火)
私たちは、アイーシャの運転するSUVで、アトラス搬入口に向かった。アイーシャに青色のヘルメットを渡された。
大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は直径8.6キロ。周長は27キロでほぼ山手線と同じ長さだ。深さ106メートルの地下に設置されている。LHCの円周の途中に設置されているアトラスへは、搬入口の横のサービスエレベーターで降りていく。
106メートルと言われてもイメージができない。日本の地下鉄のうち、地上から最も深い場所にある駅は都営地下鉄大江戸線の六本木駅で、ホームが地下42.3mの深さにある。エスカレーターで降りると猛烈に長いのを3回乗り換える。3分半くらいかかる。つまり、もし、LHCの深さなら7~8基のエスカレーターで8~9分かかるという深さ。もちろんエスカレーターなどない。
六本木駅よりも2.5倍深い場所に、大型ハドロン衝突型加速器が山手線並の周長27キロにわたって設置されているのだ。気が遠くなる。
トンネルの中は自転車で移動するそうだ。もちろん、山手線の長さだから、途中のサービスステーション間を移動する程度。映画のターミネーター3で、ターミネーターT-Xが軍事基地のシンクロトロンの磁力に吸い付けられるシーンがあるが、あのシンクロトロンはせいぜい直径が数百メートルだろう。セルンのLHCはその数十倍の大きさなのだ。
宮部さんと湯澤さんは、主に日本の供与で制作されたパーツを確認していく。文科省の依頼事項だから。アトラス本体も半分くらい日本製で出来ている。しかし、この取材はキツイ。セルンの大型ハドロン衝突型加速器と各ステーションに取材する人たちが散らばっていて、山手線みたいな場所をグルグルと回らなければいけないのだ。宮部さんと湯澤さんは、巨大な装置によじ登ったりしていて、ロッククライミングをしているようだ。
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