わらっていたいよ

第六感

1

 「そういうこともあるよ」

と、先生は言ったが、私はわざとメダカを殺したのだった。


 波の音で目が覚めた、と思ったが、隣のボーリング場の音がそのように聞こえただけだった。レースのカーテン越しからでも痛々しいほど煌々と差し込む灯りの、さらに向こう側で、ばしゃん、ともがしゃん、ともつかない音が繰り返している。ボールにぶつかったピンが溢れる音。水の打ち鳴らされるような音。大して眠っていないはずだが、部屋の中にはもう青褪めた夕闇が迫って来ている。夏の夜は青い。

 窓硝子はその青い昏さと白い光との両方を吸って、ひたひたと水面のように室内を反射した。クイーンサイズのベッド、物の少ないシェリフとウォークインクローゼットの木目の扉。寝乱れたシーツと、毛布をざっくばらんに被った女の身体。佳奈恵はしばらく窓を見つめていたが、すぐに身を起こした。もうすぐ夫が帰ってくるからだ。夫が食卓に着くちょうどその時に、湯気の上がった料理たちが机の上に置かれる、そのようにしなくてはならない。今日の夕飯はポテトサラダと、味噌汁と、ひじき煮と、鶏の味噌漬け焼き。ほとんど出来上がっているので、あとは温めるだけ。冷蔵庫の中身はそれらを食べて仕舞えば空になってしまうので、明日、夫と一緒に買い物に行く予定だ。明日は夫の休みの日だ。

 毛布を身体から滑り落とすと、エアコンの吐き出す冷気があっという間に体温を奪おうとする。佳奈恵はもう少し温かい寝巻きが欲しいと思い、夫に相談してみようと考えている。

「佳奈ちゃんは今、幸せ?」

どこからか子どもの声が聞こえ、佳奈恵はそれに頷いてから、寝室を出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る