第5話 二人のペースで
翌日。俺は例の公園の隅に降り立つと、早速男を発見した。今日は付き添いの女はいないらしく、一人のようだ。メモをの内容を一通り確かめる。下調べした情報をまとめたもので、初めてにしては我ながら上出来だと自惚れていた。
「ええと、男の名前は告内恒星(こくないこうせい)。22歳の大学生で、三つのバイトを掛け持ち」
学業とバイトの両立では、プライベート使える時間も人より少ないだろう。
(せっかくの恋愛の機会をこんな形で消費することになろうとは)
俺は彼に心の中で何度目かの謝罪を唱えた。
ひとまず容姿を観察してみる。服は上下プチプラを着こなしている。髪も黒の短髪で、染めるどころかワックスやヘアスプレーも使ってないらしく、化粧もしていない。大都会を歩く学生にしてはかなり素朴な人間だ。
今まで世間の汚れに染まらず、真面目に生きてきた好青年そのものに見えた。
「彼女も来たか」
俺が気づくと同時に、彼も公園の一点を見つめた。今しがたターゲットの片割れがこちらに歩み寄って来るところだった。彼女のプロフィールもチェックする。
「彼女は窓星幸子(まどほしさちこ)。年齢は75歳で一人暮らしか。職にはついてないが、家事全般は自力でやっており、趣味は手芸教室や映画鑑賞」
75歳にしては大したものだ。日本は高齢者が住みやすい国だが、それでも病気ケガ一つせず生活できているのは賞賛ものだ。
(さて、どうするか……)
近づく二人の様子を見ながら俺は考えを巡らせた。ポケットに手を入れ、事務所で借りた恋愛心理学の本に触れる。断片的な知識を総動員し、今後の方針を頭の中で描く。
(やるべきことは二人の接点を自然に増やし、邪魔が入らないよう目を光らせることだ)
二人は同じベンチで雑談を交わしている最中で、試しに近寄ることにした。ベンチの裏にいる俺に気づかず、何気ない会話を楽しんでいる。
これはキューピッドの能力の一つだが、まだまだ他にもあるらしい。例えば夢の中に出入りできたり、人に化けたり、などだ。
(どれも使ったことがない。果たして成功するだろうか……)
「普段はどうされているんですか? 趣味とか……聞いてもよかったでしょうか」
恒星の問いに、幸子が考え込みながら答える。
「手芸教室に通っています。あと最近は……そうね。映画を見に行きましたよ」
「どんな映画を?」
「今話題になっている映画です。恋愛もので高校が舞台になっている作品。若い人達の恋愛する姿は見ていてとても微笑ましいものですよ」
そして少し自嘲気味に笑った。
「私にも若い時期があったんだけど、仕事のことで精一杯だったんです。それなのに、この年で今更恋愛に興味を持つようになって」
恒星が何か言いたそうに口を開けている。しかし躊躇いが勝っているように見えた。
(早速使ってみるか)
俺は恒星の背後に回り込み、背中を軽く押した。同時に彼が「大丈夫ですよ!」と声を上げた。
「恋に年齢制限はありません。いくつになっても遅いなんてことはないんです!」
幸子が目を丸くする。
「そうですか……?」
「俺はそう思います!人生に不可逆なんてないんですから!」
幸子はそうですか……と目を伏せた。しかし口元は綻び、歓喜の表情が全く隠せていなかった。そして二人が別れるまで見守った後、俺は自分の両手を眺めながら空に舞い上がった。
「背中を押すと、対象の本音を引き出せるか。広い用途に使えそうだな」
だが俺はこの時気づかなかった。二人のやりとりに目を光らせていた者が、もう一人あの場にいたことに。
その日から俺はいつもの業務の傍で、二人を結びつけるために奔走した。年齢関係なく利用できるデートスポットはなかなか少なく、かつ二人が一緒にいられる時間も考慮すると相当骨が折れた。出会ってからの進展もやはり遅く、恋人同士と言うより祖母と孫に近く、会話の内容も世間話や互いの近況報告がほとんどであった。
ほのぼのはするのだが、俺はキューピッドとして彼らの背中を押さなくてはならない。デート中に俺がやることといえば、何かと本音を隠しがちな恒星の背中を押しつつ、幸子が転ばないか見守ることがほとんどであった。
デートの内容は主にカフェで雑談かお花畑を歩くことがメインで、時々公共図書館や映画に足を運んだ。年が離れている故に選ぶ映画も本も違うのだが、それはお互いの趣味に興味を示すきっかけとして作用した。好きな作品の良さを語り合う様子は和やかの一言に尽きるもので、その親密さは回数を重ねるごとに深まっていると見て取れた。
また離れている間も互いを意識させるべく、俺は夢の中に親友してはそれっぽい内容の夢を見せた。スピリチュアルなことには一切興味がないのだが、仕事と思えば不思議と割り切れた。夢を写すプロジェクターとフィルムの用意が面倒だったが、事務所のものを借りることで余計な出費も防げた。
初のカップル縫合は思いのほか順調で、ようやく自分も一人のキューピッドに近づけたような、そんな気がした。
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