建国祭の騒乱

 フェイは近づいていくと、無造作に手を前に出した。すると次の瞬間、壁の一部が横にずれて隠れ口が姿を現した。その中を覗くと、すぐに地下へと降りる隠し階段が続いている。


「アストは此処で警戒しててくれ。あたしとフェイが降りる」


 レギアはそう言い残すと、フェイと共に階段を降りていった。階下は真っ暗で、全く視界がきかなかった。レギアは魔法の発光弾を宙に浮かせて、階段を照らし出した。階段は思っている以上に長く、何回も折り返して二人は地下室へと辿り着いた。


 地下室へのドアを開けると、レギアはまず悪寒を感じ、そして据えたような悪臭を覚えた。中に入ると、真っ赤な色で描かれた大きな六芒星が描かれた床が目に入った。


「なんだ、これは」

「霊術の布置の一種だと思います。正六角形や六芒星などの形は、雪の結晶を見ても判るように自然界においても力の流れがまとまりやすい図形です。そういう図形は幽子が凝集しやすく、霊術の布置によく使用されます。それから、これは恐らく何かの血で描かれてます。血や体液なども、幽子の効果をあげやすいものですから」

「何の実験をしていたというんだ?」


 レギアは部屋を歩いていって、部屋を間仕切っているカーテンを何気なく引いた。その瞬間、二人は息を呑んだ。


「……檻か」


 そこにあったのは金網の檻であり、中には数種類の生き物の死骸が白骨化して転がっていた。


「動物の霊体を使って布置を行う呪いもあります。そのためだったんでしょう」


 レギアは顔をしかめた。


 フェイはさらに部屋の奥にある一室へ入っていったが、そこで声をあげた。


「どうした?」

「これを見てください」


 奥の部屋は机が置いてある小さめの一室で、後ろには本がぎっしり詰まった本棚が置かれていた。フェイはそこで一冊のノートをレギアに渡した。


「ノーム・ノーリスの研究ノートのようです」


 レギアはそれをめくってみた。それはフェイだけが読める霊字ではなく、普通のペンで書かれた文字でありレギアにも読むことができた。


 手早くめくりながら拾い読みをする中で、レギアはある記述に目を留めた。


「『――怨機獣デゾンの力の分散調整の方法について。第一進変を引き起こす際に必要な幽子を集めるには、三十人分以上の霊体を必要とする。この課題を克服した後、調整三角錘を統御するための多量の魔力が必要となる。これを個人および複数の魔導士による統御実験を試みるも失敗に終わった。』

――失敗だって?」


 レギアは顔を上げた。


 その様子を見て、フェイはレギアに言った。


「だって失敗だったんでしょう? 現にシェリーさんだって失敗してました」

「いや……これはノーム・ノーリスの研究だ。あたしが機関にいた頃は、この方法で統御できるという前提で研究を進めていた。ノーム・ノーリスはこの方法で怨機獣デゾンを完成したと考えられていた。けど、それは既にノーム・ノーリスが試み、失敗した後だったんだ……」


 レギアは呆然となった後、顔を押さえるように髪に指を差し入れた。


「これが判っていたら……シェリーは…」


 レギアは悲哀に目を細めた。呆然と立ちすくむレギアから、そっとそのノートを取ったフェイは先を読み進んだ。


「『外部からの調整を諦め、怨縛の呪法を試みることにした』――怨縛の呪法って、何だろう? ここでメモが終わってます。この方法でノーム・ノーリスはデゾンバースの儀式に成功したってことなんでしょうか?」

「そうかもしれない。そして、ルシャーダたちもその方法を見つけた、ということなのか……」


 レギアは疑念の表情を浮かべながら、唇を噛んだ。


   *


 建国百五十年祭の催しで、通りや広場には人が溢れていた。各地から来た露天商が軒を並べ、商店はこぞって特別販売を競いあっていた。


 街の中央広場はその中でも特に人の出が多かった。広場に面した宮殿のバルコニーは高台になっており、そこから皇帝が姿を見せる予定であった。予定の正午の時を待って人々はぞくぞくと集結していた。


 レギアたちも目立たないように扮装して、その一角にいた。


「――魔女殿、宝珠の動きには変化はないのですか?」


 レギアは探査球の放電を見ながら、ヒーリィの問いに答えた。


「この街にまだあるのは間違いない。あるいは、もしかしたら既にデゾンバースの儀式を終えて、新しく生まれたデゾンをこの祭りのなかでお披露目するつもりかもしれないな。……もしそうなったら、各国への強力な脅しになるだろう」


