第2話 学園に魔法少女が墜落した

 シグナス第七学区、午前八時二十分。


 通学路を走る自動搬送バスが、学園ゲート前で静かに停止した。

 学生たちはAIによる検温と身分確認を受けながら、次々とゲートを通り抜けていく。


 高層ビル群に囲まれた都市の中央には、学園都市システムの中枢リンクタワーがそびえていた。

 その根本に広がるドーム型のガラス校舎が、イオリの通う【星明学園】だ。


「登校確認、完了。おはようございます、鏡ヶ原イオリ様」


 AIドローンの声に、イオリは頷くだけで通り過ぎた。

 手には端末。常時ハッキングツールが走っている。

 彼女にとって学校のカリキュラムなど、もう既に全て頭に入っているのだ。


「……暇だな」


 今朝もネットワークセキュリティを一つ破ったが、刺激には程遠い。

 数字も、論理も、すべては予定調和。だから彼女は今日も退屈していた。


 そんなときだった。


 空が、軋んだ。


 光の歪みが空間を僅かに震わせ、放電のような青白い閃光が走る。それはまるで空を見えない何かが渡る道を架けていくように。

 だが、生徒たちは何も気にせず、AIドローンも警報を鳴らしたりはしない。

 理由などイオリにはすぐに分かる。それがAIの記憶するあらゆる情報に無い異質の存在だから反応を得られないのだ。


「未知の上に隠密性もあると。ここのAIには荷が重いか」


 それがここにすり抜けてくる。目標は学園か――


「ユニ、あれは……」


 イオリは自分の個人端末を使ってAIに情報を求めようとしたがすぐに止めた。


「そんな時間はないな。行け」


 すぐさま目標を代えてハッキングしたドローンを迫る何かに向けて飛ばした。


「え? ぎゃあああああ!」


 それは少女の悲鳴を上げて落ちてきた。AIが今頃になって反応する。


「警告。未確認存在、上空より落下中――」

「分かってる。黙ってて」


 朝から騒ぎになっても面倒だと指示を出す。後からハッキングに気づかれるかもしれないが、その時はその時だ。今は目の前の物を見ておきたい。

 そして、


「――ぐへッ!」


 空から降ってきた何かは横の木々の茂みの奥へと突っ込んでいった。

 道のど真ん中に落ちなかったのは幸いだった。登校する生徒たちの邪魔にならなかったし、あそこならゆっくり観察もできるだろう。

 茂みに入っていくイオリを不思議そうに見る生徒達もいたが、朝の忙しい登校時間の事だ。すぐに気にされなくなっていった。




 茂みに入って近づいていって、イオリは目を見開いた。

 そこにあったのは赤と白のドレスのような服。杖を持ち、背には風のように舞うリボン。

 彼女はまるで、絵本の中の魔法少女そのものだった。


「あれは何――?」


 それは携帯端末のAIに尋ねたわけでもない、ごく普通の口から吐いて出た言葉。だが、久しぶりに感じる感覚だった。

 その不思議な未知の少女はすぐに顔を上げてこちらを見た。年の頃はイオリと同じぐらいか。

 金色の瞳が、まっすぐにこちらを見ている。


「……あなた、私達の世界の人間じゃないわよね?」

「私達の世界?」


 この都市では聞き覚えの無い単語にイオリは反射的に、自分のARメガネをスキャンモードに切り替えた。

 けれど、その少女からは――一切のデータが検出できなかった。


 年齢、出身、識別コード、存在証明……どれも“ゼロ”。


「なるほど、別の世界の人間か。だからデータに無いわけね。でも、言葉は通じているから翻訳機か、あるいはそれに準じる力を持った魔法か……どちらにせよ、前からこの世界の事は知っている……」

「あ、あなた……なぜそんな事まで知って!」

「知っていたわけじゃない。今のはただの推測。でも、裏付けを取るまでもなかったね」


 イオリはくすりと微笑んで、相手を見つめた。少女はびくりと震えたが、もう覚悟を決めたようだ。

 これ以上は舐められまいとするかのように気丈に立って言い放った。


「私はリィナ。魔法使いよ。この学校には……まあ、いろいろあるんだけど、今はとにかく入学しに来たわけよ」

「ふうん……」

「何よ、文句があるの? 言っておくけど私の魔法を使えばこの学園に潜入するぐらいはわけはないのよ。その為の準備だってもうしてきてあるんだから」

「必要ないよ」

「え……?」


 リィナは呆気に取られたようにイオリを見る。イオリはもう決めていた。


「それだと痕跡が出るかもしれないでしょ。私はAIとは友達なんだ。私が君を安全に入学させてあげる。ようこそ星明学園へ」

「ええーーー!?」


 リィナはわけも分からないうちに手を掴まれて茂みから引っ張りだされる。数機のドローンがリィナを見たが、ドローンは何の反応も見せずそのまま飛び去っていった。


「ど……どうなってんの? あんたも魔法が使えるの?」

「これはただのハッキング。ほら、学校、こっち」

「あ……うん」


 リィナは一瞬驚いたような顔をして――

 覚悟を決めたように落ち着いた息を吐いた。


「ありがとう。世話になるわ、イオリ」


 こうして、科学と魔法、AIと魔導が交差する少女たちの物語は、静かに幕を開けた。


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