 レギアは神妙な面もちでバルコニーの方を見ていた。もしそうであったら、レギアたちはデゾンの復活をくい止められなかったことになる。


 その時、広場の人々が一斉に沸いた。魔人皇帝レオンハルトが姿を現したのだった。皇帝が高台の正面へ歩み寄り片手を上げる。


 レオンハルトは青い肌の顔に金色の髪をゆったりとなびかせ、黒檀色の豪華な羅紗のマントを身にまとっていた。美しくはあるが脆弱ではない風貌は威厳に満ち、その胸には金色の獅子が青い目を光らせている。


 その時、胸の獅子が咆哮を上げた。

 その轟きに押されるように、人々も一斉に歓声をあげる。それを待って、皇帝レオンハルトは話し始めた。


「帝国に生きる者たちよ。諸君に尋ねよう。

 欲するものはあるか?

 求めるものは手にしたか?

 望んだ場所に立っているか?

 未だ至らぬ者は、それを叶えるために励むがよい。このガロリア帝国では、その働きに応じて望むものが手に入るだろう。

 帝国とはそれを叶えるために強くある国であり、余はそれを約束するものである――」


 レオンハルトの言葉に広場に集った民衆が歓声をあげた。レギアは皇帝の演説が終わるまで仏頂面を崩さなかった。演説が終わると、広場は拍手と歓声に包まれた。皇帝が下がり、広場では武術演武や音楽演奏などの様々な催し物が登場した。民衆はその一つ一つに歓声をあげた。


 催し物は次々と続き、やがて陽が傾き夕陽が射し始めた。その黄昏のオレンジ色に広場が包まれる頃、不意に高台にルシャーダが姿を現した。レギアは表情を険しくした。


「さて帝国国民の皆さん、今日は帝国の新たなる力をご覧に入れましょう。帝国の威信を最も世に知らしめた伝説の魔動兵器、怨機獣デゾンの復活です」


 ルシャーダは紫色の長い髪を風になびかせ、口元に笑みを浮かべながら片手を振って見せた。それを合図に広場中央に巨大な機獣が現れた。


 機獣は典型的なワーム型だったが、その大きさは30m近くあり機獣の中でも最大クラスのものだった。その頭部には宝珠が四つ、まるで目のようについていた。黒と赤、そして水色とオレンジのものである。観衆はその威容に対しどよめきをあげた。


「凄い大きさだぜ」

「けど、あれはただの機獣なんじゃ?」

「とにかく帝国の力は凄いってことだろ」


 人々は口々に色んなことを言っていたが、その機獣がうねって動いても、恐れて逃げようというものはいなかった。しかし機獣は突如、身体と同じ大きさの口を開けると、近くにいた数人の観衆をその口にくわえ込んだ。


「何だ!?」

「逃げろっっ!」


 広場は大混乱に包まれた。近くにいた者はその惨劇を目にし逃げ出したが、中には何が起こったか判らずに人波に飲まれる者もいた。


「――あいつ…一体、何を考えてるんだ…」


 レギアはその様相を目にし愕然としていた。


 機獣は好きなように人々に襲いかかり食らいついている。襲われているのは帝国の臣民であり、帝都ケイムに暮らす普通の人々であった。


 広場から逃げ出そうとする市民に、更なる悲劇が襲いかかった。周囲を警護していた警備兵が、突然、逃げようとする一般市民に魔銃での一斉掃射を始めたのである。広場は一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「こ…こんなこと……」


 フェイが信じられないという表情で絶句する。アストリックスは近くにいた警備兵に飛びかかり、銃の乱射を止めさせた。


「レギアさん! この人たち、普通の反応じゃありません」


 アストリックスの声にレギアは取り押さえられた警備兵を見た。表情が虚ろで、正気の反応ではない。レギアは歯ぎしりをした。


「暗示か! ――ルシャーダの奴!」

「魔女殿、これはどうやら帝国の意図ですらないようです」


 ヒーリィの指さした方向を見る。

 そこでは帝国の軍人らしい男が、市民に発砲する兵士を捕らえるよう命令を出しているようだった。命令を受けた兵士は、魔銃を撃とうとする兵士を羽交い締めにしたりして、事態を収拾しようとしている。

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